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【短編】死に戻り悪役令嬢様は宿敵を皆殺しになさるそうです〜拾われ従者は鮮血の白薔薇に永遠を誓う〜


『わたくし、今日はとっても気分がいいの。だから教えてあげるわ』


 返り血に塗れた幼い令嬢は口元を歪めた。床には、同じく刺客として潜入した奴らの死体が散らばっている。


『あなたには二つの選択肢しかない。一つはわたくしを楽しませること、もう一つはこのまま殺されること』


 冷たい声が耳に響いた。頭の中はぐちゃぐちゃだ。呼吸は浅くなり、震えが止まらない。

 彼女はくるりと回って、再度俺の喉元に剣を突きつけた。


『それで、あなたはどちらにするのかしら』


 ああ、失敗だった。金に困っているからって、貴族のお嬢様の暗殺を引き受けるなんて。俺はなんて馬鹿なことをしたのだろう。……こんなの聞いてない。

 右も左もわからないガキの俺は、体よく捨て駒にされたのだとその時気づいた。胸の底のどす黒い後悔と焦りは混ざり、不安となって渦巻く。


『お、俺……は』



 最悪で最強な悪女。公爵家の一人娘であり、第一王子の婚約者。彼女にとって都合の悪い者は次々と倒れてゆく。国外追放、処刑、暗殺、毒殺、変死……、数えきれない程だ。しかし証拠はなく、彼女は無実潔白なままである。

 後に、彼女はこう称される……『鮮血の白薔薇』と。



「サーカスの象を知っているかしら?」

「かろうじてではありますが、存じ上げております」


 バルコニーから生ぬるい嫌な風が入ってきた。部屋は仄暗くも月明かりに照らされている。

 あれから、十年が経ち、お嬢様は博識多才な完璧令嬢として学園で名を馳せていた。一方俺はお嬢様の従者として、今でも首の皮一枚で生き延びている。



「ある学者は、力を持っていても、植え付けられた支配から逃れられないことの象徴をサーカスの象と称したの」



「愚かよね。当たり前のことだもの。力は手段にすぎないわ」



「全ては精神の鎖を繋ぐため……」




「ねぇ、貴方は賢いわよね?」


 お嬢様は俺のネクタイを掴み、不敵な笑みを浮かべている。

 ……はい、以外の何を言えるだろうか。あの日から、俺はこのお方に何もかも握られているのだから。


「お嬢様のためなら、なんでも致します」


 逆らってお嬢様に殺されるか、従ってお嬢様のために死ぬか。選ぶなら後者だ。


(わたくし)はね、他人の中で貴方を一番信用しているの」


 お母様はすでに亡くなられ、乳母は暗殺に加担していたことで死罪となったと聞いた。加えて公爵様は利己主義で、お嬢様に全く興味がない。


「今から私が話すことに、嘘偽りはないわ。心して聞いて頂戴」


 お嬢様はパッとネクタイを放し、椅子へ掛けた。そして「座りなさい、少し長くなるから」とだけ仰った。

 

「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」

「コーヒーをお願い。……カップは二つね」

「かしこまりました」


 コーヒーを淹れている間、お嬢様はぼうっと青白い月を見ていた。コーヒーを渡すと、「ありがとう。貴方も飲みなさい。ほら」と今度こそ座るように言う。相変わらずオンとオフの切り替えの早いお方だ。


「さて、どこから話そうかしら」


 お嬢様はコーヒーを飲んで微笑んだ後に、どこか遠くを見ながら頬杖をついた。常に所作の美しいお嬢様らしくない素振りだった。




「貴方も、聖女伝説は知っているわね?」


 それはスラムのガキですら知っているようなあまりにも有名なおとぎ話だ。

 300年に一度、この世界が瘴気に包まれし時、異世界から聖女がやってくるという伝説の話だ。隠れし聖剣は光り輝き、四人の導かれし騎士が選ばれるという……。


「その聖女が、三日後、隣の領地の村外れで発見されるわ。……どうしてわかるのかって顔ね」



「私、イザベラ・グトケレド公爵令嬢は一度死んだの」


 思わずカップを落としそうになった。

 お嬢様は今何と言ったのだろうか。

 死んだ?……どういうことだ?


「私も驚いたわ。首を落とされ、次に目を開ければ幼児の自分に戻っているのだもの」


「死んだのは、18歳の時。来年よ。


 私は今と同じように第一王子の婚約者だった。あの聖女が現れた日までは、ね。

 聖女が王宮で保護されたのち、聖剣も大聖堂で見つかったことで、聖女は我が国の管轄となったわ。


 ……異様だったのはそこからよ。


 まずは殿下がおかしくなられた。聖女をまるで婚約者かのように扱い始めた。……私は嫉妬に駆られたわ。お父様が私に関心のないのは変わらず、貴方もいなかったから。私には殿下しかいなかった。……これでも、前世ではお慕いしていたのよ。殿下も、大事に扱ってくださっていたと思うわ。けれど……。


 フフッ。そこからは早かったわ。宰相や大臣、貴族の子息までも聖女の虜となった。笑えるでしょう? 国の中枢を担う人物が皆、国を救う聖女に狂わされているのだから。

 そんな”聖女様“は一向に瘴気を払おうとしなかった。瘴気は国際問題。戦争に繋がるのは時間の問題だった。……いつの間にか国全体が狂っていた。誰も窘めない、誰も咎めない。聖女が全てだった。


 そんなの、おかしいと、私だけが思っていた。やるしかなかった。他国に交渉し、聖女を説得したわ……。けれど、それは失敗に終わった。


 戦争は止められず、多くの死者が出たわ。私はありもしない罪を並べられ、聖女を害したことで死刑となった……。


『悪役令嬢が主人公に勝てるわけないじゃん』


 処刑直前、近づいてきた彼女はそう言ったわ。その時に私は気づいたの。これは定めだったのだと。私が悪で、彼女が正義だと決められていたのだと。

 ……絶望だったわ。憎かった。辛かった。

 もしやり直せるのなら、“今度こそ幸せになれるように、いいえ、なる”と決めたの。

 だから、時が戻った時、とても嬉しかった。これで復讐ができる、やり直せると。力をつけ、策を練り、私は必ず成し遂げる。


 私は悪役なのでしょう? 手段は選ばないわ」



 今までの謎に全て合点がいった。

 幼児にしてあの剣術、威圧、完璧な立ち振る舞い。そして今も思うがままに事が進んでいる事。


「……俺は何をすれば良いでしょうか?」


 お嬢様は悪い顔をして笑う。


「話が早いわね。その三日後、聖女が現れる日に私は王妃教育で王城にいなくてはいけないの。私の代わりに、聖女を殺して頂戴」

「現れた瞬間、ですか」

「ええ。夜の丘の上だから心配しなくていいわ。この剣で、体に触れず、返り血も浴びず、胸を一突きで」


 本当は自分で殺し、確認したいであろう大役を、俺に任せて頂けるだなんて。

 こんなに光栄なことはあるだろうか。


「この剣……聖剣と呼ばれるものは聖女が現れた瞬間に光り輝くわ。気づかれて失敗しないよう、気をつけて頂戴」


 この錆びた汚い短剣が聖剣だとは思わなかった。こんな風に擬態し隠されてきたのか。ここにあるということは、お嬢様が大聖堂から盗んできた……ということなのだろう。が、聖女とかいうクソの手に渡るよりは断然いいだろう。


「御意」


 


 そして三日後、俺は例の村外れの小高い丘の上に来ていた。この黒い服と残忍な気持ちは久々だ。

 日が暮れ、すっかり夜に包まれた頃、突然星が降った。その瞬間、野原の真ん中に少女が現れる。その刹那、光り始めた短剣を迷わず心臓めがけて投げた。


「なんで……どう……して」


 目を見開き驚いた後、少女は静かに崩れ落ちた。

 足跡をつけないように近づき死亡を確認する。大量の血溜まり。息はしていない。ひとまず任務を遂行できたことに安堵する。

 

「これは……」


 去ろうとした時、紫色の小瓶を見つけた。見覚えがある。一昔前に貴族で流行った惚れ薬だ。香水にし、体に吹きかけるのが主流だった。が、大量の魔力がなければ効果がない上に大半が偽物だったこともあり、もう市場では見なくなったはず……。


「お嬢様に報告だな」


 お嬢様の敵ならば、俺の敵だ。どんな奴でも、排除する。

 全てはお嬢様が生きるため。俺が生きるため。


 聖女の死はすぐに世界中に広まった。聖剣によって胸を突かれ死んだことで、神からの啓示だという者もいれば、預言者がいると言った者さえいた。……まあ、あながち間違ってはいない。神のようで預言者なようなお嬢様の命で殺したのだから。

 惚れ薬の件はきっと王宮が隠しているのだろう。


「へぇ、惚れ薬、ね」

「はい」

「予想通りではあるわ。当時、私も含め誰も気づけなかったのが不思議なくらいね」


 お嬢様は本日、世界会議に出席する。本来は王子殿下が出席される予定だったが体調を崩され、代わりに出ることとなったのだ。

 勿論、体調を崩された理由はお嬢様が仕込んだ下剤による腹痛だが。

 

「髪色はちゃんと茶色に染まっているわね」

「勿論です」

「貴方の顔や全てが認知されたら困るの」

「はい」


 基本いつでも人前では髪は染め、顔や身長も変えている。元の黒髪や青い目のままでは少々目立つ。全てはお嬢様唯一の懐刀としてい続けるためだ。


「〜王国、イザベラ・グトケレド公爵令嬢ご出席です」


 いくら従者でもこの先へは入れない。まあお嬢様なら何かあっても返り討ちにするだろうが。

 ……ああ、分厚い壁を越えるほどのどよめきが聞こえる。


『私に考えがありますわ』


『聖女が神の手によって殺された今、我々の魔力で封じればいいのです。400年前にはない、魔法道具がありますわ。各国の王や重鎮の方々の魔力を集め増幅すれば聖女に匹敵するはずです』


『己の力で解決できるものを頼み、堕落していた我々を神はお怒りなのでしょう』


 そうして何時間後か、会議は終わったようでお嬢様が出てきた。すました顔をしているが、この感じは成功したらしい。お嬢様に論破されたであろう奴らは青白い顔をして、救われた者たちは晴れやかな顔をしている。

 その後会場を堂々と退場し、馬車に乗り込んだ。もちろん盗聴道具がないか確認済みだ。


「わかっているでしょうけど、作戦は成功したわ」

「流石ですお嬢様」

「次の段階に移るわよ」


 どうやらあの青い顔をしていた奴らは前世で冤罪を後押しした一派だとか。新たに聖女を呼ぶ儀式とかなんとか確証のないものを提案したが、全てお嬢様に論破されたとのこと。

 予想通り、次の敵はその一派のトップである宰相と資金面で支えている伯爵となるだろう。


「それで、問題のどう殺すかだけれど」

「はい、ご命令を」

「私考えたの」


「貴方、女装して頂戴」


 女装……? いやまさか、武装だろう。……確かにJの発音だった。あれだよな、女を装うと書いて、あの……。


「……はい?」

「宰相のお遊びが激しいのは知ってるでしょう? 店へ潜り込み、宰相を客として取り、毒で殺して欲しいの」


 確かに宰相は女遊びが激しいことで有名だ。三日に一度は高級娼館に出かけ女を買うと。確かに殺すならそこだろう。

 しかし……。


「無理ですよお嬢様。俺もう22ですよ!?」

「……あら、私の言うことが聞けないの?」

「っお心のままに……」



 そうして帰ったところでウィッグを作らされ、お嬢様のいらないドレスを娼婦っぽくアレンジした。どうして俺は自分の精神を痛めつけるものを自分の手で作り出しているのだろう。せめてもう少し歳が若ければ……少年時代ならさぞ似合っただろう……。


「あら、随分と似合わないわね」

「もう俺は22なんですお嬢様。お嬢様が16歳になられたのですから当然ではありますが」

「大丈夫よ。メイクをして胸に詰めればなんとかなるわ」

「……自分で、ですよね」

「ええ勿論。私、自分にすらメイクしたことないもの。貴方になんてできないわよ」


 そして悲しいことに俺はメイクの腕がいい。というか基本器用なのでなんでもできる。……おかげでハスキーボイス美女が生まれてしまった。どこからどう見ても女だ……これは。


「流石ね。今度はちゃんと似合うじゃない。惚れ直しそうよ」

「……ありがとうございます」


 複雑だ……。

 お嬢様は満足気に微笑んでいたが、ふと鋭い目をすると、今度は悪い笑みを浮かべた。


「宰相は前世で私に冤罪をかけた者の一人よ。許すつもりはないわ」

「……かしこまりました。必ずや成し遂げて見せます」

「ええ。じゃあ、私は伯爵の方を。聖女費用の横領の証拠を掴んでくるわ。ついでに色々作って死刑になってもらわなくては」



 夜の街は相変わらずうるさかった。そこで標的の宰相の姿も確認した。


「さて、殺るか」


 ……お嬢様はただ復讐心で荒らしているだけではなくちゃんと考えている。俺は知らなかったが、聖女がいなくなってもこの世界が大丈夫なように調べ上げ、宰相に優秀な養子を取るよう勧め、伯爵家を潰した後も金融に影響が出ないよう対策をすでに練ってあった。

 流石お嬢様だ。おかげで、誰であろうと躊躇なく殺せる。


 ……そこからはもう、お手のものだった。足をつけないため、遅効性の毒と睡眠薬を入れておいた。明朝……、帰った頃に自然と倒れるだろう。


「ふぅ……」


 無事に任務を遂行できたはずだ。お嬢様の方は大丈夫だろうか……。バルコニーからお嬢様の部屋に入ると、すでに人影があった。


「ただいま戻りました」

「ええおかえり。無事でよかったわ。成し遂げたようね」

「お嬢様もご無事なようで何よりです」

「セキュリティーが甘すぎて余裕だったわ。余罪も多く出てきたから作る必要もなさそう」


 翌朝、宰相が死んだということを確認した。無事うまく行ったようだ。その足で俺は情報屋に伯爵の汚職を流した。なるべく早く売りつけるように、と。


「さて、これから忙しくなるわね」

「もうそろそろ宰相の死と汚職が知れ渡ると思いますが……」

「次は、陛下と殿下に亡くなって頂くわ」


 我が国の第一王子であり、王位継承権一位である殿下。良く言えば素直。悪く言えば世間知らずで平凡だ。しかし国王譲りの金髪と赤い瞳、整った顔で、社交界では人気があるとのこと。そんなことより、庶子ではあるが頭がよく決断力がある第三王子様の方が王に相応しいと、俺は密かに思っていた。それに、お嬢様の美貌に比べれば殿下の顔などノミ以下だ。

 

「聖女の惚れ薬如きで冷静な判断のできない者が王なんて先が思いやられるわ。聖女の役割を国が担うのだから、最初くらいしっかりとした王が必要よ」


 お嬢様の目に映っているのは憎悪だった。自分を死まで追い詰めた者を許せないのは当然だが……。身震いがする。


「当時、第三王子殿下は他の人よりは冷静な判断ができていたことを覚えているわ。第二王子殿下はこの後隣国の第一王女との婚約が決まるから、国王様と殿下がお亡くなりになれば必然的に第三王子殿下が王位を継ぐはず」


 どうやら同じ考えだったようだ。だから国王と王太子の暗殺……王家を敵に回すのか。いや、聖女を殺した時点で世界を敵に回している。さすが我がお嬢様だな。


「王家を毒殺というのは難しいわ。誰かを暗殺犯に仕上げるのも難しい。……だから、誰かではなく神になすりつけようと思うの」

「聖女の時のように……ですか」

「貴方は神を信じるの?」


 神、か。そんなもの……。


「いるわけないじゃないですか。ガキの頃親に捨てられてから、ずっとそう思ってきました」

「……奇遇ね。私も、あの首が落とされた時に、神なんて死んだわ」


 作戦は、王城の別棟にある祈祷室に二人を呼び出し、聖剣のレプリカで心臓を突き刺すというものだった。


「祈祷室の中に聖剣のレプリカはあるし、深夜は誰もいないわ。……問題はどうやって王城に入るかということ」

「俺一人でしたら……」

「いいえ。私が(ほふ)るの」

「ですが……」


 もし、ここで失敗すればお嬢様が逃れられないだろう。俺一人なら、俺が口を閉ざして死ねばいいだけの話だ。


「私を誰だと思っているの?……大丈夫よ」


 俺より数十倍も強いことなんて嫌という程知っている。それでも……。


「私は門番の交代時間を知っているわ。だから貴方は門番に変装して頂戴」

「かしこまりました」


 もう意地でも聞いてくれないだろう。というかこれ以上は俺の首が飛ぶ。それもそれで本望だが。


「私が入ったら、祈祷室で合流するわよ。もう一人の門番を眠らせるのを忘れないように」

「ご武運を」

「貴方もね。決行は今夜。私はこれから王妃教育を受けに王城に向かうわ。そのまま殿下と国王様を誘うためにもね」


 絹糸のような髪を揺らして、お嬢様は進む。復讐のために。




「さようなら」


 お嬢様は聖剣に付着した血を振って落とすと、物言わぬ死体を見下ろした。ステンドグラス越しの月明かりを浴びたその横顔は恐ろしく無表情で。神聖さすら感じられた。


 ……のこのことやってきた陛下と殿下は、後ろから現れた我々に気付けず、いとも容易く心臓を突き抜かれた。いくら王族でも人間。心臓を突かれれば即死だ。

 お嬢様が、どれだけ辛い思いをしたのかは、殺した時の横顔を見れば歴然だった。


「ここからは混沌よ。私は去るわ」

「……御意」


 お嬢様を見送った後、俺は護衛に戻り、何食わぬ顔で眠らせた門番を起こした。このまま翌日まで、俺は門番だ。お嬢様以外の侵入者を払い、何事もなかったと伝えなければならない。


 そして翌朝、王城は混沌に満ちていた。宰相の変死、伯爵の汚職、何よりも国王と第一王子の死。暗殺か、贖罪かと騒がれている。勿論全てお嬢様の仕業だが。

 予定通り、門に異常はなく侵入者はいなかったことを伝えた。

 ……全てを終えて屋敷に戻ると、お嬢様はバルコニーで外を見ていた。


「……任務遂行致しました」

「……ご苦労様」


 もう日は落ちかけ、部屋は真っ赤に染まった。少し焦った様子だ。どうかなさったのだろうか。


「……最後に、お父様を殺すの」


 お嬢様は振り返ると、覚悟を決めた顔をしていた。夕日がお嬢様の頬を照らす。


「今夜、我が家に賊が入るわ。殿下が亡くなった今がチャンスなことはブライト家も理解しているようね」


 ブライト公爵家は、グトケレド公爵家の対となるお家だ。現在は、第三王子派と第一王子派として水面化で争っていた。その結果、第一王子の婚約者であるお嬢様は命を狙われていた。俺が刺客としてお嬢様と出会ったように。


「我が家が二重スパイを雇っているのは貴方も知っているわよね?」

「はい」

「嘘を伝えたの。襲撃を迎える時間は20時だと。だから、20時が手薄だと伝えるようにと」


 混乱に乗じて殺るおつもりか。しかしそれだとお嬢様が危なく……。


「我が家の衛兵は貴方が事前に避難させるとして……貴方、賊になんてやられないでしょう?」

「勿論です」


 俺が守ればいいだけだ。この命に代えてでも。どうせあの時拾われた命なのだから。


「さあ、フィナーレにしましょう」


 かつてない程悪い顔をされたお嬢様に、俺はついていく。どこへだって。もしそれが地獄だとしても。




「第三王子と婚約しなおせ」


 お嬢様が席に座った途端、公爵様はそう言う。相変わらずお嬢様を政治の道具としか見ていないようだ。もう何年振りかわからないほど久々に食卓を囲んだかと思えばこれだ。


「第三王子殿下はブライト家の方と婚約しているはずですが」

「それも今日までだ。明日からはお前が婚約者となる」


 刺客でも送ったか……。しかしお嬢様は全く表情を変えない。何を考えているのか、俺でもわからない。


「お父様、私を、愛していますか?」

「ああ、愛しているとも。ここまで有能な道具は他にない」

「そうですか」


 この男っ……。心にもない言葉を余裕な顔で……。お嬢様がどれだけ傷ついて、どれだけ苦労して激務をこなしてきたかも知らずに……。


      (「……あっさりと切り)      (捨てたくせに。さよう)     (なら。お父様」)

 か細く聞こえた声の後、乱暴に食堂のドアが開けられた。賊だ。


「いたぞ!」


 真っ先にお嬢様を殺しにかかるが、お嬢様はひらりと翻し、剣を持つ敵の腕を叩き落とす。

 そして奪った剣で、公爵を突き刺した。


「私も、貴方を愛していませんの。お父様」


 まさかのお嬢様が刺したことで、場に衝撃が走り、場は一時鎮まり返った。いつのまにか給仕の使用人はいなくなっている。ちゃんと言った通り逃げたようだ。


「ど、どうなってるんだ!?……く、くそ!」


 ヤケクソになった賊たちが次々に襲ってくるが、お嬢様はものともせず、ただただ冷静に処理していく。俺にも襲ってくるが、余裕で対処できる範囲内だ。


「死ねえええええええ!」


 お嬢様の背後を敵が狙う。前の2、3人を相手にしていて、手薄だった。

 咄嗟に体が動いた。お嬢様が手薄になんてするわけはない。わざと誘導したということだ。けれど、わかった時にはもう止まれなかった。


「えっ……」


 腹部を刺された。が、同時に敵も葬る。

 手応えを感じた時には、もうすでに床にぼたぼたと血が流れ落ちていた。


「グッ!」


 お嬢様にも少し血がかかってしまっただろうか。証拠とならないように捨てる算段を立てねば……。ああ、その前に出血を止めるべきか。痛みと出血で頭が回らなくなっていた。

 俺がそんなことを考えている間に、お嬢様は敵を一掃し、駆け寄ってきた。


「酷い出血だわ……」

「このくらい、大丈夫ですよ」

「私、貴方だけは失いたくないの。私には貴方しかいないの」

 

 お嬢様からこんな言葉を貰えるなんて……死んでも死にきれない。

 悔しそうな顔をしながらも、止血してくれる。手際がいい。これも前世で学んだことなのだろうか。

 ドレスを破った布で、包帯のように傷口をキュッと結ぶと、お嬢様は覚悟を決めたかのように、


「今ここで、イザベラ・グトケレド公爵令嬢は死んだわ」


 と言って、ナイフで髪を切ってしまった。絹糸のような髪が、天使の羽のよう床に落ちて、紅い瞳に映るのは、驚いた顔をした俺で。

 そのままお嬢様は、女の死体を自分の死体のように偽装し始めた。俺は動けず、ただ茫然としているだけだった。


「さ、逃げるわよ」

「……ど、どこへ」

「予定は早まったけれど……自由な場所よ!」


 そういうと、お嬢様は俺の手を引いて、外へ飛び出した。裏口から通りを抜けて、領地を出て。

 たどり着いたのは、あの聖女を殺した外れ近くの村だった。




「あーースッキリしたわ!」

「お、お嬢様!?」

「もうお嬢様は死んだわよ。そうね……ベラと呼んで」


 もうめちゃくちゃだ。何がなんだか全くわからない。こちらの困惑なんてつゆ知らず、お嬢様は上機嫌で勝手気ままに花畑の中を進む。


「ここが家よ! 朝日と共に起きられるよう東向きなの」


 それは小さな小屋で、よく手入れがされていた。ベッド、食器、全てが二人分あって。


「説明、してください。お嬢様」

「……死人に口なしというでしょう?」

「お嬢様!」

「お嬢様は死んだわ」


 どうしたというのだろう。こんなお嬢様……いや。


「ベラ様、教えてください」

「……ええ、教えてあげるわ」


 ベラ様は満面の笑みで話し始めた。


(わたし)、今度こそ幸せになると言ったでしょう? だからずっと準備していたの」


 偽の戸籍を入手し、新たな聖女が降臨しても監視できるようここに家を買い、逃走ルートを作ったという。本来なら公爵の死を見届ける予定だったが、床や敵に俺の血が付着したことで逃げるのが早くなったとかなんとか。


「ここまで長かったわ……すごく短かったはずなのに」


 そういうとベラ様は棚をゴソゴソといじり始めた。俺としてはまだ全然聞きたいことが聞き終わっていないのだが。


「俺もここに住むんですか?」

「当たり前でしょ? 私は貴方が好きで貴方は私が好きなのだから」


 おじょ……ベラ様が俺のことを……好き?

 顔が一気に熱くなった気がした。


「なにきょとんとしてるのよ。忘れたとは言わせないわよ」


 まさか、まだ、あんな昔の、ことを、覚えて……。


         ✞


『お、俺……は、あなたが好きになりました!……月に照らされて輝く銀色の髪とか、血を映したような目とか!』


 嘘は言っていなかった。もはや恐ろしいほどの美麗。ただ、それしか頭に浮かばなかった。そして打算的だった。俺は必死にそのまま畳み掛けた。


『俺はお嬢様に一生……永遠の忠誠を誓いますっ……だからっ!』


『……ふふふっ。うふふっ、あははっ。……予想外だったわ。その答えは』


 笑ったんだ。口元を抑えて、くしゃっと。その姿が、愛おしくて。とても無邪気に、とても幸せそうに笑った、その姿が何よりも輝いていて。


『まるでプロポーズのようね』

 

 俺はこの時、初めて恋とか愛とかを知った。俺は恥ずかしくて、顔が熱くて、口に手を当てることしかできなかった。


         ✞


「え?え??え???」

「何よ」

「おじょ……ベラ様が、俺の事を、好き!?」

「何度も言わせないで、大好きよ」


 そう言いながら、ベラ様は髪を黒く染め始めた。


「な、何してるんですか!?」

「当分は変装して過ごさなければだし……どうせなら貴方の色に染めようと思ったのよ」


 ああ、もう余計訳わからなくなってきた。これは夢なのだろうか。それとも俺はベラ様の手の上でずっと転がされていたのだろうか。


「ああもうわけがわからないっ」

「わからなくていいわ。あと、様付けもやめて頂戴」



 ……数日後。朝日と共に朝刊が届いた。


「……ベラのことが新聞に出てる」

「それで、なんですって?」

「鮮血の白薔薇は枯れ、公爵家を襲った犯人は分からず……とかなんとか」


 伝えると、お嬢様は得意げな顔で作戦通りだと鼻高々にしている。

 ブライト家が証拠を残すわけがないとか、死体のすり替えがうまくいったとか。


「それにしても、いいわね。白薔薇が枯れたなんて」

「普通枯れたらよくないんじゃ……」

「枯れた白薔薇はね、“永遠を誓う”という花言葉があるの。まるでプロポーズのようじゃない?」


 聞き覚えのある言葉。少し頬を赤めたベラ。言うことは一つだと、俺だってわかる。



「俺はベラに一生……永遠の愛を誓います」

(わたし)も誓うわ、レイ」





『貴方の名前はレイよ。どんな時でも強い光を放つように、(わたくし)の希望となるように、ね』


評価、感想、アドバイス、ご指摘、ツッコミ、キャラへの一言、レビューなんでもお待ちしております。甘口も辛口も好きな物好きです。お気軽にどうぞ。誤字報告嬉しいです!

連載を始めてしまいました……そちらも良ければっっ!二人のじれじれと復讐がより濃く読めます…!広告がちょーーーーっと邪魔ではありますが、下画面のURL踏みから是非…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] スッキリした復讐で楽しみながら読みました! 聖女が秒でいなくなったのが良かった。 [気になる点] 第3王子は国王になったんですか? まさかの第2王子が国王だったりしてw [一言] お気に入…
[一言] 復讐は気持ちいいよね…
[良い点] いやあ爽快でした。それしかいう事がねえw
2023/11/04 14:28 退会済み
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