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竜去りし地の物語  作者: 権田 浩


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自由騎士 12

 古道から眺めるとファーホロウの村は低い位置にあり、西に張り出した山裾とそこへ続くマツ林を背負った小さな農村にすぎない。二つの騎影はかつてギャレットが使った道ではなく、地元民が使う小道を下って村へ近付いていった。先導するのは自由騎士団で従騎士となったばかりのヨナスで、あとにギャレットが続く。二人とも板金鎧こそ身につけていないものの、鎖帷子の上から陣羽織(タバード)をつけて剣を佩いた立派な騎士のいでたちである。


 初夏の陽気ですっかり雑草が伸びきった斜面でも、この村で生まれ育ったヨナスが道を外すことはない。古道の下はこの時期、地面から水が染み出てくるような緩い土地らしい。水たまりのような小川を飛び越え、境のはっきりしない共有地を回り込むようにして二騎は村に入って行った。


 ヨナス自身、村に戻って来たのはあの時以来だったが、様子をみるに、何人か村人が戻っているかもしれないという彼の予想は正しかった。完全に放置された畑に混じって手入れされた区画もあり、微かに炊事の香りもただよう。村人が姿を見せないのは二人を警戒しているからだろう。帝国人だろうが、ファランティア人だろうが、そのどちらでもないギャレットだろうが、あんな経験をした後で武装した相手をぼけっと眺めたりはしない。


 二人は草地に馬を残し、近くの家屋へと歩いた。明らかに使われている形跡があり、母屋の扉はしっかりと閉められている。小屋の影にいるニワトリに見つめられながらヨナスを先頭に前庭を横切り、戸を叩く。


「もしもし。だれかいるなら開けてくれないか。おれはヨナスだ。馬宿の。もしもし?」


 反応はないが、気配はする。


「話があるんだ。大切なことだ」


 ヨナスが扉に手をかけて振り返った。無理やりは良くないとギャレットは首を横に振り、裏口に回ってみるかと提案しようとした時、反応があった。


「……ヨナスだと?」


「そうだ、おれだ。村のモンなら分かるだろ。開けてもらえないか」


 おそるおそる、扉が開いた。初夏の日差しが落とす影の中に一対の目が浮かぶ。それだけでもヨナスには誰だか分かった。


「ルッツさん、あんた、ここにはもう絶対戻って来ないって言ってたのに」


「……他にどこに行くってんだ」と、ルッツがぼそぼそ答えるまで長い間があった。まるで見知らぬ相手のようにヨナスをじろじろ眺め、それからギャレットを見て、それからのことだった。


「奥さんとアンカも一緒だろ? 大事な話があるんだ」


 ルッツはゆっくり戸口を離れた。手にした包丁が鈍く輝いている。扉を開けてヨナスは入っていき、ギャレットは戸口に残った。居間の奥にいた妻と娘に合流したルッツら家族は、椅子を勧めるでもなく、身を寄せて立ち尽くしている。兵士を前にした農民の態度にヨナスは少し動揺したが、咳払いして話を始めた。キングスバレー周辺で本格的な戦闘が始まること。この村に王国軍が陣を置くため、戦場になる可能性があること。希望するならここでもブラン王の本陣でも仕事はあること。あるいは非戦闘要員としてファランティア自由騎士団に加わってもいい。


 その説明を一家はただ黙って聞き終え、それからルッツが言った。「……そんで、どうしておれたちがこの家から出て行かなきゃなんねんだ?」


「いや、だから……説明しただろ、北方連合王国軍は……」


「だから、どうしておれたちがここから出て行かなきゃなんねぇんだって聞いてんだ! お前は、お前らの都合しかしゃべってねぇ!」


 ぎゅっ。ヨナスが拳を握り、革の手袋が音を鳴らした。戸口に立つギャレットが身動ぎして存在を思い出させる。息を吐いて拳を開いたヨナスに、ルッツが追い打ちをかける。


「そもそも村が、おれたちがこんな事になってんのはよぉ、ヨナス、お前らが帝国兵に手を出したからだろが。よくも顔が出せたなもんだな。ご立派な恰好しやがって。何様だよ」


 これはもう駄目だなとギャレットが割って入ろうとした時、ヨナスが震え声で言った。「あぁそうさ、おれのせいだよ。あん時はこれで皆が助けられると思ったんだよ。怒りに目が眩んで、他の選択肢なんて見えなかったんだよ。あんたはどう思ってる? 餓死者が出ても黙って耐えればよかったのか? 食い扶持を減らすために子供を町に連れて行けばよかったか? 娘を風呂屋で働かせればよかったかよ? それとも村を捨ててどっかで小作人にでもなればよかったか? 町へ行って物乞いして回ればよかった? なぁ、教えてくれよ……」


 ギャレットは戸口を離れて村の中を歩き出した。屋根が崩落し、半分黒く炭化した家の中に、奇跡的にテーブルとイスが残っていた。まるでさっきまで一家が座っていたかのように。黒い瓦礫の山と化した建物の近くを通ると、まだあのツンと鼻を刺す臭いがする。が、それは記憶にこびり付いた幻覚かもしれない。井戸の周りはきれいで、小さな風車も竜割山から吹き下ろす風を受けて回っている。道の上にあったと思われる破片は端に除けられているが、家がまるごと倒壊してしまった箇所はそのままで、避けて通るしかない。いま村に残っている人間で必要最小限の片付けはしたものの、本格的な復旧作業はしていない、という状態だった。


 ここを拠点にする場合に必要な作業とそれにかかる人員、時間、資材などをざっと見積もりながら、村人を見つけては事情を話して回る。胸の奥で人間的な感情が渦巻いても、表面上は淡々と作業的に行動する術は傭兵時代に身についていた。だが、そんなことを当たり前にしてしまったら、いずれは命令実行のために行動するだけの道具になる。ギャレットは完全にそうなる前に逃げ出した。だからいまだに、死地へと送り、足手まといと切って捨てた部下たちのことをふいに思い出して息を呑むのだ。名前を思い出せる者は数人しかおらず、姿もぼんやりした、過去の亡霊たち――草地に戻って来るヨナスの姿は、そのうちの一人がゆらりと実体を得たかのように錯覚された。


「説明はできたか?」


 ギャレットの問いにヨナスは苦々しい表情で答える。


「ええ、まぁ……いちおう。あいつら全然言うこと聞かなくて、二軒しか回れませんでした。他は団長が回ってくれたんですね」


「おれたちは彼らに命令できる立場に無い。説明だけできればいいんだ」


 ですね、と鞍に手を掛けてうなだれたヨナスの姿に、ギャレットは自分を重ねた。この村と隣人を救いたいというのがヨナスの出発点だったはずなのに、村はこの有様で、また戦に巻き込まれようとする彼らをどうすることもできない。


「目の前のことで精一杯なんだ、普通は。でも我々は違うはずだろ」


 ヨナスは小さくうなずいた。「帝国を追い出すためには……それまでは……あいつ(アンネ)の生きる未来に、戦火の種は残せない」


 生死の境をさまよった彼の娘アンネは快復した。戦火を逃れて一時的にプレストンを離れたが、今は戻っているらしい。そのことが、犠牲を積み重ねて代償を払い続けるこの困難な道のりで、(ヨナス)の支えになっている。いまだ見通しの無い、遥か彼方の目標ではある。が、しかし――ギャレットは思う――そこがおれたちの目的地、終着点なのか、と。全ての犠牲を背負って、その先へ歩き続けるための〝何か〟がなければ、おれたちはただの使い捨ての剣でしかない。


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