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竜去りし地の物語  作者: 権田 浩


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名もなき村の反乱 3

 籠手と兜をつけ、屋敷の庭で両者は向き合った。


 一九年の歳月が、ヒルダを成熟した大人の女性へと成長させていた。自信に満ちた態度も、かつては王者たらんと無理強いしているようにも見えたが、今では経験に裏打ちされている。男と見紛うほど短く刈り込んだ金髪に、はっとするほどの美貌は、男女問わずに人目を惹きそうだ。以前からあったこめかみに加えて、顎や頬にもいくつか小さな傷痕が増えて精悍さを増している。王位を放棄し出奔した彼女だが、戦争の時代をやはり戦い抜いてきたのだろう。北方兵が使う兜も、身につけた鎖帷子と革鎧も、かなり使い込まれている。


「どうしても引けないのか」


 つま先で地面の固さを確かめていたヒルダは、手慣れた様子でメイスをくるりと回した。


「ああ、おそらく大地の神が与えてくださったろうこの機を逃すつもりはない。それに、昔からあんたとはやりあってみたかったんだ」


 ギャレットは兜の面当てを下すと、〈勝者の剣または敗者の剣〉を抜き放った。見事な波紋が浮かぶ鋼の刃が、カシの木漏れ日の中で鈍く光る。両者わずかに呼吸を読み、ふいにヒルダが無防備に歩み寄った。首筋がぞくりとしてギャレットは、相手の呼吸に合わせず自らも剣を振りかぶって死地へ踏み込む。初撃で雌雄を決するは戦場の業だ。


 しゅっ、と鋭く息を呑んで、上段から必殺の一撃。

 両者の間で火花が散り、鋼と鋼が衝突した音が響いた。

 ヒルダは歩を止めて間合いを外し、メイスを真横に振り抜いていた。

 ギャレットの剣を弾いたのだ。


 骨まで響く衝撃とともに、この一瞬でギャレットは理解した。ヒルダは二〇歳にしてすでに恐るべき戦士だったが、早熟だったわけではない。まだ成長途中だったのだ。今まさに彼女は戦士として絶頂期を迎えている。


 最後の一歩を踏み込みながら、返すメイスの一撃を、ギャレットはしかし紙一重に見切った。高速に霞むメイスが面当ての寸前を通過していく。さらなる追撃は突きで牽制して防ぎ、距離を取った。ヒルダもまた目の色を変える――自分の間合いで仕留められなかっただと?


 ギャレットがじりじりと弧を描きつつ間合いを計る。ヒルダは足の位置を変えながら待ち受け、今度も二人同時に踏み込んだが、互いの間合いの中に踏みとどまっての打ち合いとなった。激突する鋼の鈍い音が連続して空中で弾け、火花を散らす。死線を掻い潜るたびにヒルダの瞳はらんらんと輝き、より前へと圧力を強めていく。


 彼女(ヒルダ)はブランと同じだ――ギャレットははっきりと悟った。もし両者が激突すれば相打ち砕けよう。それは避けねばならない。


 ギャレットは、相手の攻撃を何とかいなしつつ、機会を待った。重いメイスの軌道を剣で逸らすたびに、衝撃は骨に響いて、疲労が筋肉に蓄積される。こんな戦いは長く続けられないが、しかし――その時、わずかな音の変化が機会の到来を彼に告げた。


 ヒルダがしなやかな筋肉をバネのようにぐんと反らして、神速のメイスを振り下ろす。

 ギャレットは呼吸を合わせて静かな気合とともに剣を振り上げた。

 先端部分の下に、小さな傷。

 そこに勝機がある。


 鋼の剣先が正確に入って、鉄製の柄を見事に切断した。先端部分がすっ飛んでアヒムの頭上を越え、館の壁に突き刺さる。


 だが、女戦士は驚きもひるみもしなかった。素早く腰を落とし、ギャレットの剣を稲妻のように掻い潜って体当たりを仕掛ける。革の肩当てとその下の鎖帷子を切り裂かれながらも突進して、ギャレットを地面に押し倒した。自由騎士はすぐさま引っくり返して上下を入れ替えたものの、また元に戻される。


 ギャレットが下からヒルダの目を狙って指先を突き出した。が、それは避けられる前提のフェイントだ。狙いはヒルダの後頭部を押さえること。そのまま動きを封じようとする。だが、ヒルダは驚異的な膂力でぐいと上体を引き起こし、彼の手を外した。面甲の下で目を丸くしたギャレットの顔面を、籠手で殴りつける。防御しようとする腕は弾き飛ばし、続けて二発、三発、四発……鉄板を叩く騒音が鳴り響き、一撃ごとに面当てがひしゃげていく。


 やがて自由騎士がぐったりしたのを確認してやっと、「ふう」と一息吐いて、ヒルダは満足げに立ち上がった。兜を脱いで放り出す。


「なるほど、あいつ(ブラン)にあんな傷を付けられるわけだな……」


 もしもこの騎士に、一切の迷いも躊躇も無かったら、地面に横たわっていたのは自分のほうだったろう――ヒルダはギャレットを見下ろしながら、いまさら戦慄してぶるっと震えた。


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