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竜去りし地の物語  作者: 権田 浩


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名もなき村の反乱 1

 三人の王国軍兵士は困惑した。彼らは布告を伝えに来ただけで、田舎の農民はただ黙って聞いた後、「へぇ、わかりました」と言うだけだと決めてかかっていた。


 話によれば彼らは領主なき民であったが、帝国にも王国にも、その時々の税を拒んだことはなく、徴兵に応じられる者はなかったけれども、賦役には就いていたという。布告は、エグナー家の現当主フーベルトが帰国するにあたり、領主権の戦前復帰の原則に従い、今後は彼に対して領民の義務を果たすように、というものだった。


 兵士らはごく当たり前のことを告げただけと思っていたので、従順なはずの彼らがそれを拒んだとき、しばし唖然としてから「ん?」と聞き返したほどだった。


「ですから、領主はいらねぇんです。これからも税は納めます。村の中のことは自分らでしっかりやりますから、今までどおりでお願いします」


 お願いされても、兵士らに回答する権利はない。それに、それはお願いというよりも脅迫めいていた。話の間に村人がぞろぞろと集まってきたが、手に手に、ピッチフォークやら脱穀棒やらを武器のように持っている。


 思いがけない反抗に面食らっていた兵士らも我に返り、威圧的な雰囲気を身にまとった。「考えてものを言え、農民ども。我々は相談に来ているわけではない。それは、統一テストリア王国の法に対する挑戦か?」


 背後の兵士二人が槍の鞘を外した。村人たちはひるまない。だが兵士は引けない。剣の柄を握って、いざ抜かんという瞬間に、よく響く声がそれを制した。


「よせ。抜くな」


 村人の合間を割って、その場の誰よりも長身の戦士が姿を現した。統一感のない装備は傭兵のもので、鍛え上げられた立派な体躯だが、鎧姿でも女性と分かる。その佇まいは紛れもなく強者のそれで、兵士は直感的に統一王を連想した。もちろん、そんなはずはない。


 今まさに剣を抜こうとしている兵士を前にして、女戦士は悠々と両腕を組み、兵士らを見下ろした。実際の身長差よりもはるかに大きく見える相手に、兵士はごくりと喉を鳴らす。つい、と冷や汗が頬を伝った。


「お前の中の戦士の声に耳を傾けろ。そいつは正しい」


 戦士の声など聞こえなくとも、その場にいる誰もが〝剣を抜けば兵士は死ぬ〟と感じた。当の兵士は何とか目を逸らさぬように気張っていたが、ふいと顔を伏せて兜の陰に隠し、身構えを解いて後退する。


「き、今日のところは通達のみとする……だが、これで終わりではないぞ」


 西へ去っていく三人の長い影を見送りながら、村人たちは胸を撫で下ろした。先頭で話していた村長のアヒムは、先の威勢はどこへやら、へなへなと杖に寄りかかり、「ひぇ~」などと言いつつ振り返る。


「あんがとさん、旅の人。あんたのおかげで助かった」


 女戦士は目鼻を覆う北方人の兜を被ったまま、ニヤリと笑った。


「一宿一飯の恩義ってやつさ」

 しかしすぐに真面目な口調へ変わる。

「けど、あの兵士の言葉は脅しじゃないよ」


 アヒムは禿げ頭を撫でて、うなずいた。


「それで相談なんだが……あんたを雇うにはいくら払えばいい?」


***


 ブラックウォール城へ戻った王国軍兵士三名は、事と次第を領主のヴィルヘルム・ベッカーへ報告しに行った。戦前復帰の原則に従い、彼はこの城と所領を取り戻した。南部総督の役割も継いだので、断絶したフォーゲル家やその他領地の管理なども彼の領分であった。


 部屋に入った兵士三名は恐縮してすぐさま膝をついた。長方形のテーブルを挟んで、ヴィルヘルムより上座に、統一王ブランその人が座っていたからだ。後にせよ、というヴィルヘルムに対して、退屈した様子のブランは「構わんぞ、ここで話せ」という。兵士は南部総督に視線で許可を得て、畏れ多くも直接報告した。


 話を聞いてヴィルヘルムも困惑した。「つまり……その村長とやらが、村の領主権を要求した、ということか?」


 兵士はただ、「税は払うが領主はいらない、と……」としか答えられなかった。


 退屈気なブランが興味を惹かれたのか、身動ぎする。「どういうわけだ?」


「はい」ヴィルヘルムが答える。「現在は名もなく、慣習的に村と呼ばれている土地ですが、戦前はフォーゲル家の傍系であるエグナー家の所領でした。前当主ハルトムートは帝国侵攻開始直後に一家でテン・アイランズへ脱出しており、当地で病に没したと聞いています。現当主フーベルトは嫡子ですがまだ一二歳だとか」


「エグナー、思い出したぞ。よく金を送ってきていたな」


「戦い方はいろいろあります」


「で、その小僧が帰国を望んでいるわけか。ならば答えは出ている。領地の戦前復帰はおれの大原則だ。例外は認めん。だがこれまで領地を保全し、領民の義務を果たしたことに免じて、ただ出て行くのを許してやってもよい。正統な領主が受け入れられんなら出て行けと言ってやれ。出て行かんなら、土地を不法に占拠し、収穫物を盗んだ罪で全員吊るす」


「陛下、それは……」というヴィルヘルムの言葉に被さるようにして、はっきりした声が部屋の入口から響いた。


「それは聞き捨てなりません」


 一同が目を向けると、自由騎士団のマントを肩にかけたギャレットが大股でつかつかと入ってくるところだった。ぴったりした上等な上着の襟首を窮屈そうに指で引っ張りながら。


「ちっ、面倒な……」という統一王のつぶやきはヴィルヘルムにしか聞こえなかったろう。


「いたのか、ギャレット卿。誉れある自由騎士団長どのが盗み聞きか?」


「廊下まで響く大声で、盗み聞きも何もないでしょう。聞かれたくない話なら、声をひそめてするものです」


「統一王はひそひそ話したりしない。で、聞き捨てならんならどうすると? 自由騎士団は農民どもの側に付くか? なんなら一戦交えてもいいぞ。次の戦争(おたのしみ)は何年も先になりそうなんでな」


 兵士や城で働く者どもは、これを統一王の豪快な冗談だとしか思わなかった。ヴィルヘルムでさえ、そう思った。しかしギャレットは顎を引き、緊張した面持ちになって慎重に答える。


「そうならないよう、おれが行って説得します」


 統一王と自由騎士団長、英雄二人の視線が火花を散らす。戦争中はたびたび見られた場面だが、まだ戦後というには早すぎるのかもしれない。


「いいだろう、三日だけ待つ。それ以上ここに留まる気はないし、目障りな小石を放置して行くつもりもない。この道はおれの道だ」


 ギャレットは一礼し、踵を返してさっさと部屋を出て行った。ブランが本気だということを、彼だけは分かっていた。


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