80. 計画を進めます
あの夜会の後、国王派は二つに分裂した。
中心で存在感を示していたジャスパー様のマハシム家と、パメラ様のアルフェルグ家の対立が始まったから。
対立はかなり深刻のようで、あの夜会からたったの三日で私兵を出して剣を交えるほど悪化したらしい。
「レイラ、またマハシム家から手紙が……」
「暖炉でお願いしますわ」
責任の押し付け合いでは解決しなくて、アルフェルグ家が交渉を諦めて私兵を出したところから始まった戦いは、今のところマハシム家が有利になっている。
だから私に恋文を送る余裕もあるみたいで、あの夜会の後から毎日のように手紙が届くようになってしまった。
迷惑だから止めて欲しいけれど、グレン様が注意しても辞めないみたい。
対立している相手の家に恋文を送るだなんて、ジャスパー様はそんな判断も出来なくなってしまったのかしら?
そんな疑問が脳裏に浮かんだけれど、もう関わらない人のことだから気にしなくても良いのよね。
ええ、あんな人のことは忘れましょう。
今は水道計画を進めるための魔道具の確認をしているところで、魔力を纏わせないでスコップを握って、地面を掘っては埋めて固めてを繰り返している。
このスコップは魔道具になっていて、軽々とたくさんの土を持ち上げたり、私が土魔法で固めた地面に穴をあけたり出来る。
これがあれば力に自信が無い人でも参加出来るようになるから、計画も早く進むはずなのよね。
「今日はこれくらいで大丈夫そうね」
「こんなにたくさんあるのですね」
ここに置いてあるのは確認を終えたものだけで、完成しているだけでも二百本ある。
流石にそれだけの数を一度に確認するのは難しいから、まずは試しに五十本だけ持っていくつもりだ。
「ええ。荷車にも乗るから大丈夫よ」
そう口にしてから、近くに置いておいた荷車を近くに引っ張ってきて、スコップを乗せていく私。
この荷車も魔道具になっていて、私みたいに力が無い人でも簡単に沢山の土を運べるようになっている。
「まさかとは思いますが、奥様が引かれるのですか?」
「そのつもりだったのだけど、ダメかしら?」
カチーナなら何も言ってこないけれど、この侍女さんには止められてしまった。
そんな時、サンドイッチが入った箱を抱えたカチーナが戻ってきたから、私は助けを求める視線を送る。
「奥様、何かありましたから?」
「私が荷車を引いていこうとしたら止められてしまったの」
「そういうことでしたか。
もう何度も荷車を引く姿を見られているので、今更ですよ」
「そうだったのですね。分かりました、それでは私もお手伝いします」
「ありがとう。無理はしないようにお願い」
簡単に運ぶことは出来ても、この数を配るとなると大変だから侍女の申し出は嬉しい。
でも、あと二人くらい手が欲しいわ。
そう思っていたら、二つの人影が足元に伸びてきた。
視線を上げるとグレン様と執事さんの姿が目に入って、つい頬が緩んでしまう。
「そんなに俺と会いたかったのか……? いや、流石に無いか」
「半分正解ですわ。このスコップ配りを手伝ってくれる人を探していましたの」
「ああ、なるほど。この数なら男手もあった方が良いだろう。ローレンツ、手伝えるか?」
「もちろんでございます」
グレン様と執事さんも加わって、五人でスコップを配りに向かうことになった。
ちなみに、荷車はグレン様が引いていくことになったのだけど……。
「何だこれは。軽すぎないか?」
「これも魔道具になっていますの」
「どんな魔法を使っているのだ?」
荷車が軽いことに気付いたグレン様から、そんな問いかけをされた。
ちなみに、これは魔石が大量にあるから出来るだけで、効率はすごく悪いのよね。
「風魔法で持ち上げていますの。でも、魔力をたくさん使うので広めるのは難しいと思いますわ」
「なるほど。もし、軽いものを載せていたらどうなる?」
「特に変わりませんけれど……」
「すごいな。どんな仕組みで調整している?」
「上級魔法で勝手に調整するようにしていますわ」
最近は侍女さん達が魔導具作りに参加してくれるようになったから、私が上級魔法の魔道具を作る余裕が出来た。
お陰で今までよりも便利な魔道具を作れるようになって、こんな便利道具も作れている。
「そんなことまで出来るのか……。
まだまだ勉強不足だったか」
仕組みを簡単に説明したら、グレン様は悔しそうな表情を浮かべていた。
グレン様の気持ちも分かるけれど、貴族が魔法を学ぶ機会は基本的に学院だけ。
私のように家に魔法の資料が沢山あって、その上で自ら学ぼうとしない限りは中級魔法までしか扱えない。
公爵家も資料は沢山あるのだけど、グレン様は当主になるための勉強を優先させられていたから、魔法の知識は中級魔法で止まっているみたい。
近くに上級魔法があったら、羨ましく思うのも当然よね。
「中級魔法を完璧に扱えていたら、難しくは無いはずですわ」
「そうなのか。仕事を早く終わらせたら、魔法の勉強もしてみるよ」
「私の知識が必要でしたら、いつでも声をかけて下さいね」
「ありがとう。助かるよ」
笑顔を浮かべるグレン様の言葉に、頷く私。
それからは計画のことや雑談を交わしながら、屋敷の前から延びる坂を下りていった。




