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竜去りし地の物語  作者: 権田 浩


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自由騎士 13

 ファーホロウの村にフロレンツの部隊が入り、兵士たちは仕事にとりかかった。倒壊した建物や瓦礫の山は撤去されて仮設の倉庫やテントになり、半壊した家は修繕されて兵舎になった。焼き討ちの跡は地面の黒ずみと人々の記憶に残るのみとなり、古道側の村境には防御柵が設置された。ルッツが住み着いていた家は部隊本営として接収されたが、一家は別の家に移り住んで村からは離れなかった。村人たちは王国軍を受け入れた。住民よりはるかに多い兵士たちが行き来する村は、皮肉にも生き返ったようにみえた。


 低い位置にある村からは古道を監視できないため、歩哨を立て、斥候を出す。地元民であるヨナスは積極的に協力した。そして、ギャレットが懸念していた報告をもたらしたのも彼だった。


 呼び出されたギャレットが部隊本営に足を踏み入れると、一般家庭の生活感が残る居間には相容れない雰囲気があった。テーブルの上には手書きの地図と目印のコマ。その上に両手を突くフロレンツ。壁際に斥候から戻ったヨナスと北方人の戦士が並んで立っている。それ以外に同席者は無い。集合を待つかと思いきや、フロレンツが口火を切った。


「ギャレット卿、斥候が戻った。上位王から、貴卿の助言を受けるようにと言われている。それで……そう、敵軍は予想どおり、古道南側から部隊を進軍させるようだ。明日、明後日にも進発する様子とのこと。それで、その敵部隊なのだが……どうやらファランティア人が主体らしい」


 ああ、とギャレットは心中でため息をつき、それからヨナスと北方人を見た。二人とも間違いないと目で答える。フロレンツが続ける。


「どう思われる。その……これは帝国軍の卑怯な作戦なのだろうか。同胞を人質にしているのか? 人間の盾として使おうというのか?」


「その部隊が正式な帝国軍に見えるなら、違うでしょうね」


 斥候の二人が顎を引くようにしてうなずいたのをみて、ギャレットは確信を得る。


「北部の貴族は全てこちら側ですが、それ以外の地域には帝国に忠誠を誓った貴族も多い。上位王は権利の戦前回復を原則として恩赦を与えてますけど、それを受けずにキングスバレーへ入った貴族もいると聞きます。帝国支配が長い南部や、キングスバレー近辺での徴集に応じた農民もいるはずです。領主に命じられれば従うのが彼らの常識ですからね。こちらの兵と同じです。つまり……帝国軍の正式なファランティア人部隊でしょう」


 フロレンツの若く、張りのある眉間に皺がよる。顎に手を当て、親指で刀傷をなぞりながら、声をしぼりだす。


「敵が同じファランティア人であることは……ここにいる者以外には伏せておいたほうが……」


「それでどうするんです。接近すればどうしたって気付くでしょう。確かに戦意に影響はある、けど、戦場で直面すればさらに混乱します。最悪、こちらの陣は崩れるかもしれない。この戦いは負けられない。はっきりと、それでも戦うと言わなければならない」


「う、うん……」


 ギャレットの語気に押されて、フロレンツはうなずいた。彼自身がまだその覚悟を持てずにいる――ああそうか、とギャレットは気付いた。だから上位王はここをフロレンツのファランティア人部隊に任せたのだ。この先の戦いでは同胞といえども敵同士になると身をもって教えるために。その役割を自分に押し付けたのは気に食わないが。


 フロレンツはしばし地図をじっと見つめ、ギャレットは待った。やがて若き指揮官は地図上のコマを動かした。


「……この村と古道の間に陣を敷き、敵軍を迎え撃つのはどうだろう?」


「消極的な戦術はやめましょう。広い草地に見えますが、いまの時期はぬかるんで足場が悪い。それに高所の古道を帝国軍に取られます。敵は古道に陣取り、射撃で援護しつつ、味方をぐるっと回して村の裏やマツ林の中から攻撃させることもできる。ここは、こちらも進軍して古道の上で戦うしかない」


「そうなると、狭い山道での真っ向勝負になる。時間のかかる削り合いになってしまうな……」


 それこそが帝国軍の狙いなのだろう。ただでさえ戦いに慣れていないファランティア人同士となれば、両者及び腰になってだらだらと時間だけ過ぎるかもしれない。そういう意味では卑怯な作戦とも言えたな、とギャレットは思った。


「射手を配置できる迎撃に有利な場所を探しましょう。おそらく相手も同じことを考えてるはず……いや、待った」


「うん?」とフロレンツが顔をあげる。


「思い出した。この村の南の山裾、マツ林の先に隠れ谷があるんです。一時ならけっこうな人数を詰め込める広さがあった。ヨナス、隠れ谷から古道に上がれるか?」


「いや、谷の前は深い沢になっていて無理です……けど、逆に後ろから回り道でなら……上から尾根伝いに行くとか」


「どうなんだ?」


 ヨナスはしばし記憶を探った。「遠回りにはなりますが、行ける、と思います」


「決まりだ。自由騎士団が行きます。機動力が必要になる」


 フロレンツはうなずいた。緊張した表情に若さがにじむ。それから部下たちを集めて説明したのち、詳細をつめて、解散となった。


 自由騎士団は村の共有地を野営地としていた。いまは使われておらず、馬が食む草があり、小川がふちを流れていて、それなりの広さがある。騎士団は六〇人ほどの非戦闘要員も含めて総勢で二〇〇人近くが来ており、ドラゴンストーンにある本拠地では倍近い団員が訓練中で、そちらはマリオンが指揮を執っている。日々大きくなっているが、その真価を問われる時が来たのだろうとギャレットは思った。


 ヨナスを伴って野営地に戻ったギャレットは集合をかけ、全員が揃うのを待った。太陽がゆっくりと西に傾き、竜割山の山肌を茜色に染めていく。カラスたちが声をかけあって山へ帰っていくのを見送っていると、集合は完了した。


「全員よく聞いて欲しい。敵部隊は準備を整え、明日、明後日には古道を進軍してくると予想される。王国軍も古道を進軍するようにみせるが、あまり前進せずこれを迎え撃つ。我々は隠れ谷に潜んで敵部隊をやり過ごし、回り込んで敵後方へ出る。味方が敵正面を押さえている間に背後から接近し、騎馬突撃を行う。実戦が初めての者は訓練をよく思い出し、深く入り込まないよう注意してほしい。離脱時に味方と接触しないよう馬を制御すること。態勢を整え、再度、突撃。敵部隊が壊滅するまでこれを繰り返す。そして……」


 ギャレットはそこで言葉を切った。何か重要なことを話そうとしている、という気配が伝わったのだろう。団員たちの注目を集める中、まるで独り言のように言葉を継ぐ。


「……そして我々は、諸君らと同じファランティア人の血に塗れることになる……」


 ぞわっ、と波が団員たちの中を伝播していった。顔を見合わせ、何か言いたげに口を開きかけて、しかし、何も言えずに目を泳がせる。その言葉の意味を問いただすことも、確認することも、必要ない。団長ははっきりと、敵部隊が同じファランティア人だと告げている。


「ファランティア自由騎士団の目的は、この土地とともに受け継がれてきた文化、伝統を未来のファランティア人に手渡すことだ。そのために、帝国を排除する。それは変わらない。だが……」


 腰に下げた〈勝者の剣または敗者の剣〉の丸い柄頭をぎゅっと握る。


「……だがその先に、この犠牲に見合う未来があるのか?」


 草地は静まり返っていた。カラスの声もカエルの歌も彼らの耳には届いていないだろう。ただ、団員たちの前を行き来し始めたギャレットの足音だけが、寂しげに。


「民一人一人を王として仕えよとハイマン将軍は言った。では、民が王であるとはどういうことなのか。おれはずっと考えてきた。この国に来る前、傭兵だった頃、いや物心ついた時から、世界とは王や貴族といった金と権力を持った連中によって形作られるもので、自分はその手駒に過ぎないのだと信じて疑わなかった。だが今は、自分の行動が世界を変え得る、自らの手で未来は形作れるという実感がある。その選択の重みも」


 目の前に持ち上げた左手を、ぐっ、と握りしめる。


「きっと、民の一人一人がこの実感を持てる国が、そうなんだ。この戦いに勝利できたとしても、どうすればそんな未来へ辿り着けるのかは、まだ分からない……けど、まずは君たち自身から始めてほしい。だから、選んでくれ」


 ギャレットは足を止めて、団員たち全員と向き合った。


「この先も戦い続けるなら、同胞の血で手を汚すことになるだろう、返り血に塗れることになるだろう。それでも目指す未来へと歩み続ける覚悟があるのなら……おれと共に来てくれ。未明から夜明けまで、南の村はずれで待つ」


 黙って見つめ返す者も、ただ足元に目を落とす者もいた。友の様子をうかがう者もいた。


「戦えないと思うなら、ここに残っていい。決して責めはしないと約束する。家に戻るなり、王国軍に残るなり、希望に沿うよう計らう。命令はしない。おれは君らの主君でも雇い主でもない。君らは、義務で戦う兵士でも、契約に縛られた傭兵でもない……自らの信念のために戦う、自由な騎士だからだ」


 そうして解散となり、夜は静かに更けていった。全ての準備を整えたギャレットは馬に乗って村を横断し、マツ林の前に立った。すぐ後ろをヨナスと西部貴族出身の騎士たちが付いて来ていた。徐々に薄明が近付くなか、一人また一人と騎士たちが彼の灯火に集う。闇に溶けていた竜割山の稜線が白んで時を告げた。時間だ。ギャレットは一同を見渡し、一人一人と視線を交わす。みな、騎士の顔をしている。総勢一〇一名。四〇名弱がここに残る。


「ではゆこう、諸君……」


 馬首を巡らしたギャレットは、薄闇の中で静かに、しかし断固として宣言する。


「ファランティア自由騎士団、出陣する」


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