第一話 邂逅
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地図と周りの様子に相違がないことを確認し、そっとフードを被る。
昼間でも薄暗い裏路地。薬に溺れた成れの果ての奴ら。石ころのように無造作に横たわる老若男女の屍。そして、それらに対し何も思わない自分を含めた生ける亡者達
「……」
後方にいる自分の部下に合図を送り、目的の建物に突入させる。
中で悲鳴が上がるが、通行人はそちらに少し視線を移すだけで、それ以降は何も興味は示さない。スラムでは良くあることだから
この店は表向きは薬を売る店であったが、裏では麻薬の売買をしている。別にこのスラムで麻薬を売ることは間違っちゃいない。取り締まる衛兵もここまで入ってくる者などいない
ただ、この店はスカルロスの縄張りの中にある。それがいけなかった。スカルロスの中ではスカルロスの店しか麻薬の売買をしてはいけない。スラム出身なら赤子でも知るルール
「……行くか」
許可なしに出したということで、その店は処分するということが決まり、傭兵として雇われた俺は今からここの店主を殺しにいく
中に入ると生々しい死体が横たわっていた。知らない顔は多分ここの店主が雇っていた用心棒の傭兵。俺の部下も2人死んでいる
「……すまなかった」
傭兵は命を天秤に乗せ、日々稼いでいる。だから、命を落とす覚悟が出来ていない者などいない。俺だってそうだ。
ただ、それでも何とかならなかったのかといつも思ってしまう。そもそも俺がこの傭兵という職業に向いていないのか、それとも、つい5年前まで国民の期待を一身に背負って、冒険者からの羨望の眼差しに陶酔していた頃の甘さなのか、はたまたどちらもなのか
増援が来ていないかを確かめ、2階に上がる。もしかしたらもう殺し終わっているかも知れない
しかし、予想に反し2階に上がっても誰もおらず物音1つしない
「……兄貴、はぁ、はぁ……大変です!」
訝しく思っていると、向こう側にあった3階へ登る階段から部下が1人慌てた様子で降りてくる
「お、俺以外のやつら……あ、いえ、その前に……あれ、ええと?」
「よし、ひとまず落ち着け。まず、何があった」
「あ、あ……はい。そうなんです、兄貴、大変なことが。恐ろしく強い女が……」
突如
強い悪寒を感じ、咄嗟に剣を抜き体が動くままに剣を振る
カン、カン、キン
弾いた数は3、音からするに飛んでいた数は
(……4か)
先程まで生者として立っていた俺の部下は、今や血の噴水をあげ刻一刻と死体へと成り変わる
ドサッと倒れると同時に、階段側にいた人物を捉える
黒く、深い、全てを飲み込むような漆黒の艶のある髪を腰まで伸ばし、目の色もまた全てを見通すかのように光を全て吸い込みそうなブラックホールのような黒。今にも折れてしまいそうな華奢な体であったが、それを思わせない堂々たる立ち振舞。血濡れたレイピアも原因の1つかも知れない
「……レイラ、だな?」
何も喋らない。ただただ無言。しかし、元々スカルロスから貰っていたこの店の情報と一致している。名をレイラと言うらしい
改めて見てみると、とてもスラムにいるとは思えないような気品、あたかも貴族のようなオーラもあった
「……ッ……」
あちらが先に踏み込んでくる。レイピアであるから一直線、こちらは横からの衝撃でずらす
「……!?」
しかし、剣先はそのままスルリと布のようにその衝撃を避け、こちらへ向かってくる。勘を頼りにほとんど偶然の上でなんとか避ける
避けた勢いのままレイピアの側面を足で叩き折り、武器が無くなった状態で組み伏せ剣を胸に立てる
「どうして、王宮剣術を知っている?」
今のは紛れも無く王宮剣術をであった。重騎士にとって一番厄介なレイピア使い。その最高峰である王宮剣術など、嫌というほど「あの頃」は経験してきた。
しかし、王宮剣術は王国騎士団に入ってようやく習うことが出来る。騎士団の子供が少し習ったりすることぐらいはあるが、一般人が、ましてやスラムにいるような奴が使える訳が無い
「……」
無言を貫くので、少しだけ刺す。ほんの少しだけ。何故、自分がこんなに気になるのか分からなかった。どんな事情があろうと、自分には関係ない。どうせ殺すのだから
自分の中で困惑が湧き上がるうちに、その女はフッと笑い初めて声を出した。ひんやりとした、冬の日に芯まで冷たくなったナイフのような声
「いいのですか?こんな、薄暗いこの世の全ての絶望を集めただけのような場所で一生を過ごして?貴方は何も悪くないというのに、かつての仲間の……無実の罪を着せられて」
「なっ……」
別に隠してはいなかった。専門家を雇って調べればすぐに分かるようなこと
しかし、何故この女は知っている?初対面だぞ?今は暗殺者と暗殺対象者という関係であるのに。俺がこのレイラというやつの情報を知っているなら分かるが、どうして、こいつは俺が
「勇者パーティーにいたけれども、無実の罪を着せられて、追放された。でしょう?」
またもやフワッと妖艶に笑う。まるで健気な子供を見ているかのように
笑ったのも一瞬、組み伏せておいた足をスルリと抜け出し、バランスを失った俺を今度はあちらが乗っかてくる
折れたレイピアをカチャリと鳴らす。「聞きなさい」と言わんばかりに
「……私の名前はレイラではなくウェルリンテ、ウェルリンテ=スクルビアです。私なら貴方の復讐を手伝ってあげられますよ?」
その名を聞いたことがあった。
1年ほど前の噂。王城で第一王子が婚約者を婚約破棄した。そして、その理由というのがその婚約者が公爵家という権力を振りかざしてイジメやら何やら色々とやらかしていたらしい
それに憤った王子は1番イジメの被害に会っていた平民の女性と手を合わせ、白日の下にその婚約者の悪事を晒すことに成功した。婚約破棄は受理され、めでたく平民の女性と王子は婚約し、その悪女は貴族から追放される
その悪女の名はウェルリンテ=スクルビア
王宮の情報など滅多に流れて来ないが、面白味が合ったので広まったのだと思う。本当か嘘か何て誰も気にしていないのだから
沈黙気味になっていた俺を見かねたのか、大きく溜息をついたあと鋭い目でこちらを見つめる。その目には、権力を振りかざしてやらかすなどという幼稚さは一片たりとも含まれてはいない
「言い方を変えます。私に付いてきて、手となり足となりなさい。そうすれば……」
もし悪魔との契約をする場面ならこれ程相応しい場所はないかも知れない。死の臭いにが当たりに充満し、どこに行っても逃げ場などない。そんな所に美女が1人
『全てを約束します』
この日、俺は悪魔と契約をした
読んでいただきありがとう御座います