ドラゴンストーン攻略戦 8
勝利と解放の喜びを、王都の人々は日没とともに胸に秘した。その夜には照明を手にして鉄串の撤去に取り掛かり、翌朝からは長い葬送がはじまる。客人の神の神殿に弔いの火が灯り、神官らは民のために聖堂へと赴いて葬儀を執り行った。犠牲者の数はあまりに多く、そのすべてが尊厳を取り戻すには少なくとも七日は時が要るだろう。
レッドドラゴン城では、獄中死したと思われていた神官長が地下牢から救出され、牢の奥に隠れていた看守は引きずり出されて吊るされた。翌日には大広間にて簡易だが正式に、神官長からブラン上位王へファランティア国王の冠が授けられる。そのままささやかな祝宴へと移行したが、酒の匂いを嗅ぎつけたか、武勲を語りたくて仕方ない様子の北方人たちがなだれ込んで来て宴会へと変わってしまった。ファランティア人たちは顔をしかめたが、ブラン上位王から「今宵限りは許せ。北方の習いだ」と言われてしまっては致し方ない。
衰弱している神官長は手を借りて早々に退室し、ヒルダは戦士らに引っ張り出されて輪の中へ。玉座を中央に据えた上席にはブランとバルトルトだけが残った。ブランの武勇伝は本人が語るまでもない。玉座から献杯に応じつつ、彼はゆったりと大広間を眺めた。
宴会には北方人だけでなく、若いファランティア人も混じっている。鼻に湿布と添え木をして包帯でぐるぐる巻きにしたフロレンツもその一人だ。たった一度の戦で、父親の影の中にいた子供はすっかり大人の戦士に仲間入りした。いや、戦とはそういうものだが、次の戦で突っ込みすぎて死ななければいいが――ブランへの憧れに目を輝かせた若者に、酒杯を軽く持ち上げてやる。
大広間の隅では八人ほどの自由騎士団員が固まってオドオドしていた。団長のギャレットは彼らからも離れて一人、壁に背を預けている。やれやれ、ブランは大声を響かせた。
「ファランティア自由騎士団に乾杯! この戦の英雄たちに!」
上位王の音頭に大広間が湧いた。当の自由騎士団員たちに気付いた北方人が輪の中へ誘う。ギャレットと目が合ったので、ブランは隣の空席を掴んで揺らした。自由騎士団の団長は渋々といった表情で壁際を離れ、人々に称えられながら上席までやってきた。
「上位王……」
「いいから座れ」
ギャレットは着席した。「上位王と英雄に乾杯!」と声が上がり、二人とも酒杯を掲げて応じる。ブランは不敵な笑みで。ギャレットは苦笑で。そして前を向いたまま、言葉を交わす。
「具合はどうだ?」
「毒がもう少し身体に入っていたら危なかったかもしれません。安静にしていれば快復するだろうとのことです」
「そうか。しかし団長がそんな態度だと、団員もどうしていいか分からんのじゃないか」
「彼らは義勇団からの志願者です。つまり田舎の農民で、城に入ったのなんて初めてのはずです。ましてや大広間で、王侯貴族と一緒だなんて」
「これからは、そういうことも教えてやらんとな。いやまずはお前からか。おれは気にせんが、お前の礼儀も相当になってないんじゃないか」
ギャレットは肩をすくめ、しばらく酒杯を手の中で弄んでから、唐突に言った。
「三二人です」
「ん?」
「自由騎士団の被害です。三二人死亡。四六人が負傷。そのうち半数が、命を取り留めたとしても、もう戦えません。おれやマリオン卿を除いて、五体満足なのはあの八人だけです。たった一度の戦で、もう壊滅したも同然ですよ」
「そうか……」
体面にこだわる貴族と違い、農村の勝気な若者たちは一度敷居をまたいでしまえば打ち解けるのは早い。もともと大騒ぎが好きな年頃でもある。北方人と自由騎士団員が肩を抱き合いながら乾杯の声を上げたので、上位王と団長は再びそれに応えた。
「で、次の戦はどうする。おれの指揮下に入るなら望む地位をくれてやる。あの幸運な八人の面倒も、こっちでみてやってもいい」
ギャレットは軽く頭を下げた。
「考えておきます」
しかし、実際にギャレットがそのことを考える必要はなかった。翌日には自由騎士団への入団希望者が殺到して、その対応に追われることになったからである。




