ドラゴンストーン攻略戦 3
猪隊形で突撃した北方連合王国軍を、帝国軍の前衛はがっちり受け止めた。優れた射手でもある北方人の長弓が帝国軍のクロスボウ部隊を牽制しているため被害は少ないが、左右の歩兵部隊が顎のように閉じようとしている。帝国軍が得意とする戦術を、戦士長のシグアドは当然把握していた。
「くそっ、前衛が抜けねぇ。上位王、このままじゃ……」
帝国軍の大盾の壁に武器を叩き付ける騒音が響く中、負けじと声を張って上位王の横顔をみたシグアドはぞくりとして総毛立つのを感じた。前方集団に居ながら悠々と腕を組むブランの表情は全く冷静ではなかった。その瞳は獣じみてギラつき、口角を持ち上げ、笑みなのか牙を剥いているのか、恐ろしげな表情をみせている。こういう時のブランはヤバい、とシグアドは知っていた。
「道をあけろ! 上位王が前に出る! いいか、全員遅れるな、死ぬ気でついて行け!」
その叫びが合図であったかのように、ブランは腕組みを解いて斧を肩に担ぎ、のしのしと歩き出した。徐々に足を速めて前傾姿勢になり、およそその巨躯からは想像できない速度で味方の中を駆け抜け、前方にお気に入りを見つけて名を呼ぶ。
「ロロン!」
前線を維持していた大柄な戦士は名を呼ばれると慌てて盾を背にしてしゃがみ込んだ。ドン、とその盾を踏み台にしてブランの巨体が飛ぶ。帝国兵の長槍と一列目の大盾兵を飛び越えて敵陣に着地し、半円を描くように斧を一閃。左側にいた帝国兵の首が飛び、返す刃で右側にいた帝国兵の腕と足を切断する。そのまま振り向きざまに斧の柄頭で大盾兵の後頭部を潰すと、その大盾をむんずと掴んで無造作に敵兵に叩き付け、その上に飛び乗った。大盾の下敷きになった二人の帝国兵の口から血と悲鳴が押し出される。長槍兵の突きは身を捻って躱し、穂先の下を掴んで勢いそのまま反対側の帝国兵に突き刺して同士討ちさせ、慌てて剣を抜こうとした長槍兵の頭を斧で真っ二つにする。
フロレンツはただ唖然とした。こんなめちゃくちゃな戦い方は、いや、こんなめちゃくちゃな人間は見たことがなかった。重く、強く、巨大で、速い。
シグアドがその背を叩く。「ぼけっとしてんな! ああなったら上位王は止まんねぇ。ついていくんだよ!」
前方ではまた一つ首が宙を舞い、それどころか帝国兵そのものが放り上げられた。これでもかと眼を見開いて上位王の戦いぶりをみていたフロレンツはただ驚愕しているだけではなかった。全身がわなわなと震えるのは恐怖のためではない。感情が、心が、何かが解き放たれようとしている。心が猛る、とはこういうことなのだろうか。ブランは紛れもない英雄で、伝説に語られるような存在であるにもかかわらず、現実に目の前にいて言葉すら交わした。それはつまり、自分自身も英雄物語の一部であるということ。
共に走る戦士たちの熱狂に溶けていきながら、フロレンツも獣のように咆哮を上げた。それまでの剣術も戦術も忘れて、棍棒のように剣を敵に叩き付ける。はじめての殺人を、フロレンツが思い出すことはないだろう。ただ赤く、熱い、灼熱の記憶があるだけだ。両手を振り回し、敵を押し倒し、踏みつけ、叫ぶ。そこには規範も道徳も善悪もなく、ファランティア人であるということも、貴族だということも、ターンベルク家の長子であることからも解放された、生の自由があるだけだった。その全能感は、帝国兵の肘鉄がまともに顔面に入って気絶するまで続いた。
戦場全体でみればブランの付けた傷など小さなものだったが、それは致命傷になるほど深く、上位王の熱狂に飲み込まれた獰猛な戦士たちによってどんどん広げられていった。
帝国兵は魔獣のような怪物と戦うのに慣れている。長槍で距離を取り、クロスボウの射撃で弱らせ、剣でとどめを刺す。その基本戦術は身に染みている。だが、ここは人間同士が争う戦場で、隊列も装備も怪物と戦うようにはなっていない。そして、怪物はすでに味方の集団に深く入り込んでしまっていた。
敵味方入り乱れる乱戦は北方の戦士たちがもっとも好む戦場だ。長弓部隊を率いる戦士長トーレンが強烈な獣臭と毛皮をまといながらも神出鬼没に戦場を動き回り、信号旗を振る帝国軍旗手を狙い撃ちして回ったのも効果的であった。彼いわく「戦場で旗振ってるバカは狙われて当然」。
そうしてついに、上位王自らを一番手として北方連合王国軍は敵部隊の反対側へ抜けた。帝国軍は真っ二つに引き裂かれた。
そのまま敵本陣にまで突撃するものと覚悟していたシグアドだったが、ブランが立ち止まったのでおそるおそる覗き見る。敵の返り血でべったりと赤く塗られてはいるものの、そこにいたのはいつもの上位王だった。思わずほっと一息吐く。ああなるたびに、もう戻って来ないのではないかと心配してしまうのだった。
「上位王、どうします?」
ブランの視線の先を見やって、シグアドが問う。帝国軍の指揮官がダンカン将軍であることは確認済みだが、彼がいるだろう本陣は軽騎兵隊と共にもう動いていた。敗走してきた味方を率いて撤退を始めている。王都ではなく、南へ。ハスト湖を迂回してさらに南下する道へと。
「ちぇ、つまらん。思ったよりできるやつだ」
ブランは子供のように口を尖らせた。
「逃げる臆病者は放っておけ。おれたちの戦場はここだ。敵もまだわんさかいる。おい、勝ちどきを上げろ。暴れ足りないやつは好きにして構わんが、捕虜はなるべく残しておけよ。あとでいろんなもんと交換できるんだからな! わはは!」
まだ敵も多い戦場にあって豪快に笑う血塗れのブランを見て、周囲の帝国兵は戦意を喪失して膝をつくか、逃げ出すかした。
※(補注)活動報告「皮を変える者」
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