妻が生きて帰る。その時、僕は
妻が行方不明になって二日目、僕は警察に捜索願いを出した。
妻の行方は不明のまま三日が過ぎた。そしてその翌日、妻は岩手山中で全裸の姿で発見された。僕は警察からの連絡を受けて宮古市内の総合病院に駆け付けた。
「妻は無事ですか?」最初に僕は聞いた。
受付前に私服刑事がいて、奥さんは何者かに拉致されてレイプされたようだと答えた。奥さんは強い精神的ショックを受けているようで、警察としてもまだ詳しい聞き込みをせずにいるのだと。奥さんと面会するならば覚悟の上でしてくださいと。
僕はまず病院で医者のもとに連れられた。僕は無人の診察室に通された。中年の男の医者は「奥さんはレイプされて子宮から犯人のものと思われる精液が採取されました」と言った。「全身に暴行を振るわれた痣ができていて現在でも顔が腫れ上がり、奥さんは精神的にもショックを受けています。今は鎮静剤を打たれて奥さんは休んでいますが。会われますか?」
「会います」僕は迷わず言った。
病院の廊下を看護師に案内されながら、僕は目の前の現実が信じられずにいた。警察やら医者やらが次々に僕の前に現れて、「妻はレイプされた、妻はレイプされた」と繰り返した。まるでその事実は反復して言わなければ夫の僕が飲み込むことができないと言わんばかりに彼らは繰り返した。僕はできることならばその場で引き返して逃げ出してしまいたかった。その場から去ってアパートに帰って、暖かな寝床に入ってきつく目を閉じて眠ってしまいたかった。だがもちろんそうするわけにはいかない。僕は妻に会い、妻の一先ずの無事を確かめなければならなかった。何があったにしても妻は生きて帰ってきたのだ。警察は言わなかったが、妻は殺されてもおかしくなかったのだと思う。それくらい危険な目に妻は遭ったのだ。だが妻が生きて帰ってきて、これから体に受けた傷を回復させる時間が与えられていることに僕は安堵した。そして妻の病室に入った。
妻は左目の上を内出血で腫らして眠っていた。口の左右にも殴られた痣ができていた。以前は男たちの目を引くように整えられていた美しい茶色の髪がざんばらに切られていた。体の方にもたくさんの暴行の痣がついていることが容易に想像できた。妻は本当に、現実に、百パーセント動かしがたい事実として何者かにレイプされたのだ。
僕は眠ったままの妻の手を握った。妻は何かに怯えたようにびくり、と反応して目覚めた。妻はまだ白目の血走った恐怖の目で僕を見上げた。左目の外側の白目が――間違いなく殴られたためだろう――充血していた。
「僕だよ」と静かに僕は伝えた。「助かったんだ、もう大丈夫だよ」
妻はベッドの上に横たわったまま涙を流した。「……悔しい」と妻は涙をぼろぼろとこぼした。「レイプ犯に恐怖して声をあげることも逆らうこともできなかったことが悔しい。……あたし、岩手オーシャンズの試合を観に行ったの。帰り路で気づかなかったけど多分、レイプ犯に後をつけられていた。あたしは……」
「待って。君はまだ目を覚ましたばかりだ」僕は言った。「こんなにすぐに話をしなくてもいいんだ。君は鎮静剤を打たれて今は心も体も休めなければならない状態にある。医者のその判断に従うんだ。まだ話をする必要はないんだ。今は休んで眠るんだ」
すると妻は黙った。一言だけ絞り出すように言った。……悔しいと。




