いかにして妻はレイプされたか?
それから一週間後、妻はレイプ事件について僕に詳しく話した。
妻の記憶は克明だった。妻は泣きながら、声に詰まりながら話したし、話の順番も混乱していたがとにかく妻は全てを話した。それは僕の理解では以下のような話だった。
その日、妻はサッカーの試合の観戦を終えてタクシーがいる駅前のロータリーに歩いていた。その時、車が真横に急停止した。後部のドアがいきなり開かれて男が現れ、妻は体を攫われた。間違いなく男の強い腕力だった。車の中には男が数人いた。何人いたかはすぐには確認できなかった。妻は窓の外を見た。黒いスモークが貼られていて町の風景はごくぼんやりとしか見えなかった。
妻は自分が攫われようとしているのだとすぐに気づいた。妻は大声をあげた。その瞬間にドアが閉められて車が発車した。それでも妻は大声をあげて騒いだ。男たちはその声を周囲の車に気づかれないために音楽を大音量で流した。妻はロープで強引に後ろ手に縛られた。妻を攫ったのは複数の男たちだった。全員がプロレスラーの覆面をつけていた。
妻は山小屋に連れられた。トタンの板が張られているような粗末な小屋だった。妻は男たちに押されて車の外に出た。五月の末の緑が山を覆っていた。頭上の広葉樹の葉も雑草も生々しいまでに鮮やかな緑色に染まっていた。妻は周囲を見回した。まわりに人家は見えなかった。そこは岩手県の山の奥深くだった。
妻は山小屋の中に入れられ、床の上に転がされた。床には細かな土が散らばっていた。妻はしばらくそのまま放置され、それから男が一人現れた。男は筋肉質の体格で覆面を被っていた。男は妻を見下ろし、妻が目線を合わせるやいきなり靴の裏で妻の顔を踏みつけた。男は踏みつけながら靴裏をゆっくりと動かしながら力をこめた。その動きは妻に伝えた。この男が男たちのリーダーだと。この男がこの場を支配し、妻を支配するのだと。
男の靴裏の圧力は妻の顔をひどく歪ませた。
「何だ、思ったよりブサイクじゃないか」男は言った。「おいおい、やめてくれよ。こんなブスを攫うのに俺たちは計画を練ったっていうのか」
男はさらに足の靴先を妻の口の中に強引に押し込んだ。妻は舌に汚れた土の味を感じた。吐き出そうとしたが男は靴先を口の中に突っ込んだままそれを許さなかった。
「今すぐに殺しちまうか。それはそれで小気味いいよな」男は言った。
妻は黙っていた。妻はただ男の声に聞き覚えがないかと耳を澄ませた。
「謝れよ」男は言った。「俺に冷たくしただろ。俺を雑魚みたいに扱ったことを謝れよ。でなきゃ殺す」
男に支配され、命まで握られて殺されるかもしれないという恐怖の中で、妻はこの男はあたしに前に会ったことがあるのだと思った。
男は妻の口の中に靴をぐい、と押し込みそれから靴を抜いた。謝れ、と短く命令した。
「……ご、ごめんなさい」妻は生き延びるために謝ってみせた。
「それだけじゃ足りないな。ごめんなさい、わたしはただのブスですって言えよ」男は言った。
その身勝手な要求は妻を一瞬、かっとさせた。妻はブスではない。妻に魅力を感じて言い寄ってくる男はどの町に行っても必ずいる。妻はブスではなかった。いい加減にしなさい! と妻は怒鳴り付けたい衝動を抑えた。妻は感情を抑えた後で思った。殺されるだろうかと。この男はあたしを殺すつもりだろうかと。そんなことは妻には受け入れられなかった。到底容認できなかった。
妻は強い目線で男を睨んだ。これまで妻のその強い視線を向けられてたじろがなかった男はいなかった。すると男が倒れたままの妻の顔に顔を近づけた。男の口臭からはウィスキーか日本酒かは知らないがとにかくアルコールの匂いがした。
男はいきなり妻を殴った。妻が強い視線で睨む度に、男は妻を殴った。妻の視線がゆっくりと怒りから怖れに変わっていくのを男はじっと見た。そして口元を歪めるように笑った。男は妻に暴行し、殴ることを愉しんだ。妻の首は女性の細いものだったから男の拳で殴られるごとに頸椎が衝撃を受けてきしみ、痛んだ。
この男は生粋のSだと妻は思った。他人を己が攻撃し、いたぶって支配することに性的な興奮を覚える種類の男だ。妻は否応なしに男に恐怖させられながら、表情を恐怖と男への『殺さないで、助けて』という哀願で満たしていった。
「言えよ、ごめんなさい、わたしはただのブスですって。よお、言えよ」男は言った。
妻は助かるために言わなければならなかった。妻が感じたのは男に逆らったら男は妻を殺すだろうという確信だった。「……ご、ごめんなさい、あたしはただのブスです」
男は大笑いした。「前からおまえが気に入らなかったんだよ。不快で、不快でたまらなかったんだよ。謝れ」
「……ご、ごめんなさい」
男は妻の鼻の穴に二本の指を突っ込んだ。そして指を突っ込んだまま、ぐいと上に持ち上げた。妻の顔の肉はまるで顔面の肉を剥がされるように上に向けて持ち上げられた。妻は自分が今どれだけ醜い顔をさせられているのかと思った。男は醜く歪ませられた妻の顔を見ていた。そして幼い子供の口調で揶揄った。「君、ブサイクでしゅねえ」と。




