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竜去りし地の物語  作者: 権田 浩


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エピローグ

「〈二度戴冠せし女王〉ことヒルダ女王陛下の治世に今のところ動乱の気配はありません。オーク諸部族との外交は継続される方針です。先の紛争について両国とも責任追及はしないことを条件に、アルガン帝国と修好通商条約を締結する計画があるようですが、そのためにはオークを魔獣ではなく人類と認めさせる必要があるでしょう。それでも、彼女はその困難な道を歩んでゆくつもりのようです。まさしく、恐れを知らぬ戦士のように。ファランティア王国は、いえ、統一テストリア王国は自らの意思で世界に開かれようとしています」


「それが良いことなのかどうか、わたしには分からん」


 交易商は何とも言わずにひょいと帽子をかぶり、帰ろうという素振りを見せたが、不意を突かれてピタリと動きを止めた。ハイマンが二つめの巻物を取り出したからだ。


「将軍、それは……」


「お前は取引完了と言ったが、最後の取引はこれからだ」


「……よろしいでしょう。では、何をお望みで?」


 ハイマンは口元を強張らせた。それを口にすれば今度こそ、本当に、引き返せなくなる。だがもう、ここにはいられない。


「黒幕、依頼人、呼び方は何でも構わんが、お前の背後にいる者の名を教えてくれ」


「それを知ればどうなるか、ハイマン将軍でしたらもちろんお分かりでしょうけれども、敢えてお聞きします。本当にお知りになりたいのですか?」


「そう仕向けておいて、よく言う。お前の目論見どおりだろう」


「それは誤解です、将軍。今ならまだ何事もなかったかのようにこの生活を続けていくこともできます。私に図面を渡して、何もかも忘れてください。二度と姿は見せません」


「これは取引だと言ったはずだ」


 両者は黙して互いの瞳の奥に真実を見定めようとした。幕が落ちるように西日が下り、影が交易商をすっぽりと包む。その中にあってなお昏いその奥底を見通すことはできなかったが、ハイマンの覚悟は伝わったようだった。


「……お覚悟はおありのようですね、ええ、わかりました。その御方の名は、サイラス・ロラン・アルガント皇太子殿下です。レスター皇帝陛下の長子であり、第一皇位継承者です」


 只者ではないだろうとは思っていた。おそらく今、この邸宅にいる使用人も門番も正式に配属された〝正しい人員〟だろう。でなければ後に追及を受けたとき、全てが露見してしまう。この交易商がそのような危険な橋を渡るはずがない。ならば、そうした人事に怪しまれず関与できる者、もしくは無関係な人間でも協力者にできてしまうほどの権力者が背後にいるはずだった。


 しかしそれが、まさか、第一王子とは。


 どんな名前が出てきても驚かないようにと心構えしていたおかげで、ハイマンは表面上冷静だったが、心臓が止まってしまうのでないかというほど驚いていた。


 固まっているハイマンの手から、交易商はしゅっと巻物を抜き取った。「取引成立ですね」そして慎重に荷物へしまい込むと、そのまま麦わら帽子を再び頭へやろうとして、またも動きを止める。


 まだ言葉を発せないまま、ハイマンが三つめの、最後の巻物をテーブルに置いたからだ。


「……何巻あるのです?」


 やっと声が出せた。「わたしが見つけたのは全三巻。これが最後だ。本当に最後の取引だ」


「最初から手札の全てを見せない……取引の基本ではありますが、まさかハイマン将軍にしてやられるとは」


「かつて、お前から学んだことだ」


「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。では最後に何をお望みで?」


「私を連れていけ。その方のもとへ」


 陽が落ちて、秋の気配を感じさせる黄昏の風が忍び込む室内で、二人の男はしばし対峙した。やがて交易商はふぅとため息を吐いて今度こそ麦わら帽子を頭に乗せる。「……では、出発のご準備を。深夜お迎えに上がります」


 準備など必要なかった。ハイマンは自分の物など何一つ持っていない。残されたのは老い衰えた怠惰な身体だけだ。この二〇年は何だったのかと思わずにはいられない。そのことを疑問にすら感じなくなっていた自分と、こんなにも無残に自分を貶めたレスターに怒りを覚える。


 そして深夜、ついに時はきた。


 部屋の扉がゆっくりと開かれ、廊下に出ると使用人がロウソクを手に待っている。彼について邸宅の玄関まで行くと、扉は開け放たれていた。星の瞬く夜空の下、静謐な空気が満ちている。使用人を戸口に残してハイマンは庭を横切り、敷地の外へと通じる門までやってきた。門番の姿はなく、門は開いている。近づくたびに鼓動は早鐘のようになり、ついにはビクッと跳ね上がった。門の影に気配を殺して交易商が立っていたからだ。沈黙したまま、ただ門の外に控えている。しかしそのおかげでハイマンは皇帝(レスター)の呪縛から脱して一歩を踏み出すことができた。門から出た瞬間に死んでしまうような気さえしていたが、どうということはない。一歩は、ただの一歩だった。


 星々を渡り、海を越えて、自由な風が吹いた。

 月光に映える道は、未来へと続いている。




【完】


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