ドラゴンストーン攻略戦 6
大塔に兵士の姿は無く、侍従や使用人たちは帝国人、ファランティア人の別なく、返り血にまみれた騎士を避けて通した。
階段を上がり、通路を左へ。大広間の前を通り過ぎかけて、足を戻す。謁見用の玉座の前で鉄串を槍のようにして持っているのは、あの日、ヘルゲン教授の前に立っていた執政官。ヴィジリオ・ディケイオスで間違いない。強張った表情に充血した眼で抵抗の構えを見せている。
「やってみろ……」歯の隙間から怒りを漏らし、大股で迫るギャレット。
「自由騎士! 後ろだ!」
ヒルダの声に振り返ったギャレットはそれを目で捉えたわけではなかったが本能的に肩を上げて首と顔を庇った。一瞬の鈍いきらめきと、嗅いだことのない奇妙な臭い。細く長い鋼鉄の針が肩と胸の鎧の隙間に突き立つ。それは鎖帷子の隙間を抜け、鎧下を貫いたがそこで止まり、ほんのわずかギャレットの皮膚を傷つけただけで抜け落ちた。
投げたのは入口横にぴったりと背を付けて気配を消していた黒いドレスの女――見て取れたのはそこまでで、この隙を狙ってヴィジリオが鉄串を突き出す。ギャレットは剣でさばいたが、指に力が入らず柄がすっぽ抜けて床に落ちた。腕がしびれている。
毒だ。さっきの針だ。ギャレットは直感した。
「やあーっ!」重い鉄串を構えなおしたヴィジリオが突きかかってくる。
普段ならどうということもない素人の突きだが、とたんに眩暈がして、尖った先端が幾重にもなった。ギャレットは歯を食いしばって上体を反らせる。鉄串の先端は胸甲に当たったが食い込むには角度が浅く、耳障りな音を立てて鎧の表面を滑っていき、二人は交差した。ギャレットは踏ん張れずにそのまま仰向けに倒れ、ヴィジリオは待ち構えていた手ごたえを得られず前のめりに突っ伏し、床に落ちた鉄串がわぁんと鳴る。
激しい眩暈と猛烈な吐き気で前後不覚になりながらも、ギャレットの身体は何か別のものに操られているかのようにほとんど自動的に動いた。ごろりと横になって起き上がった時には短剣を抜いており、立ち上がろうとしているヴィジリオの背中めがけて振り下ろす。気配を察したのか、ヴィジリオは仰向けになって両手のひらで顔を庇った。刃は重ねられた手のひらを貫いたが、顎をわずかに傷つけたところで止まる。短剣が容赦なく引き抜かれ、痛みに悲鳴をあげる。再び振り下ろされようという刃を前に、気合とも悲鳴ともつかぬ叫びをあげてギャレットの腹を蹴り飛ばすと、自由騎士は力無くよろめいて倒れた。その隙に執政官は身をひるがえして立ち上がり、出口へと駆け出しながら叫ぶ。
「なにやってる、アマンダ! ぼくを助けろ!」




