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竜去りし地の物語  作者: 権田 浩


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スパイク谷の老戦士 1

 大広間に生者の気配は無く、一切の(ともしび)も無かった。ただ、窓から差し込む月明かりだけが青白く闇を照らしている。この場所がこれほど寒々としているのは見た事がない、とマグナルは巨体を震わせた。寝間着に身を包んだ老戦士は、おとぎ話に登場する、あるいは子供が雪を集めて作る雪の王様(スノーキング)のようにこんもりとしていたけれども、実際に寒さを感じているわけではなかった。


「マグナル」


 突然の呼びかけに振り向くと、壇上にある彫刻された王の座に若者の姿があった。すらりとした脚を組み、片肘をついて、いたずらっぽい笑みを浮かべている。それはまだ王になる前の、王子だった頃の彼の主。老いも病の苦痛も知らぬ瞳にみつめられて、マグナルは胸を掴み、ほとんど嗚咽を漏らしながらゆっくりと歩み寄った。


「ああ、我が王……あなたはずるい。一人だけ先に逝ってしまわれた。なぜわしを置き去りにしたのです」


「いくら鈍いお前でもわかってるだろ。命より大切なものができたんだ。だから、お前にそれを守らせたんだ」


「わかっていたからこそ、断れなかった……だからずるいと申しておるのです。若い頃の姿で、老いぼれたわしの夢に現れたりして」


 スヴェンはあの頃のように口をへの字に曲げた。


「へっ、悪かったな。だがまぁ、せっかくだから一つ忠告を聞いていけよ。いいか、お前はもう一度アンサーラに会う。それが彼女に想いを伝えられる最後の機会だ。今度こそ、しくじるんじゃねぇぞ」


「な、なな何を言って……あれ?」


 スヴェンは瞬きの間に消えていた。玉座にはぬくもりさえ残っていない。


「王子? どこです?」


 ――マグナルはゆっくりと瞼を持ち上げた。そこは現実だが、老いた目にはまるで夢の中のように淀んで見える。むしろ、夢の中のほうが視界ははっきりしていた。


 不思議なものだな、とマグナルは思う。若い頃はくっきりと見えているほうが(うつつ)で、おぼろげなるものが夢だった。年を重ねるごとに夢と(うつつ)は接近し、その境界は曖昧になる。いつか交わる時がきたら……もしも彼女に再会できるとしたら、きっとそんな瞬間だろう。


 いやいや年甲斐もなく何を考えているのだ――禿げた頭のてっぺんまで赤くして寝台の中で悶絶してから、のっそりと巨体を起こし、何十年もそうしてきたように目覚ましの火酒を一口含んで窓辺に立つ。


 王の不在を預かる代理戦士たる彼は、王族と同じく王の館で寝起きしている。そこは人類最北と長い間信じられてきた土地の果て、大河ゴルダーの源に落ちる滝の上にあった。湖畔にあるエイクリムの町を見ようとすれば足元を覗き込まねばならず、鳥さえも眼下を飛ぶ断崖絶壁の頂にあり、南へと伸びる谷が視界の果てまで一望できる。


 左右に広がる山々の造形は大地の神ノウスが男神であることの証左のように荒々しく、谷にある色は残雪の白と岩の灰色と剥き出しの地肌の茶、そして針葉樹の幹の黒だけ。ぽつりぽつりと緑が顔を出す季節だがまだ目に見えるほどではない。唯一きらめきを宿すゴルダーの源流は足元の小さな湖から穏やかに流れゆく。それも遥か南では北方を南北に二分するほどの大河となるらしい。マグナルはそんな大河を見たことがないけれども、見たいとは思わない。今この目の前に広がる景色のなんと雄大で美しいことか。これ以外もこれ以上も望むべくもない。助け合わねば人間など一冬で絶えてしまうような厳しい土地であるにもかかわらず。


 マグナルは火酒を飲み込んで「んむ」と独り言ち、(かわや)へ行った。


 巨大な腹をぶ厚い革のベルトで締め上げ、剣を吊るし、腕輪を付ける。最後にマントをブローチで留めて、権威を身にまとったマグナルは王の館の大広間にある玉座に腰を下ろした。横幅が二人分はある老戦士でも玉座にはぴったり収まる。代理戦士は王の不在時、その権能をも代理する。大広間には朝から王の裁定を求める民が集まっていた。その多くが新たな住人であるコー族絡みだろうことは想像に難くない。


 館の背後にそびえ立つ〈世界の果て山脈〉はその名のとおり、世界の北の果てだと信じられてきた。その麓にできた小さな小さな切り傷がスパイク谷で、そこが人類最北の地だとも。ところが昨年の春、山道の雪解けとともにドワーフのギブリムが連れて来たコー族とやらは、〈世界の果て山脈〉の向こう側から来たという。先王そして現女王の恩人であり、伝説に謳われるドワーフのギブリムがそう言うからには否定などできないし、頼まれれば彼らを受け入れるしかない。当のドワーフは一日と待たず山へ姿を消し、数日後にはヒルダも南へ旅立ってしまったので、実際にこの一年、彼らの面倒をみてきたのはマグナルだった。


 言葉が通じるのは、彼らのいう〈古の言葉〉とやらが理解できる若き族長ロジウのみ。その事実は彼らが北方人の末裔だという証拠かもしれなかったが、その他に共通するものはほとんど見出せず、多くの問題の原因となっている。今、マグナルの前に進み出た二人の老人、ハルヴァルとエイリクの問題の始まりもやはりコー族だった。


※(補注)活動報告「マグナルのサーガ」

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1046032/blogkey/3473558/

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