公爵家転生者の暇つぶし事業
短く拙いお話ではありますが、お暇つぶしに読んでいただければ幸いです。
「若様、今月の報告書です。」
そう言って差し出された書類に目を通す。
パラパラと捲り、今月発刊予定の新聞に載せる為の情報にはどれが相応しいかと目処を立てる。
ふと顔を上げるとグーデンベル公爵家の裏稼業を一手に引き受ける暗部の長である先程書類を渡してきたエディがソワソワとした様子でこちらを見ていた。
まぁ裏稼業といっても情報収集などで、暗殺など人様に言えないようなことはしていない。
「なんだ?」
「いえ、今月の見出しは何になるのかと思いまして…
ウチの者も気にしているようなので、可能であればお教えいただきたく…」
なんとも歯切れ悪く伝えられたのはそんな事だった。
この事業…新聞事業を始めたのは、ただの暇つぶしだった。
公爵家という絶大な力を持つ家の長子として生まれ育ち、何不自由なく過ごしてきた俺は優秀な血のおかげか、才能にも恵まれ勤勉さも相まり、14歳で次期公爵になることが決定した。
そんな俺は生まれた時からこの世界にはない知識、前世で日本人だった時の記憶を持っており、娯楽の少ない世界での生活に飽き飽きしていた。だからと言ってラノベでよくある転生モノのように異世界チートができるほど前世の俺が頭が良く趣味も多くて様々な知識があったわけではないので、今世では公爵になるべく知識を蓄えつつのんびり過ごしてきたのだが、次期公爵に決定して暗部に挨拶をし毎月のように他の領地についての報告を紙媒体で受けるなか、ふと考えたのだ。
日本人だった時、読書は好きだったな…と。
小説が書ける程の文才はないし、文才がある者を探せる程のツテはない。暗部の者は詳しいかもしれないが…。
それに読む為の小説を書かせたからといって、発刊する技術はこの世界ではまだなく、何なら本より簡単に出来るだろうかと考えた時に今見ているような報告書を見て新聞なら俺でも出来るのではないだろうかと考えたのだ。前世の世界の新聞は様々な記事があり、こちらの技術であれほどのクオリティで創ることは不可能だが、報告書の内容に手を加えて学級新聞ぐらいのノリで創ってもウケるような気がしたのだ。
それから後継者教育も終わりの目処がついたので、引き継いだ書類仕事の合間に報告書の中で比較的にほのぼのとした内容の物を選び文章を読みやすく編集し、職人に彫らせた文字を組み合わせて活版印刷の要領で雇った者に100枚程印刷をさせ、前世でいう郵便配達のような職の者に文字が読めるであろう王都住まいの貴族家や教会、各ギルド(冒険者や商人などだ)に配達させている。ちなみに全ての工程で俺自身の痕跡は消している。いつ誰が新聞の制作者だと気づくのかと予想するのも楽しみの一つなのだ。
本当にただの暇つぶしなので、全部自費で賄い大赤字ではあるのだが王都中の反応を見て中々に楽しませてもらっている。それに俺のこの程度の娯楽で潰れる程、公爵家の資金は貧弱ではない。
それはさておき、エディが何が言いたいのかというと気まぐれで作っていた新聞記事のいくつかの見出しを暗部の者がこっそりと報告書に書き足していた文章を採用したことで次回発刊の新聞の見出しは誰の物が採用されるのかと期待しているのだろう。
「今回の目玉は先日あった建国記念日での陛下のお言葉の予定なので上手くまとめてあるこの辺の報告書を採用するかもしれない。
まぁ、まだ確認したばかりではあるが他にも良さそうなこの辺は記事として編集するつもりだ。」
そう言いながら4、5枚の報告書をエディに見せる。
前世からゴシップは好きではなかったので載せる物は他領の山がもうじき紅葉を迎えるだとか、王都の新たな観光スポットになりそうな場所ができただとかそんな程度の物だ。
それでも俺のように娯楽に飢えていた者には、いい暇つぶしだったのか誰が送り付けたかもわからない新聞にも関わらず、記事にした場所に赴く者も少なくないようだ。
顕著な反応には嬉しいかぎりだ。
「ありがとうございます。
ウチの者にも伝えておきます。」
顔には出ていないが、少しがっかりしたような声色から鑑みるにエディの報告書はその中になかったのだろう。
それでもエディは来た時よりも足取り軽く俺の執務室から去っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
新聞制作にも慣れてきたとある日、俺はエディと共に父親であるグーデンベル公爵に喚び出された。
まぁ、この二人で呼び出されたという事は父に内密でしている新聞の事だろうと予想ができる。
まぁ特に悪い事をしているわけではないし、あえて言うなら利益度外視で行っている事ぐらいは文句を言われても仕方がないがそれだって手書きで製本作業をするこの世界の事だ、今後に活版印刷技術で何かしら製本して売るなどすれば公爵家の利益にも繋がるはずだからなんとかなるだろう。
「…少し訊きたい事があるのだが。」
そうハスキーな声で尋ねられ、父の声を久しぶりに聞いたなとふと思う。
新聞制作を始めてから楽しい趣味として没頭しすぎて、家族団欒の時間を取らなかったので仕方ないだろう。
「エディと共に喚び出すなど…何かありましたでしょうか。」
バレていない可能性もあるので一先ずは惚けてみる。
「なんなりとお訊きください。」
そんな俺とは対称的にエディは深々と頭を下げながらそう応えていた。やはり次期公爵より現公爵に対する方が対応が細やかな気がする。
「これらの内容に見覚えがあるのだが、心当たりはないか?」
眉間を揉みながら差し出された物を見れば、それはやはり予想通り新聞でしっかりと創刊号から先日発刊した物まで揃い踏みだ。
「…そういえば暗部からの報告書に似た内容の物がいくつかありましたね。」
ただ白状するのも面白くはないので適当に相槌を打つ。
俺が独自で考えた内容の記事もある為、半分程が暗部からの報告書をパクった記事だ。エディが真相を伝えなければ気の所為に感じる可能性もあるかもしれない。
……だが、冷静に考えると暗部が調べた情報が他所に漏れている可能性が高いという事は恐ろしいかもしれないな。暗部の中に裏切り者がいるかもしれないなど、父的には恐怖でしかないだろう。
白状した方がいいかと思案していると
「…ウチの者が挙げた報告書の内容に被るのはこれらの記事で、約半分程ですね。
これら全ての報告書の内容を知る者はこの場にいる3人だけとなります。」
父の問にエディがそう答えた。
やはり怪しいのは俺だと思ったのだろう、父がジロリとこちらを睨めつける。
それに応えるように降参だと両手を少しだけ挙げた。
「なぜ、このようなことをした。」
「暇つぶしですね。」
「……何?」
「この娯楽のない世界で次期公爵になる事が決まり、暗部を知ってから報告書を読むのが楽しみだったんですよね。
今月はどの領地でどんな馬鹿がおかしなことをしているかなど読んで知る度に滑稽でした。
こういった楽しみは我が公爵家のように暗部がある家の者しか知ることができないのかと思うと他家の者の反応など見てみたくなりまして…。
様々な領で観光を楽しむ、記事を読んだだろう貴族の反応を知るのがまた面白くてね。」
ニコリと答えると馬鹿馬鹿しくなったのか、父は「はぁ」と頭を抱えていた。
しばらくの時間、無言が続いたがようやく父が口を開いた。
「……えらく字の書き方が似た者を数人雇ったようだな。」
「あぁ、それは印刷と言って手書きではありません。この場での説明は少しめんどうなので今度、工房への視察にお連れしましょう。」
「…いん、さつ?
お前は先程から何をわけのわからんことを…
……工房まであるのか?」
「えぇ、いくら引き継いだ仕事に慣れて私に時間があるとはいっても一度に100部程の新聞を刷るのは、中々に骨が折れる作業なのでね…
敷地に作業場を創るともっと早い段階で父上にバレていたでしょうし…
……あぁ、それと工房の者には魔法で姿形、声も変えた状態で指示しているので私の正体に気づかれてはいないでしょう。
そういったところもゲーム性があり、楽しかったですね。」
「…………お前が暇だということは十分理解した。
今後は仕事量を増やそう。」
「ありがたいことですね。
どちらの作業にも慣れてしまって、時間が有り余っていたもので。」
しれっと答えると苦々しげな顔でこちらを見つめられたが、すまし顔で見つめ返しておく。
自分で言うのもなんだが、俺は中々に優秀な後継者なのだ。
「……お前の弟が優秀なら、次期公爵の座を譲ったのに。」
まぁ、扱いにくい俺より素直な弟の方が父的には楽だろうが、あいつは素直過ぎて公爵には向かないな。
「そうなると私としても趣味に没頭出来るのですがね。
実家が没落するのは見たくないのでお互い我慢が必要なようですね。」
まぁ、公爵家を継がないとなると記憶を消されて放逐される可能性の方が高いような気はするが。
「…………はぁ。
視察についてはまた改めて日程を決めよう。もう帰っていいぞ。」
悪びれもせず答えた俺に諦めたのか、退室許可がでたのでエディと二人で退室した。
二人して無言で歩き、なぜかエディまで俺の執務室に入ってくる。
「いやぁ、若様は本当に肝が据わってますよね…。」
ドアを閉めた瞬間にそんな事を言ってくる。
俺とエディはこんな雑談するような仲ではない。
こいつは俺より肝が小さく、先程の出来事の愚痴でも共有しておきたいのかもしれない。
「……そうでなければ公爵家の後継者なんぞにならん。」
チラリとエディを見ながら答えると
「次期主が面白い方のようで、今後が楽しみです。
俺達暗部は新聞事業が好きなので、これに懲りずにまた次回もよろしくお願いします。」
そう言い残してその場から消えてしまった。
肝が小さいのではなく、俺の心配をしていたのかもしれない。
あれぐらいで新聞制作を辞める程、俺の神経は細くない。
まだまだ書きたい記事はあるし、周囲の反応も見たい。
何より新聞制作は今の俺の生き甲斐といっても過言ではない趣味なのだ。父にバレたからと言って辞める理由にはならない。
まぁ、でも俺以外にも新聞制作を楽しんでいる連中がいるのは嬉しいかぎりだ。
俺に他の楽しい娯楽ができない限りは今後も新聞制作は続けるつもりなので、携わっている皆にはこれからも頑張ってもらおうと思う。
キリが良さそうなので少し短いですが、このお話はここまでとなります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!