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執政官 8

 視られている。あの目に。群衆の中、甲冑の奥、侍従の肩の後ろ……あらゆるところから、このぼくを殺そうと狙っている――


「補佐官! 補佐かぁん!」


 大塔へ入るなり叫んだ声に応えるように、アマンダとダンカンが慌てて出迎えた。ヴィジリオは血塗れの布が額から落ちるのも構わずに駆け寄り、アマンダの胸倉をはっしと掴む。


「あいつら、こっ、殺そうとした! このぼくを! なぜ! なぜだっ!」


「お気を確かに、閣下……」


「ぼくはあいつらを守ろうとした! あいつらを尊重した! 帝国の民として迎え入れようと努力したっ! 話し合いで解決しようとしたぁ!」


「ええ、ええ、閣下は間違っておりません。閣下は正しいことをなさろうとしました」


「じゃあ、なんでぇ!?」


「どうか、お気をお静めください、閣下。ここは安全です。何も心配することはありません」


 あくまでも冷静なアマンダの瞳を覗いているうちに、ヴィジリオも少しずつ落ち着いてきた。彼女の言うとおり、城の中は()()()()()だ。ふと、アマンダの襟元をきつく掴んでいるのに気付いたヴィジリオはおずおずと手を離した。血が付いてしまっている。


「あ……す、すまない、その……」


 ダンカンの冷たい視線が執政官、ついでアマンダへと移る。それを一瞥で跳ね除けてから、血痕に触れぬよう襟を正す。「どうか、お気になさらず。傷の治療をして、お部屋でお休みください。後の事は我々にお任せを」


「ああ、うん、たのむ……」


 侍従とともに執政官が去ると、ダンカンは〝やれやれだ〟とでも言いたげにため息を吐き、大塔の入口で待っている兵士にうなずいて合図した。駆け込んできた兵士は敬礼をして、報告する。


「城門にファランティア人どもが集まって、説明を求めております」


「何が説明だ、白々しい。義勇団とやらが閣下の暗殺を謀ったに決まっているだろうが。外出禁止令を出せ。都民は速やかに自宅へ戻るよう命じ、それ以外のファランティア人は白竜門広場に勾留。抵抗する者あれば、打ち据えて構わん。いいな、補佐官?」


「ええ、致し方ありません」


「……お優しい閣下のお叱りを受けるのではと、兵が委縮しなければよいがな?」


「このような状況では、事故も起こり得ましょう。閣下もご理解くださいます」


 望む答えを得て、将軍はニヤリと笑った。


「よし、武器の使用も許可する。抵抗する者には容赦するな。何かあっても咎めはせんと、おれと、補佐官が保証する。行け、おれは城内の兵を集めてすぐに向かう」


 活き活きと命令を発するダンカン将軍を尻目に、アマンダはその場を離れ、大広間の前を通って自室へと向かった。


 アマンダの自室は庭園を挟んで、執政官の部屋の反対側に位置する。侍従がバタバタと出入りしているのを尻目に回廊を歩き、自室へ入ると後ろ手にそっと扉を閉めて息を殺した。


 奥の部屋に人の気配がある。


 両手を後ろにしたまま、袖を緩めて腕の裏にある隠し鞘に指を這わせ、そこに収められた三本の細く鋭い鋼の長針を確かめる。刺すこともできるし、投げることもできる、影の淑女の伝統的な武器。奥の部屋へ通じる扉に忍び寄り、中を覗く。


 気配の主に殺気はなく、隠れているつもりもないようだった。リボンに縁どられたスカート、腰から胸まで締め付けるコルセット、金色の巻き上げ髪。それらが暖炉で燃える炎の朱に彩られている。アマンダは隠し鞘から指を離して袖を戻し、両手を前に組みなおした。


「リーリエ様。ここで何を?」


 突然背後から声をかけられて、リーリエは面白いほどびっくりして跳ね上がった。驚愕の表情で振り向き、そこにいるのがアマンダだと認識するのにもしばらく時間がかかる。やっと息を吐いて、胸に手をやった。


「か、勝手に入ってごめんなさい。閣下から、もし何かあればあなたのところへ、と言われていて……明かりがもれていたので、こちらにおられるのかと思い……そうしたらこの……」


 自分としたことが慌てて閉め忘れたか、アマンダは内心でほぞを嚙んだ。


「なるほど。ひとまずこの部屋は閉めさせていただきます。寒さに弱いので」


「え、あっ」リーリエは察したようにちらりと背後に目をやり、そそくさと奥の部屋から出てきた。「ごめんなさい。何か騒ぎがあったようですが……」


「会談場所に太矢が撃ち込まれました。大事には至りませんでしたが閣下は負傷され、ご自室にて治療を受けておられます。行ってあげてください」


 聞くや否や、リーリエは目を丸くして、慌ただしく部屋を出て行った。回廊を小走りに去っていく後ろ姿を見送ってから扉を閉めて、奥の部屋へと向かう。夏だというのに暖炉の炎が煌々と照らす暑い室内で、唯一変わったものといえばテーブルに置かれた、白く大きな四枚の花弁を持つ一輪花の鉢植えだけだ。


 それは彼女の故郷の花だった。といっても特別な種類のものではなく、エルシア大陸の南部であればどこにでも咲いているような野の花だ。テストリア大陸の冬の寒さで枯れかけたが、暖炉のおかげで生き延び、こうして花を咲かせてくれた。


 アマンダはそっと白い花弁に触れて無事を確かめ、安堵のため息を漏らし、それから愛おしそうに微笑んだ。


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