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夜の幕

夜の幕をおろした。

どこかでオルゴールが鳴り始める。

ぽろんぽろろんと子守歌の代わりに歌うもの。

ほんものの夜の空に一番似ている天井が廻る。

月は毎日欠けて、満ちる。

ほんものの月のようにかたちは変わる。

少年はお手伝いさんに聞いた。

「これはほんもののお空?」

目を伏せて、彼女は答える。

「そうですとも。世界で一番優しい空でございますれば」

少年は目を瞬いた。

「お前はおかしなことを言うね」

彼女が首を傾げる。

「空に区画はないというのに。みな同じ空を見ているのだから、世界で一番なんて測れないじゃないか」

「確かにそうでございますね。ご聡明でいらっしゃる」

「そうしたら、この空はほんもののではないことになる」

「なぜでございましょう」

「この部屋の天井限りで、空が完結しているもの」

「それはとても不思議でございますね」

「ねぇ、お前」

はい、お坊ちゃまと彼女は頷く。

「ほんものの空というのは、優しくないのかい?」

彼女はゆっくりと首を横に振る。

「いいえ、いいえ。決してその様なことではございません」

「では、なぜ僕はほんものの空を見せてもらえない?」

「それは空が美しすぎるからにございますれば」

「うつくしい、というのはとても怖いことなのか?」

「はい、はい。お坊ちゃま。それはとても恐ろしいのです」

少年は絵本を開いて、怪物を指さす。

「これよりも?」

「えぇ、その怪物よりもです」

「ではなぜ、母上は月を見ると顔をほころばせるの?」

月はとても、美しいのでしょうと少年が不思議がる。

「大人にとっては、月はもう美しいだけなのです」

「なぜ」

「大人もみな、子供のころにほんものに近い月を絵本などで見て、月の美しさに慣れていますれば」

「僕にとってのその月が天井の月なんだね」

「はい、はい。お坊ちゃま。その通りにございます」

「では、絵本を持てない貧しい子供はどうやって慣れるの?」

みな、月を見ているのだろう?と少年が問うた。

「そのために、物語が溢れるのです。お坊ちゃま」

「ものがたり?」

「えぇ。物語で美しさに慣れるのです」

「あぁ、語り聞かせるのだね」

「その通りにございます」

「ありがとう、よくわかったよ」

「とんでもございません。それがわたくしの仕事ですから」

「お前の仕事は素晴らしいね」

「はい、とても」

「時間をとって、すまない。眠るとしよう」

「ごゆっくりお休みくださいませ」

「あぁ、お前も」


「おやすみ」  その言葉がオルゴールを止めた。


少年はほんものの夜空に憧れた。

彼女の職業が素晴らしいものだと知った。

美しいものは母を喜ばせ、まだ自分にとって恐ろしいものだった。


おろされた夜の幕にそっと目を伏せる。

星が湖に漂う。

掴めないけれど、両手では掬えるもの。

母がその先で腕を広げて、父は微かに笑っている。





少年が夜に願った小さな物語。

語り聞かせるのは、きっと少年だけ。






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