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ホラーにならない


 買い物帰りの車の中で爆睡したらしい。

 俺は気がつくとカスパーが用意してくれた自分の部屋で寝ていた。

 俺はよだれを拭いながら窓の外を見る。暗い。月が二つ浮かんでいて、夜なのがわかる。

 部屋を見ると、カスパーが買ってくれたものが部屋の隅においてあった。結局何を買ったのかよくわからないまま帰ってきてしまった。せっかく説明してくれると言っていたのに寝てしまった。また諸々説明してもらえるだけカスパーの時間がとれるだろうか。

 それにしても、だ。

 俺どうやってここまで来たんだろう。首を傾げた。

 カスパーが連れてきてくれたのだろうか。それとも見えない使用人か何かが運んでくれたのかな。カスパーは魔法で椅子が浮かせられるくらいだから俺のことも風船みたいに持ち運びできるのかもしれない。

 あれ、俺そういうのきかないんだっけ?

 色々とぼんやりしたまま考えていたら、ぐう、と腹が鳴った。めちゃめちゃ長い音だった。

「腹減ったな」

 俺は少しの間そのままぼんやりしていたが、よいしょとベッドから降りた。

 食堂に行ったらもしかしたら食事が残っているかもしれない。欠伸をしながら部屋を出ると、電気の消えた暗い長い廊下が続いているのが見えた。

 カスパーの屋敷、結構雰囲気があるのである。

 ここの世の中、モンスターが普通に市民権を得ているのなら幽霊とかゴーストとかそういうなんかこう、どう違うのかわからないがそういうものも、あのあの、いたら困る。すごく困る。困るが……。

 ぐう、と腹が鳴った。

 背に腹は代えられない。行こう。

 俺は月明かりでほどほど見える廊下に一人繰り出した。

 長い廊下をそろそろ進み、曲がり角からそっと向こうを覗き込む。

 まあ誰もいない。そうだろうとも。この屋敷には俺とカスパーしかいないのだ。今が一体何時なのかはよくわからないが、カスパーがウロウロしていなければ誰もいないだろう。そうに違いない。うんうん。

 ふと窓から外を見ると明かりが見えた。窓のガラス自体が歪んでいるため鮮明に見ることはできないが、人が明かりを持って歩いているような規模ではない。この屋敷より少し離れた場所に大きな建物が建っているようだ。

 明かりがついているということは誰か住んでいるんだろうか。カスパーはご近所付き合い苦手そうだけど大丈夫だろうか。

 俺はぼんやりそんなことを考えながらその明かりを眺めていた。

 はたと気がつく。

 窓ガラスに反射して自分の背後に何かが見えた。

 なにか。

 ――後ろに誰かがいる。

 いやいや、この屋敷には俺とカスパーしかいないのである。

 誰か、なんていうのはカスパーでしかありえないのに、何故か俺は後ろの人物がカスパーに思えなかった。

 カスパーだったら多分普通に声をかけてくるだろう。そういうやつだと思っている。変に茶目っ気を利かせて驚かせてくるようなやつではない。

 なのに後ろのやつはいつまでもいつまでも黙ったまま背後から俺を見下ろしている。

 じっと、何も言わず、何もせずに、そこにいるだけ。

 これは誰だ。

 振り返れないまま、勇気を出して少しずつ目線を上げる。歪んだガラスに映った不鮮明な影が見えた。

 顔も、眼も、何もわからない。

「――ルゥ」

 低い声が息をついた。

 それがただのため息のノイズだったのか、なにかの単語だったのかはよくわからない。

 ただなんだか、酷く不安になる吐息だった。

 俺は動けなかった。

 深く、深くため息をついて、それは頭を抱えるように顔に手をやる。

 そしてぶつぶつと何かを呟きながら、緩慢な動きで歩き出す。

 距離ができて、向こうへ行って、角を曲がって、完全にそれの気配が消えたあと、俺は後ろを振り向かないままそれが消えたのと反対の方向へ足を踏み出した。

 歩く。歩く。段々歩幅が大きくなり、速歩きが小走りになり、やがて全力ダッシュで廊下を走り抜ける。

 俺は目的地であるカスパーの部屋の前でスライディングでブレーキをかけると、おもいきりドアノブをひねった。

「カスパーーーーーーー!!!!!!!!」

 ドアは簡単に開いた。鍵がかかっていなかったのは意外だったが、これは都合がいいと部屋に雪崩れ込む。

「カスパーカスパーカスパーカスパーなんかなんかなんかでででででで」

 しかしカスパーのベッドはもぬけの殻だった。

「居ねえーーーーーー!!!!!!!!」

 俺は慌てて部屋を出るとパニックのまま無人のトイレのドアを叩きまくり、食堂の電気をつけ、鍵の開いている部屋を片っ端から開けて回る。

 しかしいない。

「うわあああああ!!!!! カスパーーーーーーー!!!!!」

 走り回っていると明かりが漏れている部屋を見つけた。書斎だ。

 俺はおもいきり書斎の扉を蹴り開けた。

「カスパうばぁ!?」

「うるせえ!!!!!!」

 不意打ちで顔面に何かを叩きつけられて盛大に転んだ。しかし叩きつけられた割に全然痛くない。どうやらクッションを投げつけられただけのようだ。

 首を振って改めて書斎机の方をみると、カスパーは席ついたまま頭を抱えて俺のことを睨みつけていた。

 ヤクザの白スーツとサングラスではなく、見慣れた白衣とメガネの前髪おばけだった。

 いた……。よかった……。

 俺は安心して少し泣いた。

 居てくれるならとてつもなく不機嫌だって全然平気だ。

「夜くらい静かにできねえのか!?」

「だだだだだだって、ゆゆゆゆゆ、ででででで」

「わからん。ちゃんと話せ」

 かくかくしかじか。

 さっきの幽霊のような変なものの説明をすると、カスパーは口を手のひらで押さえて考え込んでしまった。

「それ生きてたか?」

「わかるわけねえだろ!!!」

 生きてようが死んでようが両方怖いわ!!!!!

「……わかった。調べる」

 カスパーは深いため息をつくと、左手でメガネを外してから右手で目頭を揉んだ。お疲れのようだ。

「もしかしてここでずっと仕事してたのか?」

「そんなわけあるか。今は寝てた」

「ここで?」

「それが?」

 それはずっと仕事してたと言えるんじゃないだろうか。

 俺が微妙な顔をしていると、カスパーはメガネをかけなおしてゆっくり椅子から立ち上がった。足元がふらついているように見える。

「で、どこだって?」

「えーと、あっちなんだけど……うー……いや、それよりカスパーは部屋で寝たほうがいいんじゃ……」

 机の端には乾いたサンドイッチが手つかずで置いてあった。メシ食ってないんじゃないのかこいつ。俺もだけど。

「あー……」

 カスパーは少し考えると、どこかぼんやりとしたまま指に嵌った緑の宝石の指輪を見つめた。

「【索敵3/緑/1500】展開」

 カスパーがそんなことを唱えると、緑の指輪が光って風が吹いた。

 なんだろうと見ていると、しばらく窓から外を見ていたカスパーは「ん」と眠そうに呟いた。

「安心しろ、屋敷の中も庭も俺達以外に生きてるやつはいねえ。術で確認したから、寝ろ」

「死んでるやつならいるの!?!?」

「いるかもな」

「うそだろやめろよほんと勘弁してください」

「寝ろ」

 俺はカスパーに首根っこを掴まれて、抵抗虚しく引きずられる。「アー!」とか言って両手を振って暴れても簡単に俺の部屋に突っ込まれた。

 俺の部屋の扉を閉めて帰ろうとするカスパーと、させまいとする俺でしばしにらみ合う。

「もう一回言うぞ、寝ろ」

「カスパー、頼むから俺を書斎にいさせてくれ。この状態で部屋で一人で寝るとか無理だ。というかカスパーも寝てくれ。なんか仕事持って帰ってきた社畜感すごい」

「うるせえはっ倒すぞ」

「ねえほんとマジで頼みます無理です俺ホラー駄目なんだよ」

「知らねえよクソが寝ろ」

 すごく体重をかけて頑張る。平行線に見えたが、火事場のクソ力というやつか、いや多分俺が全体重で扉を押して開けているからか均衡が崩れた。少しずつ押して扉が開いていって、行けるのでは? と思い始めたあたりでカスパーが舌打ちした。

「【盾3/白/20】展開」

「ヴァッ」

 扉の隙間から眩しい白い光が見えて目潰しをされた。思わず扉から手を離してしまうと、思い切り扉を閉める音がする。

「あーーーーーー、うおおおお、目がああああ」

「……魔除けしといたから、とっとと寝ろクソガキ。扉開けたら解けるからな」

「うぐうう、くそお、ありがと……カスパーも寝ろ……」

「ん」

 扉の外でのそのそ足音が遠ざかる音がした。どうやらカスパーが書斎の方向へ戻っていったらしい。

 ……あいつ、タッパあるくせに毎日サンドイッチしか食べてないし、あんまり寝てなさそうだし、大丈夫なんだろうか。

 何度か瞬きをして目を開くと、目潰しの残像が残っているものの周りが見えるようになってきた。

 見ると壁と窓にきらきら白い光が砂糖をまぶしたように光っていた。なんだっけ、白の属性。光と聖だっけ。

 おばけに聖属性っていうのはこっちでも共通認識なんだなと感心する。

 しかし、である。

 ――本当に大丈夫かなあいつ。

 そこまで考えたとき、ぐう、とものすごく長い音が自分の腹から聞こえてきた。

 忘れていた。まだ何も食べてない。

 今扉を開けたらカスパーのおまじないが消える。

 外にまたあれがいるかもしれない。

 腹が減った。

 詰んだ。

 俺はその夜涙で枕を濡らしながら寝た。



 

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