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殺人は未完の楽曲ではない

 僕はバーベキューの炭火を火箸(ひばし)で持ち上げて梶の顔にぴたりと付けた。

 すると梶の顔面は炎に包まれた。それは僕には熱い炎には感じられなかった。炎は青く、静かに燃えて梶の顔面をやさしく包み込んだように見えた。

 だが梶は絶叫をあげた。どうやら青い炎はそのやさしい見た目よりも熱いらしかった。当然、梶の苦痛も大きなものになっただろう。僕はさらに灯油缶を傾けて梶の顔に灯油を注ぎかけた。梶はさらに悲鳴をあげた。

 梶の顔が火に包まれて黒ずみ、焼けていく。それは豚の丸焼きを僕に連想させたが、豚の硬い皮膚よりも人間の顔の肉は柔らかい。梶の顔面は炎に包まれて炭になっていき、小さく(しぼ)んでいくみたいに見えた。梶の皮膚と皮脂と肉が黒く縮んだ炭になっていく。

「苦しみっていうのは自分の身に降りかからなければ本当には理解できないものだよな」僕は言った。「俺にもおまえの苦しみは理解できない。残念だがな。おまえが両手両足の自由を奪われて眼球を潰されて、男のモノを切り取られて、顔面を焼かれてどれだけの苦痛を感じているのか、俺には想像することしかできない。叫べよ、梶。おまえが女たちにそう命令したように。そうすればおまえの苦痛が俺にも伝わるかもしれない。俺はもしかしたらおまえに同情するかもしれないぞ」

 梶は絶叫をあげて全身でのたうち回った。

「梶よ、犯罪を隠すコツを知っているか?」僕は言った。「簡単なことだよ。忘れてしまうのさ。そんな殺人を行ったことなど意識から完全に排除してしまう。そして完全に忘れ切って善人として生きるのさ。まるで犯罪なんてしたことがないサッカーチームの司令塔として暮らすようにしてな。警察は俺を疑うことすらしない。おまえを殺してから俺がどうするかわかったかな。俺は『忘れる』んだ。おまえらを冷酷に殺したことなど忘れてしまって善人として生きていくのさ。なかなか幸せそうな人生だとは思わないか? おまえは死ぬ。これからここで。俺に殺されるというわけだ。何度も言うが、おまえはレイプする相手を間違った。まさかおまえ程度の小物が殺人鬼の妻をレイプするとはな。報復は怖くはなかったのか? よう、どうなんだよ?」

 その時だった。梶が歯を食いしばり、ぶつりと口の中から音を立てた。それは僕の想定外のことだった。梶は自らの舌を噛み切ったのだ。このまま顔を失い、目も見えず、失明したまま男性性器もなしに障害者として殺されるよりはと。梶の喉に舌を噛み切った血があふれていく。その血は梶の気道と気管支にあふれた。梶は自ら窒息死を選んで自殺した。

「つまらねえ、なぶり殺しにしてやりたかった」僕は言った。だが仕方がない。梶は絶望して自殺した。女たちをレイプし、自殺に見せかけて小野さんを殺した罰はきっちりと受けたのだ。それでよしとするか。僕はナイフの刃を折りたたんだ。僕はこれで殺しの時間が終わったことを知った。

 僕は殺人鬼の素顔を隠してバーベキュー場を出た。

 僕の体からは灯油の匂いと火の匂いと血液の生臭い匂いがした。早くホテルに戻って体を洗わなければと思った。

 僕は山林の中に停めておいたレンタカーに乗り込んだ。その時、自分のTシャツの胸と腹にレイプ犯たちの血が染みついていることに気づいた。僕はシャツを着替えた。僕は自分の腕に着いた返り血を(こす)った。だが分厚く体に付いた血液はぬるりと(ぬめ)って簡単には落ちなかった。顔にも返り血が付いていることだろう。僕は脱いだTシャツで顔を拭った。

 さて、困ったことが起こった。僕のアスリート人生において致命的に困ったことだ。僕は車の運転席で困惑した。これで岩手オーシャンズは三人のレギュラーメンバーを失った。選手の補強が必要だと僕は思った。それも早急にしなければならない。岩手オーシャンズは勝てるチームでなければならないし、その戦いはこれから先も続くのだ。

 僕は名古屋市内の遠征先のホテルに戻った。ホテルのロビーをにこやかな微笑みを浮かべて通って、部屋でシャワーを浴びて返り血を体から落とした。そうだ、権力者の警察署長の父親も殺してやらなければと僕は考えた。なるべく冷酷に、残酷に。奴はサッカーチームの中に殺人鬼がいるなど思いもしていないだろうが。僕はにやりと唇を歪めて笑みを浮かべた。

 殺人鬼も夢を持つ。それは自分にとっての邪魔者たちを排除することと岩手オーシャンズをJ1に昇格させることだ。

 それから僕はふと代理母出産について思った。僕の精子と妻の卵子を受精させて、その受精卵を代理母の子宮に着床させる。そして赤ん坊を作る。赤ん坊を授かることのできない夫婦がやる方法だ。大まかに言ってこの理解で良かっただろうかと僕は思った。だが僕には確信は持てなかった。僕はサッカーと殺人が専門で、出産に関しては素人並みの知識しか持たないのだ。だが妻と僕はまだ子供を持てるかもしれない。その希望を僕はしっかりと手にした。

 まずは家に帰ったらテレビを見よう、と僕は思った。ワイドショーでサッカー選手の梶と村田と市井川が殺された報道がされるのを愉しみに待とう。僕はそのワイドショーを妻と一緒に見るのだ。

 これからは殺人を控えなければ、と僕は思った。僕はもう十分なだけの殺人を行い、愉しんだと思う。僕はもうこれ以上の殺人をやめようと思うのだ。警察署長として無能な梶の父親についても、僕は考えなければならない。奴は僕が殺すだけの価値のある人間だろうか。奴は僕の美しく華麗な殺人に見合うだけの価値ある人間だろうか。それは僕には疑問だった。奴はもし僕を殺人罪で逮捕しようと思ったら、その殺人に関連して息子のレイプ犯罪についても表沙汰にしなければならない。すると息子が、法的に抵抗しようとした小野さんを殺したことも明らかになる。すると奴が息子の犯罪を隠蔽し続けて来た事実も表に出る。そうなったら奴は警察署長の座を失うことになるだろう。

 考えどころだな、無能な署長よと僕は皮肉に口を歪めた。とにかく殺人はもう卒業だ。ただし悪人を罰するという目的以外には、だが。

 殺人とは――。殺人は高校の青春を愉しむ女の子たちを僕に思わせた。僕は想像する。女の子たちには若い肉体があり、周囲の大人たちを(うな)らせる若い感性がある。その彼女たちの若さは僕を唐突に勃起(ぼっき)させた。おいおい、高校生って言ったらまだ子供だぜと僕は思った。だが僕の人生においてある種の物事は僕を興奮させ、ある時には男性性器を勃起させるのだ。サッカーがそうだし、高校生の女の子たちがそうだし、そして殺人行為がそうだ。僕はこれから殺人への快楽を抑え込むことができるだろうか。僕は青春を愉しむ女の子たちへの執着を断てるだろうか。我ながら贅沢(ぜいたく)な悩みだ。

 さあ、明日はサッカーの試合がある。僕は敵チームのディフェンスラインのわずかな隙も見逃さない。僕は司令塔として得点に繋がるスルーパスを必ず通してみせる。大量得点して三人のレギュラーが死んだ穴を埋めるのだ。そうだ、試合はこれからも続いていく。

 僕の男性性器はこれまでにないほど硬くなった。男性性器はまるで風呂場の湯煙を貫こうとするかのように突き出し、脈打った。ふははと僕は笑った。僕はシャンプーで頭を洗いながら上機嫌で鼻歌を唄った。今夜行った殺人と同じくらい、僕は(たま)らなく興奮した。

 おいおい、落ち着けよと僕は自らをたしなめた。俺のサッカー人生も殺人行為も未完のままだ。どこぞの昔の音楽家のように未完の楽曲を残したまま死ねないよなと――。

                            ≪了≫



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