元将軍と交易商 5
「ギャレットは最初から帝国の排除を目的にしていたのか」
「ええ、ですから王都ドラゴンストーンの民を暴君から救うという旗標はむしろ民が勝手に押し付けた大義でした。ヘルゲン教授の暗殺とリーリエ・ハイドフェルト様の処刑で西部の民意は反帝国へ傾いておりましたし、王都には各地方の貴族や商人らの子息や縁者もおりましたから、人々は積極的に自由騎士団を支持した。それは同時に、ブラン上位王の停戦条約破棄を支持することにもなったわけです。しかしファランティア自由騎士団への統合と組織化はそれほど簡単ではなく、ブラン上位王とギャレット卿の会合が実現するのはその年、盟約暦一〇〇七年の秋も深まった九週目のことでした」
各地に散らばった農民集団を少数の騎士でまとめ上げてくのはさぞかし大変だったろう。訓練された騎士、兵士でさえ、思い通りには動かないことをハイマンは戦場で嫌というほど実感していた……のを思い出した。自分自身に目を向けるとみじめな気分になるので、ハイマンは話題を変えた。
「ところで、執政官の暗殺を謀ったのはやはり帝国内部の人間か?」
「おや。なぜそう思われました?」
「執政官と教授の会談場所へ撃ち込まれたのは太矢で、使われたのは帝国軍のクロスボウだったのだろう?」
「はい」
「さらに執政官は城内で毒を盛られている。続けて失敗したのは彼の幸運か、黒幕の不運かしらんが、普通に考えれば帝国の人間の仕業だろう」
「では、執政官を狙った太矢が不運にもヘルゲン教授の胸を貫いたとお考えなのですね」
違うのか、とでも言いたげにハイマンは片眉を上げた。交易商の表情はうんともすんとも変わらず、可愛げがない。
「二件の暗殺未遂事件の犯人につながる確定情報はございませんが、まず帝国製のクロスボウだから帝国軍とは言い切れません。盗賊農民に強奪された帝国製クロスボウは義勇団にも渡っていました。そして、会談は義勇団側が指定した場所で行われております。高い建物に囲まれた、一見警備しやすい場所ですが、屋根の上を伝って移動できることを帝国軍は把握しておりませんでした。一方、暗殺者のほうは街中に精通していたように思えます……おっと、申し訳ございません。これは私見です。お忘れください」
「つまり、義勇団内部に裏切り者がいたか、執政官を狙った矢が自業自得となったか……いずれにせよ、それぞれの暗殺未遂には別々の黒幕がいると?」
「二つの事件の背後に同じ人物がいたという確定情報はございません」
その時、ハイマンの脳裏にもう一つの可能性が閃いた。もし狙撃が自作自演だとしたら? 教授は自分の死によってギャレットを動かし、義勇団をファランティア自由騎士団にまとめ上げ、結果としてブラン上位王までも動かしたということになる。
「あ、あるいは……死ぬために会談場所に行った? そんな、そんなことが……」
「……それは、この国に来た時のあなたも同じだったのでは?」
その交易商のつぶやきには、仮面の裏から漏れでた感傷めいたものが含まれていたけれども、ハイマンはひどく動揺していてそれに気付くどころではなかった。命を捨てても事を成そうという気概は、確かにかつては自分にもあったかもしれないものだった。言葉が喉につかえて出てこない。
ふいに、交易商は交易商に戻って嫌味なほど恭しく頭を下げた。
「いやはや申し訳ございません、将軍。この件については確定的なことが言えず。なにぶん、長い統一戦争の間に証拠のほとんどが失われてしまいまして……」
その声音はハイマンの心の奥底に沈んだ懐かしい反感を引き上げた――表面上謝っているように見えるが、こいつに謝罪の気持ちなどない。むしろそんな状況でここまで調べ上げた自分の手腕を強調しているのだ――苛立ちを手がかりに気持ちを立ち直らせる。
「適当なことを言われるよりはましだが、貴様にも矜持というものがあるなら、もっと努力すべきだ」
「ええ、はい、返す言葉もございません」
「んむ。では、取引を続けるとしよう。次はこちらの番だな。馬車の中の話は前回したから、次はホワイトハーバーから出航した直後の船上での話をする」
***
次に商人が顔を出したのは、六日もあとのことだった。もう取引は終わってしまったのかと不安になっていたハイマンは全身を揺すって小躍りしたが、もちろん交易商本人の前ではしかめ面を心がけた。
「日にちが空いてしまって、申し訳ございませんでした。少々手こずりまして」
「別に……お前のほうから一方的に持ちかけた取引だ。私はそれに付き合ってやっているだけだからな」
まてよ、ならば、この交易商を名乗る男は何が望みなのだろう。本当に、道中で皇帝陛下と交わした雑談の内容が目的なのだろうか。この取引の最後には何が待っている?
「では将軍」交易商の声に、ハイマンは我に返った。「次はどんな情報をご所望でしょう?」
「前回の続きを話してくれ。ギャレットとブラン王の会合から」
「かしこまりました。さて、ブラン上位王とギャレット卿の会合には旧ファランティア王国北部総督バルトルトどのとご子息の他にもう一人、最重要人物といっても過言ではない御方が同席しておりました。北方四王の御一人でスパイク谷の女王、ヒルダ陛下でございます」




