ドラゴンストーン攻略戦 5
隊長ヒューバートの逃走を境に勝利の天秤は一気に自由騎士団へと傾いた。戦いが終わり、被害は死者四名、重傷者七名、軽傷者多数。死傷した鉄串隊員はざっと三〇名といったところ。重傷者含めて一〇名ほど投降したが、彼らも含め、生き残った鉄串隊員はギャレットの宣言どおり許されなかった。血塗れの白竜門前広場でうめく兵士らにとどめを刺し、投降者も並べて斬首する。怒りや憎しみ、戦いの興奮のためではない。彼らの正義は為されねばならなかった。首が落ちるたびに市民たちから喝采があがる。もし自由騎士が手を汚さなかったら、市民たちは間違いなく鉄串隊員を私刑にしていただろう。
散り散りに迷路のような路地へ逃げ込んでいった鉄串隊員は二〇名ほどいたが、彼らのうち何人が逃げおおせるだろう。得物を持った市民たちが追いかけていったのにギャレットは気付いていたが、対処する余裕はもう無かった。いまや四五人となった自由騎士団はブレナダン通りをレッドドラゴン城目指して進軍する。後続の市民は一〇〇人を超えていた。
真新しい鮮血が道を示すように続いている。内環状道路との交差点に横腹を切り裂かれた馬の死体はあったが、乗り手の姿は無く、血の跡は点々とその先まで続いている。辿っていくと、レッドドラゴン城の城門に顔面から寄りかかるようにしてヒューバートが絶命しているのが見えた。門は閉ざされ、当然ながら、守備隊が配備されている。
レッドドラゴン城の門は小さいながらも城門として造られており、壁も高く、紫竜門よりずっと堅牢だ。半数近くを失い、疲れ果てた自由騎士団と、数は多いが戦闘要員ではない市民たちとで突破するのは不可能だろう。
「どうする、ギャレット卿」馬上からマリオンが問う。
「さっき、勝ちどきが聞こえました。味方が黄竜門を突破したんだと思います。なら、もうすぐのはずです。少し待ちましょう。休憩にもなりますし」
「いや……」マリオンは騎士団員らをちらりと見て、声をひそめた。「彼らはもう限界だ。一度腰を下せば立ち上がれないだろう。正直わたしも自信がない」
折よく、ガラガラ、バキッと何かを薙ぎ倒しながら近付いてくる音があった。このタイミングまでも上位王の計算とは思えないが、そう思わせる何かがあるのも事実だった。少なくともマリオンの顔はそう語っている。
「全員、道をあけろォ!」
ギャレットの大声に、のろのろと市民たちが動いた。バキバキ、ドカッという騒音とともに、ブレナダン通りに姿をみせたのは車輪付きの大きな架台で、左右の持ち手に北方の戦士たちが一人ずつ、合計八人で押している。濡れた毛皮や板で補強された屋根の下には、先端を尖らせた丸太が一本、太いロープで吊り下げられていた。破城槌だ。掲げるは白地に黒の横線、スパイク谷の旗。
先導する長身の女戦士、スパイク谷のヒルダ女王がやっと出番とばかりに力強く叫ぶ。
「スパイク谷の戦士たちよ! あの門をぶち破り、城から帝国兵どもを一掃するぞ! 突撃ィ!」
おうと応えて戦士たちは上腕二頭筋を膨らませ、力強く足を踏ん張って、どんどん速度を上げながら城門へと走る。石畳の上で時々車輪を空転させながらもぐんぐん迫る破城槌。守備隊はにわかに慌ただしくなり、ギャレットも急いで指示を飛ばす。
「自由騎士団、クロスボウ用意。スパイク谷を援護するぞ」
破城槌はほとんど全力疾走に近い速度で城門前の坂を駆け上がり、帝国軍のクロスボウで屋根を穴だらけにされながらも、勢いそのまま強烈な一撃を放った。丸太が屋根の下を打つほど跳ね上がって城門に突き刺さる。石造りの門塔はぐらぐらと揺れ、何人かの帝国兵が悲鳴をあげた。門戸はメキメキと裂けるような音を立てて歪み、破れるかと思いきや、まだ耐えた。
力強い北方の戦士たちがロープを引いて破城槌を後ろに引き戻す。そうはさせじと狭間胸壁から太矢が飛び、何人かが倒れるが、すぐに別の戦士が引き継いだ。自由騎士団もクロスボウで城壁上を狙い、スパイク谷の戦士たちも長弓で援護する。
矢が飛び交うなか、破城槌が二撃めを放った。致命的な何かが割れる音がして、城門が目に見えて歪む。あと一押し、とその場にいる誰もが思っただろう。
守備隊は交互射撃をやめ、次の一撃を阻止すべく破城槌に一斉集中射撃を敢行した。帝国製の恐るべきクロスボウから放たれた太矢の雨が、防御用の屋根を貫通して破城槌の戦士たちを一掃する。破城槌がぐらりと斜めに傾き、坂道を滑り落ち始めたのでギャレットは慌てて飛び出し、持ち手を掴んで支えた。ヒルダ女王とマリオン、残りは近くにいた戦士が取り付く。
「誰か……破城槌を!」
ギャレットの声に、すぐ反応できる者はいなかった。各々、射撃の構えに入っている。「弓はいい――」と言いかけて、視界の隅に捉えたのは、駆けてくる市民たちだった。破城槌を引き上げるつもりだ。ギャレットはすぐさま指示を変更した。
「弓はもういい! 盾を持って民を守れ! 自由騎士団!」
市民らがロープを引いて破城槌を上げた。自由騎士団員が盾を掲げて壁になる。
「いいぞ、じゅうぶんだ、離せ!」
破城槌がうなりを上げて放たれたのと、壁上から太矢が放たれたのは、ほぼ同時だった。盾を持った団員たちと架台を支えていた戦士たちがバタバタと倒れる。だが、破城槌にはついに城門を突き破った。扉がひしゃげて人が通れるほどの隙間ができる。
運よく太矢を逃れたギャレットは我先に駆け出した。剣を抜き、扉の隙間へ飛び込んでいく。先を越されたヒルダも慌てて続いたが、ギャレットは城門の制圧などまったく気にしていない様子で一直線に大塔へ走っている。
「ははっ、見ろ、あいつ、一人で突っ込んで行くぞ! ははっ、なんて野郎だ!」
一時、王であることを忘れてヒルダは無邪気に笑った。それから「レイフ、ここは任せる」と戦士長に告げて、ギャレットを追った。




