海と町へのmerry Christmas!
遠い遠い大海原。遥か海の底に、その子は住んでいました。
太陽の光も届かない海の底は、目のないお魚さんに殻を持たない巻き貝さん。真っ赤な甲羅のカニさんに長生きのサメさん。
そこには不思議な生き物がいっぱい住んでいて、その子もその仲間。
その子の名前は〈冬月 くらげ〉。水の底でゆらゆらと漂う透明の水風船の様な生き物で、海の底にあるお城で仲間と一緒に暮らしていました。
海の底はとても穏やかで、そこに住んでいる生き物達はいつものんびりと暮らしていました。
皆がいつも通りゆったりと泳いでいたある日の事でした。
「あれ?」
お城の窓の外を見たくらげは言いました。見上げた先にあったのは、大きな影でした。
最初はサメさん? と思いましたが少し違う様です。
サメさんよりもずっしりとしていて、丸くて固そうな船のような物でした。
丸い船の様な物は歯車の様な物を回しながら、海の底へとやってきて、キラキラした物を落として行きました。
くらげや海の仲間達はお城の外に出て、それを拾い出しました。それは金色に輝く星にベル、青色や赤色に光るオーブや、真っ赤なリボンに赤いシマシマ模様の杖など、綺麗な物ばかりでした。
海の仲間たちは「わーい」と喜びながら落ちた物を拾い、「どうもありがとう」と言って丸い船にお礼を言いました。
丸い船は「メリークリスマス!」と言って海の上の方へと帰って行きました。
くらげはその中から、白くてモコモコしたドレスをいただいたのでした。
くらげはお城の自分のお部屋にドレスを持って戻って、今まで使った事が無かった立て鏡を秘密の扉から出して、それを見ながらドレスに着替えてみました。
しかし襟や袖から頭や手足を通してみても、ブカブカで自分の体に合わず、くらげはがっかりしていました。
そう思ったのも束の間。自分の体がみるみる内に大きくなっていき、やがてはモコモコのドレスにピッタリの体になっていきました。
「これが、私?」
鏡に映ったのは青い瞳。白い手や足。水色の髪が伸び、2本の手と2本の足。両手足合わせてしなやかな20本の手指。水のかたまりのような生き物だったくらげは、かわいらしい人間の女の子の姿になっていました。
最初はびっくりしましたが、次第にそのかわいさに嬉しすぎて、くらげはルンルン気分になりながら、鏡に映った自分の姿を見つめ続けていました。
すると、今度は自分の姿から、こことは違う町の風景。雪が降り注ぐ中いっぱいの人達が楽しそうに歩いたり、子供がはしゃいだり美味しそうなケーキを食べている様子が映り込んでいきました。
その次に映ったのはさっき海の底にやってきた丸い船。船は港に停まっていて、船から出てきた人達はみんなが待っている町の方へと帰っていく姿でした。
くらげはその鏡の不思議な様子を見て、ある事を思い出しました。
この鏡は海の底に遊びに来ていた事がある魔女さんから貰った物でした。
魔女さんは言っていました。「この鏡は地上の人間の世界を見せる事も出来ます」と。
貰った時はあまり興味がなかったので忘れていましたが、自分が人間からプレゼントを貰い、人間の姿になった今ではもっと人間さんの事を知りたい。プレゼントをくれた人間さんにお礼がしたい。と思う様になりました。
くらげは早速、鏡をくれた魔女さんに会う為に海の上の岩礁のお家にまで泳いでいきました。
驚く事に、今までゆらゆらと漂う事しか出来なかったのに、女の子の姿になってからはお魚さんの様にスイスイと泳いで行けるようになりました。
「魔女さん魔女さんごめんなさーい」
「こんにちわ。あら? 女の子?」
見慣れない女の子だと思われましたが、自分が誰かという事と、どうしてこんな姿になったのかという事をくらげは魔女さんに伝えました。そして、自分はもっと人間さんの事を知りたい。人間さんと仲良くなりたいという事を伝え、人間さんの事に詳しい魔女さんにどうすればいい? とくらげは尋ねました。すると。
「今日はクリスマスという人間達にとってのお祭りの日よ。皆にプレゼントを持っていくと喜んでもらえるわよ」
と、魔女さんは答えました。
「ここに人間の町に行く為の魔法の水鏡があるわ。プレゼントを用意してここから行きなさい」
と、魔女さんはお家の隅にある大きな水瓶を指さして言いました。
「ありがとう魔女さん」
くらげは早速海の底に戻って仲間のみんなと一緒にプレゼントの為の珊瑚や真珠を用意して、一つの袋にまとめて魔女さんのお家に再び向かいました。
魔女さんはクリスマス用の服という真っ赤な帽子や上着を用意してくれました。
それを着て水鏡の中に、ドボン!
すると、くらげは町のお空に現れました。
「わぁ! すごい! あれが人間の町!」
袋を担いで風がびゅうびゅうと吹き込む中、くらげは海の中に落ちた石の様に真っ逆さまに町へと降りて行きました。
ドスン!
しかし、くらげは知らなかったのです。海の外は海の中とは違って体がゆらりと浮かないという事を。
くらげはそのまま高い所から地面へと叩き付けられて、ばたんきゅー。と意識を失ってしまいました。
――――――
「おーい、おーい」
誰かの声がしました。気が付けばくらげはベッドの上で目を覚ましたのでした。
「うーん。ここは……?」
見慣れない部屋の中で青い髪の男の人がいました。
「ここはボクのお店だよ。ボクは〈奏音〉。キミはお外で倒れていたんだ」
そうだった! とくらげは気を失う前の事を思い出したのでした。
「助けてくれてありがとうございます! あ! そういえば私の荷物はどこか」
「これのことー?」
奏音は、くらげが言葉を言い終わる前に手に持っていたプレゼントの袋を見せたのでした。
「本当にありがとうございます! なんとお礼をいっていいか……あ、よろしければその袋の中身を」
「もうもらったよん」
「え?」
またくらげが言葉を言い終わる前に、奏音はプレゼントの袋を足元にしまい込みました。これはもうボクの物。と言わんばかりに。
「このくらいはもらうよん。助けてあげたんだからね」
「そ……そんな、あんまりですぅ」
恩人とはいえ、断りも無しにくらげの持ち物を取ってしまう奏音の行いはどうかと思いましたが、助けてくれた事には変わらないのであまり強くは言えないくらげなのでした。
「せっかく町のみんなにプレゼントを配ろうと思ってたのに……ぐすん」
「え~? プレゼント?」
その言葉を聞いて奏音の耳がピクリと動きました。
「もしみんなにプレゼントを届けたいのなら、ボクのお手伝いをしてくれるかい? ボクも趣味でみんなにプレゼントを届けようと思っていたんだ」
自分の持ってきたプレゼントを渡せないのは残念に思いましたが、形が違ってもプレゼントを人間さん達に配りたいというのは変わらないので。くらげは
「是非手伝わせてください!」
と、その申し出を受け取ったのでした。
―――――――
「皆さんメリークリスマス! 深海から来たくらげだよ♪」
くらげは奏音から渡されたプレゼントの袋を荷車に乗せて、町を駆け回ったのでした。
くらげの他にも人間と狐のハーフの子〈門杭 凪〉と、魂が宿ったお人形の女の子〈夢見 ねむ〉が一緒になり、皆にプレゼントを配っていました。
奏音はギターを弾きながら皆にクリスマスの歌と曲を届けていました。
雪がひらひらと振り、街灯とお家の明かりで照らされた夜の町は寒いけれど皆の笑顔と笑い声でとても暖かいムードに包まれていました。
「メリークリスマスだよ♪」
「おねえちゃんありがとう!」
自分よりも小さな子供達一人一人にくらげ達はプレゼントを渡してまわりました。
皆の喜ぶ姿を見て回る度に、町で出会った新しいお友達と共に過ごす度に、くらげは人間の町に来て本当に良かったと、ホロリと涙を流しました。
「おねえちゃんたち、なんてげきだんなの?」
劇団? クリスマスの服を着てプレゼントと配って回って音楽を奏でて、一緒に回る仲間達は人じゃない子が多く、町の人達や子供達からは仮装しているように見えるので、劇団と思われるのも無理はありませんでした。
でも、劇団と思ってもらえるのが何だか面白かったので折角なのでその場で劇団らしい名前を付ける事にしました。そしてくらげ達は町の人間さんたちにこう伝えました。
「<夢凪の月>だよ」
その名前は、「夢」見 ねむ、門杭 「凪」、奏「音」、冬「月」 くらげと、
みんなの名前を一文字ずつ入れた物でした。
クリスマスの夜は更けども更けども、町は時間を忘れ、寒さを忘れるように盛り上がっていきました。
~Fin~