ぽっけ
少女は目を伏せました。
耳を塞ぎました。
苦しかったのです。
自分を否定するひとの声はとても鋭いものでした。
自分の正義は正しく在るとその人たちは微笑みます。
自分は君よりもずっと長い時間を生きてきたから、と。
なにもかも知っているように、少女の心を抱きしめました。
少女はその抱きしめ方に窒息しそうでした。
そのまま、少女を抱きしめる力で潰されそうでした。
優しさとはなにでしょうか。
それは盲目。
優しさとはなにでしょうか。
それはかしこさ。
優しさとはなにでしょうか。
それはウォッカ。
少年は毛布を被る少女の頭を撫でました。
「どうしたの?」
静かに問うても、彼女は世界を拒絶しました。
「なにもないわ」
少年は彼女に何もしませんでした。
また音を消すように扉から出ていきました。
ガチャリと少年は大きな音を立てて、部屋に戻ってきました。
少女の好きなココアを持ってきてくれていました。
「ココアだよ」
少女は毛布の中から、腕だけを伸ばして受け取ります。
「ありがとう」
それは星の囁きのように静かでした。
少年は何も言いませんでした。
「毛布を被っていたら、飲みにくいんじゃない?」とも。
何一つとして、彼女には言いません。
彼は少女にとって、沈黙が優しさだと知っていました。
話す、というのは出来事をもう一度言葉で経験するということ。
少年は少女にもう何一つとして、傷ついてほしくなかった。
傷口を優しさというウォッカに酔った大人たちに。
抉られてほしくなかったのです。
彼らは優しさの理想を求めます。
彼ら自身、ちいさなときに優しさに傷つけられたから。
こどもたちに、傷ついてほしくないと優しさの理想を探します。
でも、優しさにクッキーの型のようなものはなかったのです。
正しさに必ず、優しさがつくわけでもなく。
自分で語った言葉にもう一度傷つけられて、
誰かの言葉が自分の傷をなぞらないように必死に守ろうとする。
少女は懸命に闘いました。
少女なりの正義と優しさを、心に灯しました。
でも、と少年は寂しそうに微笑います。
正義も優しさも闘って勝ち取るものではないんだよ、と。
そこに勝利がつくのなら。
それは優しさの種類に優劣をつけるか、
優しさを受ける権利と、正義を通す権利の争いだ、と。
まだ小さな少年は知っていました。
公園の砂場と結局は同じなのです。
優しさで傷ついたのなら、それはもう優しさとは呼べません。
だから、少年は願います。
優しさで傷つけて、優しさを傷つける前に。
絆創膏をもぽっけに入れて、誰かの優しさに耳を傾けることを。
少女の隣で眠りながら、月に願いました。