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サッカー選手の肉にナイフを刺す

 僕はナイフを折りたたんで掌の中に隠した。

 そして駐車場からバーベキューの焼き場に引き返した。歩きながらホイットニー・ヒューストンの『アイ・ハブ・ナッシング』を口ずさんだ。だが僕は何も持たないわけではない。村田のように体が内臓を失ってナッシングになったわけではない。僕には僕の内臓があるし僕は生きている。その事実は僕に神への感謝について思い至らせた。神の愛はこのように僕という人間一人すらないがしろにはしていないのだと。

 僕は上機嫌に歌を口ずさみながら、ソーセージを引っ繰り返している梶の(そば)に近づいた。梶はレイプ犯のリーダー格の男で岩手オーシャンズ一のイケメンだ。いまは長髪を縛らずに垂らして両肩にかけている。梶はファンの女にももてる。そして病的なまでのSでレイプ犯罪を繰り返している。

「車なんぞ、どこに停めても同じだろうがよ」と文句を言う梶の両腿(りょうもも)に僕はナイフの白い刃を突き刺した。それも梶が歩いて逃げられないように深く、深く突き刺した。僕は人間の肉にナイフを突き刺す感触が好きな方だが、プロサッカー選手の分厚い腿の筋肉にナイフを突き刺す感触はなかなか手ごたえがあって愉しむことができた。男の鍛えられて(ふく)らんだ筋肉というのはたまらなく弾力があるものだなと僕は思った。その筋肉がぷつりという感触を立てて切れて、それからナイフの刃を弾くような異様な手ごたえを僕に与えた。豚肉のハムよりもずっと硬い。梶は悲鳴をあげた。

 これで梶はもう動けない。バーベキューの炭をいじっていた市井川が驚いたように梶を見た。梶は悲鳴をあげて雑草の生えた地面に倒れた。市井川は驚いて「大丈夫か!」と聞いた。

 大丈夫かと問われても梶は大丈夫ではないくらいに深く両足を刺されたのだし、きっと答えようがないだろうと僕は思った。あるいは梶は「馬鹿野郎!」とでも注意喚起するだろうか。

 市井川は、倒れた梶にすがりつくように地面に膝をついた。僕はその市井川をうしろから見下ろした。市井川は何が起こったのか理解していない。僕が梶の両足にナイフを突き刺したところを見ていない。きっと長閑(のどか)なことに梶がバーベキューで火傷を負ったとでも思っているのだろう。

 市井川は貧相な猫顔をした男だ。リーダー格の梶の決定に従ってレイプ犯罪を行ったと思われる。僕は――これは僕の人生の課題でもあるだろうが――ブサイクな顔の男に対して怒りを持ち続けることができない。心のどこかで『こんな顔に生まれてかわいそうに、女にもてない人生を送ってきたのだろうな』と思ってしまうのだ。そしてブサイク男の市井川に対しても僕は少しばかりの同情の念を持つことになった。

 これではいけない、と僕は自らに念じた。僕は再び頭の中の憤怒に(たきぎ)をくべ、酸素を注ぎ、熱を送って炎を高めなければならなかった。僕は心の中を激しい怒りの炎で燃やしながら意識の方は冷たく凍てつかせた。僕はプロのアスリート兼殺人鬼としてさらに冷たく冷静になった。さて、どうやってこのブサイクで同情の余地ありの市井川を殺そうかと。

 そのとき僕はふと美容整形をしすぎた女性タレントについて思った。最近の女性タレントは目の涙袋をいじり、鼻筋に何かを入れて高くし、唇を厚くする薬液を注入する。僕は詳しいことは知らない。美容整形に僕は『全く興味がない』のだ。さて、僕は市井川をどのように殺すか考えている。そのことについて『全く興味がない』と知らずに済ますことはできない。僕は皮肉に口を歪めた。

 僕は市井川の背後から腕を回して奴の首を絞め上げた。僕は妻が話した市井川たちのレイプを思い出した。レイプ犯がナイフで妻の首の頸動脈の上を冷たく撫でてから妻の衣服を切り裂いて裸にしたことを思い出した。僕はそのレイプ犯罪の細部にまで思いを至らせた。赦せんな、と僕は顔をしかめた。

 僕は市井川の首に回した腕に力を込めた。そして片手で折り畳みナイフを開いて握った。僕は背中から市井川の肺を狙って刺した。ナイフの白い刃が一番深く刺さるところまで僕は刃を突き通した。そして市井川の肺に穴を空けた。僕はその市井川の肺に穴を空ける行為を五度、六度、と繰り返した。市井川の呼吸が肺の穴からひゅうひゅう、と力なく音を立てて()れ始めた。僕は市井川の首を絞めていたからなおさらに肺からの空気の漏れはひどくなった。肺の内部は大量の出血で(ひた)されて塞がれているところだ。それで僕はさらに市井川に対する同情の念を深くすることになった。市井川は貧相な猫のような不細工な顔に生まれて女にもてない人生を送った上に、人生の最後に肺に穴を開けられて呼吸困難になって死んでいくのだ。

 市井川が、息ができなくなってゆっくりと苦しみながら窒息死していくのを僕は見下ろした。死ぬまでに少しばかり時間がかかりそうだと思った僕は、市井川の首のけい動脈を断った。市井川の首から血があふれ出た。市井川は信じられないという顔をしながらごく緩慢(かんまん)に死んでいった。僕は市井川の死をリーダー格の梶にじっくりと見せつけた。

「おっと、忘れるところだった」僕は梶と市井川のズボンのポケットに手を入れて二人のスマートフォンを取り上げた。いま外部に連絡されて助けを求められでもしたら(たま)らない。僕は殺人犯として警察に捕まってしまうではないか。レイプ犯たちには僕という殺人鬼をそのような形で困らせることをすべきではないし、それができるような手段は取り上げられるべきなのだ。



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