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苦手な方はご注意ください。

追放された転生賢者、魔王の娘に拾われ魔王軍へと入って――

作者: 十凪高志


 異世界ゴルンヴァレリア。


 この俺、篠崎誠樹が転生したのが、この世界である。

 そして今、俺かいる場所は……魔王軍の居城、シュヴェルシルツ城だ。

 といっても、俺は別に勇者、あるいは勇者の仲間として魔王軍に挑みここまでたどり着いたという訳ではない。

 魔王軍幹部、黒賢者セイジュ・シノザキ。

 勇者の仲間として転生しながら、人間に裏切られ追放され、裏切った男――


 それが俺、ということだ。



「……」


 俺は微笑みすら浮かべて軍を見下ろす。

 俺が立っているのは魔王城の一室。窓から城の外を見下ろせる位置だ。

 城を守るように、荒野には魔物たち、魔族たちの群れが集っている。

 魔王軍四天王が率いる魔王軍精鋭部隊だ。彼らは圧倒的な力を持っている。

 なるほど、人間たちが異世界から勇者たちの魂を召還し転生させるわけだ。

 圧倒的な力の差。

 人間たちは追いつめられ、精神的にも疲弊していた。

 だから、異世界より死者の魂を呼び寄せ、自らの戦力として転生させたということだ。

 転生召喚された者たちは、強力な力を得るという。

 しかしどんなものにも例外はある。

 召還された異世界人たちの中に、無能力者がいたら、それはもう失望し絶望する事だろう。

 ――まあ、その無能とは俺の事なのだがな。


「セイジュ様」


 回想にふけっていると、美しい魔族の少女が、俺に語りかける。

「また、セイジュ様の立案した作戦が成功しました。

 さすがですわ。私たちは良い拾い物をしました」

「こちらこそ。人間どもに利用され裏切られ捨てられた俺を拾ってくれた恩、深く傷み入ります。

 そのような敬語を、私に使わずとよいのですよ、フィーリア姫様」


 俺は深く頭を下げる。

 彼女は、フィーリア姫。

 魔王の娘、魔界の王女であり、俺の主、俺のパトロン、そして――


 俺の、傀儡だ。


「……私は、セイジュ様のものですから」


 そうフィーリアは言う。

 最初は俺を、気まぐれで拾ったペットのように扱っていたものだが……

 魔王軍は実力主義だ。

 それは単純な魔力や戦闘力を指す場合が多いが、実績、結果も重要視される。

 むしろどれだけ強かろうと結果を出せなければ無能の誹りを免れないというものだ。

 その点、俺には前世の知識があった。

 それを活かし、この世界では類を見ない戦略を編み出し、それを実践して見せたのだ。

 人間の軍では、「貴様ら異世界人は前線で戦っていればよい」と一笑に付されたものだが、魔王軍は柔軟であったと言えよう。

 そうやって功績をあげ、彼女の信頼を得るのに時間はかからなかった。

 一度懐に入りこめれば簡単だ。

 前世でさんざん行ってきたことだ。人の不安と悩みに付け込み、心の隙間に入り込み、望む言葉、欲しいものを与え――篭絡する。

 人間であろうと、魔族であろうと、異世界であろうと――人の心というものは同じだ。

 やり方さえ知っていれば、簡単に――操れる。


(こういうことは、二度とやるまいと思っていたのだがな) 


 蕩ける表情で傅くフィーリアを見て、俺は自嘲する。

 たとえ相手が魔族であろうとも、人の心を操るというのは、最低の行為だ。それは十分に理解している。


 理解した上で――俺は、この道を選んだのだ。


(俺の、目的のためにな)


 後戻りはできない。もとよりする気もない。

 彼女を見て、罪悪感を抱く資格もない。

 もとより、彼女は喜んでいるのだから、俺が罪悪感を抱く必要もないのだが。


「姫様。四天王の方々が謁見の間に到着いたしました」


 執事が部屋に入ってくる。


「わかりました。すぐにいきます」


 フィーリアが答える。

 今日は四天王が集う会議が行われるのだ。もちろん議題は俺の立案した作戦についてである。

俺にとって四天王たちは同志であると同時に競争相手でもあるのだ。

だからこそ――常に最高の戦果が求められる。


「セイジュ様。いえ、セイジュ。行きましょう」

「はい。フィーリア姫様」


俺は彼女の後ろに付き従った。




 魔王軍、闇円卓の間。円形の部屋の中央に置かれたテーブルを囲むように椅子が置かれているだけのシンプルな部屋だ。

ただただ広い空間である。だがこの広間が、魔王軍幹部四人のためのスペースということを考えれば十分過ぎるだろう。

 そこに集うは、魔王軍四天王。

 姫が訪れると、四天王たちは一斉に膝をつく。

 最上級の礼だ。だが、俺もフィーリアも知っている。

 彼らは、「魔王の娘、姫」に対して礼を尽くしている。いうなれば形だけだ。

 決して、フィーリア本人に礼は尽くしていない。当然といえば当然だ。彼らからすれば、フィーリアはあくまでも魔族側のお飾りに過ぎないからだ。


「楽にしてください」

「……はっ、姫様」


 それを彼女も理解している故に、ただそう形式ばった声をかける。

 いつものことだ。形式上はどうであれ、彼らは姫を重要視しない。

 そも、不老不死の魔王がたわむれに産み出した玩具にして人形、という認識でしかない。

 ――今までは。


「では、これより黒賢者セイジュの発案した作戦に関する定例会を始めます」


 俺が入室すると同時、進行役を務める女性魔族の一言により会議が始まる。


「セイジュよ、まずは作戦成功を祝おうではないか」

「ああ」

「セイジュ、あなたの作戦のお陰で、我が軍は多大な利益を得ています」

「ありがとうございます。全ては、私を拾いあげ、抜擢していただいた姫様のご慧眼と営団あってのこと」


 俺は恭しく頭を下げる。そしてフィーリアを見る。

 彼女はあくまでもクールだ。だが、それでも少し頬を赤らめているのを感じる。


「では次に、今回の作戦で消費した資材や兵の補充にかかる費用に関して――」


 と、話は進んでいく。


「さて、皆の衆。セイジュ殿の活躍については、既に聞き及んでいることと思う。彼の立案した戦術が――」


 その時だった。


「ちょっと待って欲しい!」


 一人の男が手を上げる。俺よりも二周りは大きな男だ。彼は竜の獣人で名をグレイン・ドラヴァードという。

 無敵無敗の冷酷なる牙竜将軍。

 苛烈にして冷徹な武人である。残酷ではないが、人の情を持っていない男だ。

 力と強さこそがすべてというタイプであり、絶対強者たる魔王に忠誠を誓っている。

 それは転じて言えば、飾りである姫や、俺のようなタイプを評価していないと言う事だ。


「なんでしょう? グレイン・ドラヴァード」


 フィーリアが尋ねる。


「確かに奴の立てた作戦は見事です。実際問題として、この前の侵攻も大成功したと言っていいだろう。それは認めよう。しかし」

「しかし……なんでしょう」


 彼は俺を見て冷笑を浮かべる。


「所詮は人間の裏切り者。それも、役立たずとして切り捨てられた落伍者にすぎぬ。

 そのような者に信を置きすぎるのも、いささかどうかと思われますが」


 その言葉に、他の四天王たちも苦笑し同意を示す。

 しかし――フィーリアだけは違った。

 彼女は立ち上がり――俺を見た。


「あなたたちがセイジュを侮辱することは許しません」


 強い口調で彼女は言った。

 その目は俺だけを見つめていた。他の者たちを一切見ることなく。


「私、フィーリア・ディアルベルの名において誓います。セイジュを侮辱すること、そして彼を貶めることは私が赦しません」

「フィーリア姫様……」


 俺は感動に打ち震える……そぶりを見せる。

 この場にいるすべての者が、俺の味方ではない。むしろ敵といってよい。

 この場で俺に味方してくれるものは一人もいない。

 それにも関わらず、フィーリアは俺を擁護してくれたのだ。

 自分の立場が悪くなるだろうに……いや、これ以上悪くなりようがないと思ってこのことか。ともあれ、よい傾向だ。


「ふん。まあいいでしょう」


 グレインは笑いながら言う。


「しかし、一度裏切った者は何度でも裏切る。姫様もそれを忘れぬように」

「……」


 フィーリアは黙る。


 言い返せないのも仕方ない。グレインはそれだけの実力者だ。

 魔王軍の四天王の中で最強の存在であることに疑いはない。

 魔王の娘とて、彼に強く口出しすることは出来ない。

 フィーリアの沈黙を満足げに受け、俺に視線を向けて無言で笑うグレイン・ドラヴァード。

 ……完全に俺を見下している。


 それでいい。

 俺はただの、姫の腰巾着、コバンザメに過ぎない。そう思わせておけば都合がいいのだ。


(しかし……些か危険か)


 彼は決して愚かでも無能でもない。

 このままでは必ず、俺の邪魔になるだろう。


(その前に、手を打つか)


 俺は、進む会議を眺めながら、そう考えていた。


 ◇◇



 戦場。

 魔王軍の侵攻は予定通り進み、人間の防壁都市をひとつ攻め落とした。

 戦果を挙げたのは牙竜将軍グレイン・ドラヴァードと、彼の率いる精鋭軍だ。魔王軍による支配領域の拡大が進む。


「ふん……他愛ない。勇者は現れず、か」


 瓦礫と化した街を歩きながら、グレインは言う。

 ――つまらぬ。グレインはそう思う。

 ずっと戦いを求めてきた。自身を鍛え、研鑽を続けてきた。

 そして人間どもとの戦争……しかしそこに、彼の求める強敵はいなかった。

 人間たちが異世界より勇者を召喚して、ようやく手ごたえのある敵が出てきたが……。

 しかし、足りぬ。勇者は未熟。鍛えればいずれ強敵になるやもしれぬが、それを待つ道理もない。

 ……こうなれば、己が満たされるためには最強無敵たる魔王様に弓引きでもしない限り……


「……む?」


 思索していたグレインは、ふととある気配に気づく。

 小さな声だ。かすかな声が聞こえる。

 人間の生き残りか。


 グレインは迷わず声の方へ歩を進めた。

 そこに倒れていたのは……幼い少女だった。

 血塗れでボロボロだが、まだ息がある。

 ……どうするか。グレインは思案する。

 人間は敵だ。たとえ兵士、戦士でない一般人であろうと、殺す事に躊躇は無い。

 だが……グレインは、今まで常に戦い、敵を倒し、殺してきた。

 人間の戦士、魔族の戦士、野獣、魔獣に至るまで。歯向かう者をねじ伏せ、逃げる者の首を撥ねてきた。

 だが……眼前のこの小さな命は、歯向かって来ることも逃げる事もない。

 ごく当たり前のそれは、しかしグレインにとっては初めてのことで、どうにも奇異に思えたのだ。


 踏みつぶすのは容易だ。なんの抵抗も躊躇もない。だが――それは、あまりに味気なさすぎる。もっと、もっと違う何かが――


「う……」

「む」

「おなか……すいた……」

「……っ」


 空腹を訴えてくる少女を見て――彼は決めた。この娘を連れ帰ろう、と。

 それがどういう意味なのか、グレイン自身もわかってはいない。


 人間の娘を連れ帰る。理解不能だ。もしこれを仮に部下の誰かがやっていたなら、軟弱者が、と叩き潰していたかもしれない。

 ただ、何故か――そうしなければならないという衝動があった。


(俺は、何をやっている)


 わからない。

 グレインには、自分自身の行動がわからない。

 だが、抱え上げた腕に収まる、小さな――消え入りそうなぬくもりが、グレインには心地よかった。


 これがなんであるのか、理解できないままに。



◇◇



「これはこれは、おもしろいものを見せていただきました」

 魔王城の一室――医務室にて、俺はグレインに笑いかける。

「ぬ……貴様、なぜここに」


 グレインは狼狽える。


「俺はひ弱な人間なのでね、ちょっと軽い怪我をしたので薬草を――とやって来たのですが、まさかグレイン様がこのような拾い物をするとは」


 俺はベッドの上で眠る少女を見る。幼い少女だ。十にも満たないだろう。


「……人質に使えるか、と思ってな」


 少し間を置いてから、ぽつりとグレインは言った。

 だがそれは自分自身に対する言い訳にも聞こえた。事実そうだろう。この男は人質をとるような男ではない。


「無理でしょうね」


 俺は言う。


「どういうことだ?」

「この少女――」


 俺は彼女に近づき、彼女の胸元を指す。

 そこには、入れ墨のような紋章があった。


「奴隷ですね。人間たちが使う魔術のひとつ、隷属の呪縛。

 これを施された者は、術者、あるいは術者が設定した者の命令に逆らう事が出来ない」

「なん……だと」


 グレインが唸る。そういう知識も全くなかったようだ、この脳筋将軍閣下は。


「つまり、人間にとって道具です。かつての俺と同じように、便利に扱う消耗品。

 戦場に打ち捨てられいた奴隷など、人質としての価値は皆無でしょう」

「……」


 つまり、魔王軍にとってこの人間の少女は何の価値もない。

 いや、飼っている魔獣の餌ぐらいにはなる――その程度だろう。


「貴様、同じ人間だろう。ならば――」


 だが、グレインは何故か食い下がってくる。


「お忘れですか、将軍。

 俺はね、異世界の人間であり、しかも捨てられた廃棄物です。

 拾ってくださった魔王軍、魔族ならともかく、この世界の人間に対して義理など、欠片もない」


 これは、まごう事ない本心だ。

 俺は、この世界の人間がどうなろうと知ったことではない。

 俺が大切に思うのは――――


「ならば貴様を拾った魔族として貴様に言おう。この娘を……」

「あのですね」


 俺は大きくため息をつく。


「将軍が何を想い、どうしてこの子を連れて来たのか、詮索はしません。

 ですが俺に押し付けないでください。

 俺は人間が憎い。俺に預けたらぐちゃぐちゃにしてしまいかねませんが。将軍が望むのは、そういうことではないのでしょう」

「ぬ――」


 無自覚なようだが、あきらかに彼はこの娘を助けた。


「そもそも俺を拾ったのは姫様ですし。

 いいですか、拾った者には拾った責任、義務が生じます。

 それを将軍が拾ったのなら、面倒を見るのは将軍ですよ。

 怪我の手当までしたんです、今更捨てるのは無責任、牙竜将軍の名が泣きますが」


 俺はまくしたてた。グレインは途方に暮れる。その姿が何とも滑稽だ。


「し、しかしだな、どうすればよいのか、俺には理解らぬのだ……」

「……はあ」


 俺は大きくため息をついて見せた。


「わかりました。ですが、俺に出来るのはあくまでもアドバイスです。

 軍師として作戦を立てサポートしますが、実行はあくまでもグレイン将軍です」

「う、うむ」


 俺への横暴な、侮蔑的な見下した態度は何処へ行ったのやら。

 グレインは真剣な顔をして頷いていた。


「では――始めましょう。

 牙竜将軍の子育て大作戦を!」

「う、うむ!」


 賛同するグレイン。俺は全身全霊で、笑うのを耐えた。



 ◇



 少女には名も無かった。オイ、とかコラ、とか呼ばれていたとの話だ。


「ど、どう呼べばよいのだ」


 グレインが狼狽えていたので、名前を考えた。

 キズナ。これが彼女に与えた名前。

 キズナ・ドラヴァード。グレインと絆が芽生えるように、と俺が考えてあげた。

 彼女の奴隷紋は、俺が解呪した。容易だった。

 その時のグレインの顔と言ったら、なんといえばいいか。



 とにかく大切なのは食事だ。


 グレインが好んで喰う、ただ魔獣の肉を焼いただけのものなど、弱った子供に食わせるわけにもいかない。

 どういうものを食べさせればいいかを説明した上で、グレイン本人に用意させた。

 俺が用意してもよかったが、それでは意味が無い。

 将軍閣下には苦労してもらわねばならない。


 食堂で料理人たちに頭を下げる牙竜将軍閣下の姿は、もう笑い死ぬかと思い、平静を保つのに苦労した。

 パンを乳で溶かした粥、それをおっかなびっくりの姿勢で幼女に食べさせる牙竜将軍グレイン・ドラヴァード。

 平静を保つため、俺の口内を噛んでいたので血の味が広がった。殺す気か。


「なんなのですか、あれは」


 話を聞きつけたフィーリア姫も、唖然としていた。


「俺を見下した復讐……とでも言っておきますか」


 俺はおどけて言う。無論、そんな下らぬ復讐心でこのようなことをしたわけではない。


「グレインのあのような姿、初めて見ました」

「でしょうね」


 俺は笑って答えた。

 牙竜将が人間の小娘一人に振り回されている様子は、さぞかし珍しい光景であろう。


「でも……悪くはありませんね」

「でしょう?  彼は今まで、良くも悪くも純粋すぎた。

 しかし、あの少女との出会いで変わるでしょう」


 俺とフィーリアは、グレインとキズナを見る。


 その姿は――紛れもない、親子のように見えた。





 それから一月が過ぎた頃。

 勇者が前線に現れたと言う報告が入った。


 グレインは即座に出撃した。彼にとってようやく満足できる戦場ということだ。

 この一か月、子育てという戦場でさぞや苦労しただろうグレインにとって、最高のタイミングなのかもしれない。


「……がんばって」


 キズナがグレインに言う。

 すっかり懐いている。


「うむ、必ず勝って来るからな」


 グレインはそう言い、無骨な大きな手で、キズナの頭を撫でる。


「……えへへ」


 キズナは嬉しそうに笑う

「セイジュ殿。全体の作戦指揮はお任せする、期待していますぞ」

「ええ、将軍」


 ……今やグレインは俺に対しても態度をすっかり変えていた。あれだけ見下していたものが、変われば変わるものだ。

 グレインが出陣し、俺たちも後を追う。

 俺は馬に乗りながら、思考していた。

 魔王軍は順調に進撃を続け、既にひとつ防壁都市を落としている。

 人間側の抵抗も激しいが、それでも防衛ラインを突破されつつある状況だ。


 そろそろ――だな。


 廃墟と化した街。魔王軍の進軍に、ひとつの影が立ちふさがった。


「将軍」

「うむ」


 その姿に、俺もグレインも覚えがある。


 異世界よりの転生勇者、タケル・イズクモだ。


「……久しいな、セイジュ」

「……ふん」


 タケルの言葉に、俺は嘲笑で返す。もはや奴とかわす言葉など、俺には無い。

 道はすでに別れたのだから。


「セイジュ! お前は――」

「くだらん」


 タケルの言葉を遮ったのは、グレインだった。


「貴様も戦士なら、言葉ではなく剣で語るがいい。

 あの時より強くなったのだろう? 小僧」


 グレインは巨大な大剣を構え、不敵に笑う。


「牙竜将軍グレイン・ドラヴァードだ。我が剣にてかかってこい」


 グレインはそう名乗ると、そのまま駆けた。


「ちぃっ!」


 舌打ちをしたタケルは、剣を構える。そしてグレインを迎え撃った。

 グレインは力押しの剣技を好む傾向にあるが、タケルは技巧派でありスピードで翻弄するタイプ。

 正反対と言ってもいい戦い方だが、グレインもタケルもお互いに一歩も引かない。互角の戦いを繰り広げていた。


「援護を!」

「いや――巻き込まれる。我々は退くぞ、将軍に任せる」


 俺は号令を出し、軍を下がらせる。この戦いに手を出せば、巻き添えを喰らう可能性がある。それだけの威力が、彼らの激突にはあった。


「くぅうう――はぁあああっ!」


 裂帛の気合と共に放たれたタケルの斬撃を、グレインは受け止める。その一撃だけで地面が陥没するほどの勢いだ。

 だがグレインは怯まず、大剣を振るい続ける。それは正に暴風の如き苛烈な攻撃だ。

 その猛攻を捌きながらも、タケルは隙を見つけては鋭い攻撃を繰り出していく。


「……さすがだな」


 俺は呟いた。

 あの二人が衝突した時点で、人間側には勝ち目はない。

 いかに優れた武器を持っていようと、身体能力が違いすぎる。単純な破壊力でいえば、魔族の中でも最強に近いグレインが負けることなどありえない。


 だが――


「!!!」


 唐突にそれは訪れた。


「うぇーん……」


 泣きながら歩いている、小さな子供。

 何故こんな所にいるのか。タケルの表情が固まる。

 だが――動きを止めたのは、タケルだけではなかった。



 グレインもだ。



 そして――その隙を逃さなかったのは、タケルのほうだった。

 彼は一気に距離を詰めると、グレインに突きを放つ。


 ――刹那、グレインの大剣が粉々に砕けた。


「ぬぉおお!」


 雄叫びを上げ、崩れ落ちそうになる身体を支える。彼は何とか体勢を持ち直し、そのままバックステップした。


「将軍!」

「だ、大丈夫だ」


 だが、その顔は――右目が大きく抉れていた。


 魔族の生命力だ。致命傷ではないが……それでも深手には変わりない。

 追撃が来るかと構えたが、タケルはその少年を抱きかかえ、距離を取る。


 その光景を見て、グレインが安堵の息を吐いたのを俺は見逃さなかった。

 かつての牙竜将軍なら、追撃の好機を逃す敵の甘さに怒りを覚えこそすれ……このように、見知らぬ人間の子供を巻き込まなかったことに安堵する事など、絶対にありえなかっただろう。


 ――潮時か。


「全軍、撤退するぞ!」


 俺は号令をかける。同時に転移術式を展開し、撤退の準備をする。

 この一か月で牙竜将軍をここまで育て上げたのだ。

 ここで台無しにするわけにはいかない。


「セイジュ――――!!!」


 タケルが俺の名を呼ぶ。

 一瞬迷ったが、俺はただ一瞥し、その場から立ち去った。



◇◇



 魔王城、謁見の間。

 魔王フォビアーガが君臨するその場所に、牙竜将軍が頭を垂れていた。

 その顔には包帯が巻かれている。


「表を上げよ」


 ヴェールの向こうから、威厳のある声が響く。

 グレインは顔を上げた。


「報告は聞いた。牙竜将軍グレイン・ドラヴァード。

 不覚を取ったな」

「……申し訳、ございません」


 将軍の顔に、苦渋の色が浮かぶ。魔王は続けた。


「余はその失敗を責めはせぬ。過ちは正し、次への糧とすればよい。

 ……違うか?」

「仰る通りにございます、魔王様」

「なれば。此度の敗因は何だ」

「……そ、それは……」


 グレインは言葉を詰まらせる。言えるはずがない。

 だが、魔王はそれすら楽しんでいるかのように、言う。


「ならば余が答えようか?

 ……あの小娘だな」

「……!!」

「貴様が戯れに拾い育てた人間の娘、そのペットに情が沸いた。

 そして、故に……勇者との戦いの時に、人間の子供がそこにいた事で、それを思い出し、迷いが生じた。

 違うか」

「……ち、違いませぬ」

「うむ」


 魔王は鷹揚に頷く。


「重ねて言う。余はそれを責めぬ。

 余とて、人間を拾い、重用しておるのだ。責める資格などあろうか」


 魔王は笑う。俺のことだ。

 その言葉に、グレインの身体のこわばりが緩む。


 ――だが。


「だが、過ちは正されねばならぬ。責任は問わねばならぬ。


 選べ、牙竜将軍グレイン・ドラヴァード。


 その娘の首か、貴様自身の首か。どちらかを余に捧げよ」


「……!!」


 魔王に情など無い。偉大にして寛容ではあるが、そこに暖かな情などないのだ。

 魔王は笑う。責任を取れ、と。


 その娘を殺せ、と。


 簡単な話だろう? と。


「……」


 グレインは黙る。

 地に伏せた顔の目を見開き、歯を食い縛る。

 本来なら、二択ですらない簡単なその問いに。

 グレイン・ドラヴァードは苦悩する。

 そしてその苦悩を魔王は楽しむ。この男の苦痛を。絶望を。屈辱を。そのすべてを愉悦に変える。


 やがて――グレインは決断する。

 彼は拳を強く握りしめ、言う。


「……魔王様、ひとつ――お尋ねしたい」

「何だ」

「選んだ命は、保証されるのでしょうか」

「ああ」


 そんなことか、と魔王は笑う。


「安心せよ。我が名において誓おう。

 生き残った方の命は保証する、と」

「重用は、なされるでしょうか」

「誓おうではないか、我が腹心よ」


 その魔王の言葉に、グレイン・ドラヴァードは。


「では――」


 そして、俺を見る。

 その視線には――頼んだ、という言葉が、意思が込められていた。


 そして。


「ぬんんんんんんんんんんんんんんんっ!!」


 魔王軍四天王が一、竜牙将軍グレイン・ドラヴァードは――剣を抜き、己の首を――刎ねた。



◇◇


 魔王の言葉通り、少女キズナの生命は保証された。

 だが、彼女は俺が預かる事となった。同じ人間だからという理由でだ。

 四天王の空席は、グレインの配下の誰かが収まる事になるだろう。

 だが、グレインほどの強さを持つものが早々いるはずもなく――しばらくはゴタゴタすることだろう。


「セイジュ様」


 ベッドの中で、フィーリアが言う。


「これで……よかったのでしょうか」

「……」


 俺は答えない。

 ただ、グレインに思いを馳せる。







 ――全てが、俺の計画通りだった。



 グレインがどちらを選ぼうともよかった。

 キズナを死なせた場合、グレインの心には、魔王への怒りと疑念の種が植え付けられ、それがいずれ爆発する。

 グレイン自身が死んだなら、厄介な邪魔者がひとり消える。

 どちらにせよ、俺の目的は達成される。またひとつ、最終目的へと近づく。



 そう――魔王軍の弱体化という、俺の計画。



 魔王軍は、強すぎた。

 俺たちがこの世界に呼ばれ、戦うと決めたが――敵である魔王軍は強すぎたのだ。

 何人が死んだ。何人の友が殺された。

 このままでは勝てない――俺はそう確信した。

 このままでは、俺の仲間は、俺の友は。

 魔王軍に皆殺しにされてしまう。

 転生してやっと出会えた、仲間たちが殺されてしまう。

 それは、嫌だった。


 だから――俺は一芝居を打った。


 追放されるように仕向け、魔王軍に拾われるように動いた。

 魔王軍の内部に入り、中から蝕み弱体化させる獅子身中の虫――トロイの木馬、それがこの俺。

 前世で詐欺師だった、篠崎晴寿の一世一代の大勝負だ。


 俺の行動は、その真意はタケルも知らない。あの真っすぐな馬鹿に知られてはならない。

 知られぬまま――俺は魔王軍を弱体化させ、そしてタケルたちによって倒させる。


 グレインは強大な戦士だった。弱点は無かった。

 無いなら――作ればいい。それだけだ。

 人間の街で奴隷を買い、言葉巧みに洗脳した。

 その上であの街に放ち、グレインに拾わせ、そして育てるように仕組んだ。

 結果は上々。

 情を知らない、戦一辺倒の単純な奴ほど、それを知った時の揺れ幅は大きい。まるで麻薬だ。

 隠して最強の四天王は情を知り弱くなった。

 あとは――粛清なり、裏切りの種となるなり、あるいはタケルに倒されるなり、どれでもよい。

 結果としては、最上と言っていいだろう。

 邪魔者は消えた。

 キズナもまだまだ便利に使えるだろう。


「セイジュ様――?」

「ああ、何でもない。なんでもないよ、愛しのフィーリア」

「……はい」


 そうして魔王の娘は安心した顔をする。

 ……俺もつくづく外道なものだ。

 だが、俺は結局の所、どこまで行っても――薄汚い詐欺師だということだ。生まれ変わったところで何も変わりはしない。

 良心に苛まされ、罪悪感に苦しむ資格すらない、ただのクズだ。

 ならば、クズならクズらしく――最悪にして最速の方法で、この世界を救う。

 この世界のためではない。

 この世界で出会った、友のために。

 そのためなら、この世界がどうなろうと知ったことではない。

 矛盾している? そうかもしれない。だが俺なんて所詮、そんな程度の男だ。

 きっと今度もろくな死に方はしないだろう。

 だがそれでいい。



「さあ――次は誰を罠にかけようか」

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