60. side 聖女改め偽聖女②
アルタイス伯爵夫人の治癒魔法によって意識を取り戻したパメラは、すぐに自身の評価のため目的のためにと治癒魔法を使った。
魔物の大群によって負傷者が増えたことで大金をせしめるような真似は許されなくなったけれど、代わりに王家から褒賞を与えると言われている。
そんなわけで、パメラは褒賞を豪華なものにしようと、最高級のドレスと宝石で着飾った自分を想像しながら治癒魔法の力をふるっている。
「聖女様、ありがとうございます」
「もっと感謝しても良いのですよ?」
お礼を言われるだけでは飽き足らず、手を差し出して対価を求める様子を見て、財務官は頭を抱えた。
すっかり白髪の増えてしまった彼の髪は、きっと真っ白に染まってしまうだろう。貴族達はそんな感想を抱いている。
「僕の家は魔物のせいで燃えてしまって……財産が殆ど残ってないんです」
「命を助けてあげたのだから、対価を払うのは当然のことではなくて? それとも、元に戻ることがお望みかしら?」
少し疲労の色が見えるパメラだったけれど、口調に淀みはなく、この言葉が素のものだと素人目にも分かる。
「しかし、それでは生きていけなくなります」
「王都のあちこちに生えているシロッテの草って、一応食べられるみたいですわよ?」
道草を食えという命令に近い言葉に、固まる衛兵。
パメラが求めているものは、全財産だったらしい。
ちなみにシロッテの草というのは、道ばたに生えている草のことで、家を持てないほど貧しい人々にとっての貴重な娯楽だ。
けれど、道草に変わりはない。
衛兵という危険な職業で得ていた裕福な暮らしと比べると、食べるどころか集めることさえ憚られる。
「もし払わなかったら、次は助けませんわよ?」
「それで良いです」
そんな状況だから、当然ながら衛兵が私財を投げ出すことは無かった。
(もうここで働くことは出来ない。
まだ陛下にお仕えするつもりだったが、気が変わった)
こうして、優秀な衛兵がまた一人、王都を離れることを決断していた。
しかし聖女が万能だと信じて疑わない王家は何も行動を起こさず、そのままにしている。
「陛下。これで百人目です。何か手を打つべきかと」
「聖女が居れば、何人怪我をしようと戦力は変わらない。
むしろ出費を抑えられると喜ぶべきだ」
忠告した大臣は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
普段は無表情を貫いていて、氷の大臣と称される彼にとって、それほどの出来事なのだと周囲の者は理解した。
このままだと王国の未来は危うい。
そう考える者は少なくなかった。
そして数週間後、ある噂が広まることになる。
「聞いたか? 魔物の原因が分かったらしい」
「ああ、俺も聞いた。まさか聖女のパメラ様だとはな」
噂の出どころは誰もしらない。
しかし、パメラが治癒魔法を使うタイミングは、魔物が現れるタイミングと毎回同じだった。
だから疑う者も、次第に噂を信じるようになっていた。
「もうパメラ様を頼るのは止めよう」
「ああ。だが、怪我をしたらどうする?」
「他の治癒魔法の使い手が居る。
なんとでもなるさ」
こうして噂が広まっていく中で、王宮では目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「パメラ・アルフェルグ! 魔物を呼び寄せていたお前を聖女と呼ぶことは出来ぬ!
今すぐにここから出ていけ!」
「治癒魔法だと思っていたけど、まさ魔物を呼び寄せる禁術だったとは思わなかった。
今まで渡した褒賞は全て没収だ!」
「どうしてですか!? 私、あんなに王家の皆様のために尽くしましたのに!」
「黙れ偽聖女!」
ボロボロと涙を流しながら、王子に縋るパメラ。
けれども、鬱陶しそうに振り払われると、嗚咽を漏らしながら顔を覆っていた。
「信用ならん! 病人に幻惑魔法をかけて偽装していたことも分かっている!
これ以上の愚行は許されない!」
「そんな……!
ジャスパー、何とかしなさい!」
公爵令嬢と公爵令息。立場を比べると公爵令息の方が上だ。
婚約している関係でも、身分を弁えないことは無礼に当たる。
だから……。
「パメラ、常識も知らなかったとは残念だよ。
俺、真実の愛を見つけたんだよね? だから、君との婚約は無かったことにするよ」
「そんなこと許されませんわ! 婚約証明書が――」
「ああ、あれね。俺はサインしてないから無効だよ」
怒りの目を向けるジャスパーの方が、擁護する声が多かった。
そもそも魔物という悪を呼び寄せるような人に味方が付くのかは疑問だ。
「そんなの受け入れられませんわ! その真実の愛の相手を出しなさい!」
「お前の命令を受け入れる価値はあるのかな? ん?」
顎を突き出しながら、手を指す出すジャスパー。
これはパメラが治癒魔法を使った後にしていた仕草と同じだ。
「払いますわ。対価を!」
「じゃあ、聖金貨十万枚で。無理なら身体で払ってもらっても構わないよ? 純潔の証くらい治癒魔法で治せるんだろ?」
今度は下品な表情を浮かべるジャスパー。
彼は、パメラが対価を払うことを渋ると予想して、この発言をしていた。
誰かさんを罠に嵌めたつもりが自らが罠にかかっていた、たった今聖女ではなくなった誰かと大違いだ。
「それは……」
「じゃあ、見せなくて良いね。君に会わせたら、マイハニーが恨まれてしまうからね? ね?」
「……」
すっかりパメラは言い返す気力も無くなって、へたへたと座り込んでいた。
そして……。
(レイラ・アルタイス! 死んでも私を苦しめるだなんて許せないわ!
この国の人間も、私を罠に嵌めようとして……!)
ドス黒い何かが、お腹のなかを渦巻き始める。
(こうなったら、魔物を引き寄せて、私が居ないと駄目だって分からせるわ!)
この時のパメラは知らない。
自らが罠に嵌めた銀髪の治癒魔法使いの怒りを買って、そう遠くない未来で『絶望』の二文字を突きつけられることを。




