第二話
しばらくの間はウェルリンテに言われるがままに迫りくる敵から護衛をしたり、時にはどこかの建物に侵入したりして資料を盗んできたりという日々が続いた。何をしているのか聞いてもいつもはぐらかされたので、今はもう聞いていない
そんな感じで月日は6ヶ月経ったある日
「で、これはどういうことなんだ?」
俺はいつの間にかある建物の前で縄でグルグル巻にされて寝転がっていた。目の前には魔王のような笑みを浮かべてウェルリンテが立っている
「これから貴方には、ここの建物にスパイとしてもぐりこんで貰います」
「こんなグルグル巻にされてどうやって?」
「ここの構成員の方がもうしばらくすれば来ます。ここの方々は優しいので貴方を不憫に思って中に通してあげる筈です」
「いや……分かって言ってるのか?ここは……」
「麻薬の売買所でしょ?」
そう、スラムの中にある麻薬の売買所である。そんな建物の前にグルグル巻にされて奴が転がっていたら、間違いなく殺される。何をどうとったら優しいという感想が出てくるのだろうか
「分かってるんだったら……」
「遠距離の会話可能な魔導具を貴方の耳に仕込んでおきました。そこから私が指示を出しますので、それに従ってください」
有無を言わさぬ勢い。それでも流石に一言ぐらい言っておかないといけない
「やっぱりこうじゃ無くてもやりようが……」
文句を言おうとしたが、ウェルリンテが口に手を被せてきたので何も喋れない
「この任務に関して1つだけ注意点があります。それは、私の言うことを疑わずに信用すること。少しでも私のことを信用しなくなればこの任務は破綻し、何もかも水の泡です」
「そんなに言うんだったら、もう少し話してくれてもいいんじゃないか?これだと信用しようにも信用できない」
初めて言い返せたと思ったが、この攻撃は意に返さずむしろ反撃をしてきた
「誰のお陰でその命があるのか、お忘れなきよう」
それを言われると何も言い返せなかった。あの日、俺とウェルリンテがあった日俺は本来殺される筈だった
ウェルリンテに殺されるわけじゃ無い。ウェルリンテは元から俺が仲間になってくれると見越していた。それでは誰が殺そうとしてきたのか?
答えはウェルリンテが殺した俺の部下達。あいつらは、どっかの誰かに雇われた俺への刺客だった。ただ、これでも俺は元勇者パーティー所属なだけあって強い。だからしばらく俺の部下として信用を勝ち取り、隙を見せた所で殺すという算段だった。事実、俺は完全に信用していた
「信じていますから」
ウェルリンテはそれだけ最後に言って、その場所から立ち去った。若干、言葉が震えていたのは気のせいだろうか?
「おい、お前。ここがどこか分かって来てんのか?あぁ!」
10分程の後、十数人の人達が一気にやって来た。そして、明らかに下っ端そうな奴が、胸倉を掴んでくる
『適当に誤魔化しなさい。私の名前だけは出してはだめよ』
耳元で声がウェルリンテの声が響く。成程、こんな感じで指示が来るわけか
「ええと、なんていうか……魔王に騙されて?」
「ふざけてんじゃねぇよ!」
俺は勢い良く投げ出される。手足が縛られて動けず、まず壁にファーストキス。それから床にセカンドキス。流石にふざけすぎたかも知れない
『誰が、魔王よ』
一応、魔王の自覚はあったのか
「兄貴、どうします?見た所薬で飛んじまった奴か、生まれつき頭のネジがぶっ飛んでる奴ですぜ?ここで締めましょうか?」
あの下っ端のような奴が集団に戻って行く。何やら話し込んでいるので放置されたまま。口から血が出ているので、どこか折れているかもしれない
「大丈夫なのか?なんか、殺されそうなんだけど」
その集団から背を向き、小声で話しかける。多分これぐらいでもウェルリンテには聞こえる筈だ
『疑わないようにって言ったわよね?まあ、まだいいわ。それより、その質問だけど愚問ね。この天才が大丈夫って言っているのよ?』
「騙されて悪女に仕立て上げられた奴が言っても説得力が……」
『うるさいわね。いずれ分かるわ。あの時、どれだけ大変だったかを。殺されていないだけ凄いのよ?』
そんな感じで話している内に、あちらの声が聞こえてきた。先程の下っ端がボスらしき人に話しかけている
「どうして駄目なんですか兄貴?あんな奴、殺したって大丈夫ですよ」
「いや、なんかどっかで……あっ!」
ボスらしき人hqそう言うなり、その下っ端を突き飛ばして俺の所に走って来る。そして、俺のところまで来ると深々と御辞儀をした
「すいません、ハルさん。俺の部下が粗相しちゃって。後で締めときますんで勘弁してください」
わけが分からず、そのまま数人の子分らしき人に立たされる
「おい、お前ら。1番良い茶を用意しろ!それとお菓子もだ」
縄も綺麗に切られる。しばらくぶりに戻った自由
「ささ、どうぞこちらに。汚いところですが」
まあ、確かにお世辞にも綺麗とは言えない。ただ、スラム街の中では断然マシではある
『ついていきなさい』
ウェルリンテからの指示通り、ボスらしき人についていく。すると応接間のような所に通され、ソファに座らされた。ボスらしき人は俺の反対側のソファに座った
「よくおいで下さいましたハル様。我が一同心待ちにしていましたよ」
まず何をされているのかわからないので、何と返していいのか分からなかった
『適当に話して時間を稼いで。後、私についてのことを聞かれると思うけど、絶対に言っちゃ駄目よ』
見透かしたように、的確(笑)な指示が来る
「俺はどうしてこんな歓待を受けているんだ?」
適当なことと言っても、まるで話す内容が思いつかないので、率直な疑問を聞く
「ハル様を発見次第丁重にもてなせと上から指示が来ているのです。ところで、ハル様はウェルリンテ様と一緒にいたと聞きましたが、そこのところは知らないですか?」
「知らねーな。それより、あの剣について話してくれよ」
俺は話題を変えるため、アンティークとして飾られてある剣を指差す
『それでいいわ』
ウェルリンテのことを聞いてきたら他の話題ではぐらかす。そんな感じで1時間ほど話した時だった
「ハル様、そのお茶はお飲みにならないのですか?一応ここらでは最高級の物をお出ししたつもりなのですが。お菓子に関しても」
そう言って冷めきったお茶とお菓子を指差す。その目は先程までの柔和そうな目ではなく、殺気を含んだ目
「……だってこれ、自白剤入っているだろ?」
俺は事実を言っただけだった。しかしその瞬間、部屋の空気が一気に0度まで下がった。そう思えるほどには、凄まじい殺気がこの部屋に満たされている
「それは、いつから気づいていたのですか?」
その殺気が何十倍にも増した目でこちらを鋭く見ながら、話しかけてくる
「いつって……最初から?」
『ごめん……私自白剤を入れられている可能性忘れてた。気づいてたのはナイスよ』
ウェルリンテが珍しく謝ってくる。もしかして入れられている薬も気付けない程弱いと思われている?
「そうか、では端から協力する気など無かったのですね。お前達、ここからは私達のやり方でいくぞ」
すると、部屋に大量の子分らしき人が入ってくる。手には物騒な刃物やら拷問器具やらを持って。どう考えても俺を拷問するものだろう
「これはどうすればいい?」
ウェルリンテに指示を仰ぐ。ぶっ潰せと言われると思っていたが、返答は予想外だった
『耐えて』
「え?」
思わず声が漏れた。耐えて?絶えて?聞き間違いかと思ったが、そうでは無かった
『必ず助け出します。それまで耐えて下さい』
そういう言葉だけ耳に響いて後には静けさだけが残る
「あの女の情報を吐くまで帰しませんから」
先程とは違った冷ややかな声。本性がダダ漏れである
「あのー、俺。お腹痛くなったんですが……」
「……縛り上げなさい」
為す術も無く縛り上げられ、天井から吊るされる。薄暗い部屋に刃物だけが嫌に光っていた
「いつまで耐えられますかね?」
そこからの拷問は流石はプロと言ったところか、生かしながら気絶しない程度で1番痛い所を斬り刻む
「これでもまだ吐かないのですか?」
何時間ぐらい経っただろうか?痛みのせいで長く感じているだけで、もしかしたらそんなに時間は経っていないのかもしれない。下を見ると、俺から流れた血が水たまりをつくっていた
「生憎だが、これでも昔は勇者パーティーの重騎士だったからな。はぁ、はぁ……耐えることだけは慣れてるんだよ」
「……耐える意味は一体どこにあるのですかね?」
更に2時間経つ。そろそろ限界だがウェルリンテからは何の音無沙汰は何も無い
「……面白い情報が入って来ましたよ」
少し部屋を出ていたあのボスらしき人がまた戻ってくる。ただ、そちらを睨みつけるだけで答える気力は無い
「先程、貴方のせいで手薄になっていた支部が何者かに襲われましてね、ある資料が盗まれました」
「……それが?」
「とぼけないでください。貴方が囮となって手薄になった所で襲うのが計画だったんでしょう?まんまとやられました」
(そうだったのか)
敵から計画の内容を聞くとは新鮮な気持ちである。あの魔王は何も教えてくれないから
「彼女と貴方の利害は一致していたのでしょう。何しろ二人の断罪と追放。どちらも私達の組織に関係があるんですから」
(これも、そうだったのか。としか言いようがないな)
本当に、うちの魔王様は何も言ってくれないから分からない
「ですがね、そこからの情報によると1つしか盗まれていないんでしよね。勿論、あの女が欲している無罪だったという証拠の資料だけがね」
「……なに?」
頭が真っ白になる。言いたいことは分かった。しかし、頭が理解することを拒んでいた。それは、つまり……
「裏切られたんですよ。可哀想に。あの女は貴族の時から策略家として有名ですからね。わざわざリスクを冒して2つも盗むよりも、自分の欲しい資料をとればいいと思ったのでしょうね。もしかしたら貴方は拷問で死んでくれるかもしれないのですし」
この男の言う通りであった。今まで俺に計画の詳細を言わなかったのはそれが理由かもしれない。目の前が暗くなっていくような気さえした
「フフッ、ここで貴方に提案です。もし貴方があの女の居場所を吐くのなら解放します。その上で、貴方のそのタフさを見込んでこの組織の幹部に歓迎します。ちなみに、彼女はすぐに拠点を変えると思うので、ここで吐かないと殺しますよ」
鋭利な刃物を突きつけながら言われる。これが縄を切る刃物なのか、心臓を貫く刃物なのかは俺の言葉次第で決まる
しかし、そんな答えもう決まっていた。あいつは何も伝えないまま計画を手伝わせ、俺だけにここまでの苦痛を与えさせ、その上で裏切る。ここまで酷い奴は中々いない
それにこの組織の幹部だったら、一生金にも困らないだろう。フカフカのベットだってあるし、女も酒も思いのまま
「そんなもん答えは決まってるだろ?」
顔をあげる。刃物を持ったまま立っているこの男は嬉しそうな声をあげた
「おお、では……」
そいつが十分近づいてきて後少しで縄を切るという時。俺は口に溜まっていた血をそいつに吹きかける
「……俺はあの日、魔王様と契約をしたんだ。死ぬ程度恐れて何ができる?」
あの日、全てを諦めてただただ死人のように生きていた日々。そこで、殺してきた俺に向かって何の迷いもなく手を差し伸べてきたあの手。悪魔との契約だとあの時は思ったが、そんな生易しいものじゃ無い。魔王との契約だった
だったら、そんなもの……
(信じてやるしかねえよなぁ?)
「そうですか」
冷ややかな目を向けながら、まっすぐ心臓めがけて刃物を下ろす。走馬灯のように蘇って来たのは、たった半年しか行動を共にしていないウェルリンテとの思い出。いつもは賢いのだが、時々抜けている所。レイピアの次に、一般淑女のように花やお菓子が好きな所。いつもは大人ぶって達観しているが
、実際は感情を押し殺しているだけな所
これら全て、俺より10歳も若い少女が成し遂げているという事実に驚いた。それと同時に、俺の今まで生きてきた勇者パーティーに所属していたという、虚構のようなしょうもないプライドを捨てさせてくれて、絶望に浸って全てを諦めていたというスカスカの人生を埋め尽くしてくれる
何もかも止まったように思えた。全ての音が止んで、自分が生きているか死んでいるかすら分からない、そんな感覚。しかし、その静寂も突如として破れた
『信じてましたから』
「信じてましたから」
すっかり存在を忘れていた耳の魔導具と、肉声が同時に聞こえるた。それと共にガラスを盛大に割って入ってきたのは……
「どうしてそんなに酷い体たらくなのよ」
「……やっとか」
自分のせいだと言うのに、まるでこっちが悪いみたいに言ってくるいつものウェルリンテ。レイピアでなく、普通の剣を持ったウェルリンテは呆気に捉えられていたあのボスらしき人の剣を弾き飛ばし、さっと俺の縄を切る。その後、俺の手を取って割れた窓から飛び出た
「ええと、その……」
「言いたいことは後で。ひとまずは逃げるわよ!」
いつも通り、俺の傷など全く気にもせず夜の街を全力で駆け抜ける。立ちはだかる沢山の敵を薙ぎ払い、ただただがむしゃらに進む。三十分程走り、ようやく薄暗い路地で止まった
「はぁ、はぁ、はぁ……もういいわ」
「ぜぇ、ぜぇ……よくこんな怪我の奴を走らせようとは思うが、ま、この際いい。ひとまず生還おめでとう」
そんな言葉をかけると、まるで目を点にしたかのようにこちらを凝視する
「……え?貴方言うことはそれなの?もっと騙したことを罵ったりはしないの?」
「罵られたいのか?そもそも騙してなんかいないだろ?」
「まあ、そうだけどさぁ……」
ウェルリンテは2つ資料を出す。1つはウェルリンテの証拠、もう1つは俺の証拠、だと思う。だって、何度も言っているように魔王様は教えてくれないから
「そう言えばお前が1つしか盗んでいないっていう嘘は聞こえてただろ?どうして嘘だって言わなかったんだ?」
「貴方を試してたのよ。これから……」
そう言ってウェルリンテは一呼吸置いた。しばらく思いつめたように下を地面を見ていたが、顔を上げそして再度こちらを見つめる。いつになく真剣味のある表情で
「……これから私の選ぶ道はしんどいわ。それでもついてきてくれる?」
その顔は殆ど泣きそうな顔だった。幼い頃から公爵令嬢として、騎士団長の子供として生きてきた顔ではなく、年相応の少女の顔。いつものように、済ました顔で達観せず、ただただ明日の天気の心配をする子供のような無邪気な顔
「ああ」
勿論、即答する。それを聞くと顔をほころばせ、その泣いている顔を拭いてから更に顔を近づけて言う
「一生?」
「何を言ってる?地獄でもな」
ウェルリンテは「それもそうね」と涙をこぼしながら、俺に言った
「明日は忙しくなるわよ!」
次の日。全ての真相が暴かれ、国中ごった返していた。まず、ウェルリンテの件。これは敵国のラグレビアが仕組んだスパイが第一王子に近づき、麻薬を使って廃人にさせようと企んでいた。そして、その麻薬の運び役となっていたのが勇者パーティー。唯一そのことを知らない俺は邪魔な存在とされて追放されていたというのが全ての顛末
第一王子は何とか治療魔法で薬中から完治した。何故断言できるかと言うと、今目の前にいるから
「おい、ウェルリンテ。貴様との婚約をもう一度してやる。早く戻ってこい」
前言撤回。やっぱりまだだった。治ってから来やがれ
「ごめなさい、殿下。あんな見え見えの罠に引っかかるような馬鹿はタイプじゃないの。帰ってください」
その言葉を聞いた王子は顔がみるみる内に怒りで赤くなっていく。人生で最もわかり易かったかもしれない
「な、な、何と申した!我の誘いを断るというのか。この小娘風情が……」
最後の言葉を言う前にウェルリンテのドロップキックがよく決まる。「もういいでしょ」と言わんばかりに振り返って、その場から去ろうとする
「ま、待て。お前らは世界中の麻薬組織を敵に回したんだぞ!その意味が分かっているのか?この世界に逃げ場はないということだ。その点王家に入れば守ることができる。今回は特別にその男もだ」
その言葉を聞いて、初めてウェルリンテは聞く耳を持ったようだった。進めていた足をピタッと止まって振り返る。それを見て王子はご満悦そうにはニヤリとした
「そうだ、分かればいいのだ。さあ、こっちに……」
今度はなんの手加減もしていない脳天へのキックが決まった。王子は完全におちたようだ。周りにいた執事やら近衛兵やらがオロオロしだす。そして、そんな人達に言い放つようにウェルリンテは声をいつもより大きく、張り切って出す
「私には地獄まで守ってくれる重騎士がいますもの。ね?」
俺に向けて右手を伸ばしてくる。跪けと言うことだろう
「ええ、地獄までついて行きますよ。魔王様」
俺はそれに従って跪き、右手の甲にキスをする
「誰が魔王よ」
そうして笑いながら、永い永い旅への最初の一歩を俺達は踏んだ
読んでいただきありがとうございます