Land of Confusion
(そう言えば今朝の新聞を読んだ?)
(危険は去ったって書いてあったよ)
西暦21××年
幾千もの悪夢が世界中の街を焼き尽くし、老若男女問わず尊い生命が失われた。
世界は相次ぐ核戦争により、かつて78億いた総人口は5億にまで減り人が住める地域もかつての30%にまで激減していた。
そこまで地球が荒廃して初めて人類は気づく。
「このままではいけない」と。
……否
ここまで地球が壊れても地上を支配する史上最も優秀なこの生命体は気づくことが出来なかった。
10度の核戦争により世界は散り散りになり、人類は西側のX連合国と東側のZ連邦の二極に大きく分かれた。
一方の陣営のリーダーであるX連合国第123代大統領ジョンは言わば平均的な男であった。
この乱れた世界で自分の国を守る術はただ一つ。大統領が核ボタンを常に携行する事だ。
今日も黒服の屈強な警備兵に核ミサイルのボタンを持たせて会議室へと到着した。
「おはようございます、大統領」
腰を折る側近の男にジョンはいつもの調子で挨拶を返す。
「ああ、おはよう」
「では本日の予定を……」
読み上げられる予定を聞きながらジョンは少し憂鬱そうな顔をして警備兵の1人の持つブリーフケースをコツコツと指で叩いた。
Z連邦のトップとの会談がこの後すぐに控えているのだ。
「……そうか今日はウルジとの会談だね
リモートばかりでなくたまにはうちにアメフトでも見に来ればいいのにね」
(※核ボタンを積んだブリーフケースの事を隠語でフットボールと呼ぶ)
側近は苦笑いで大統領に向かって両腕を広げる。
「はっはっ! 大統領のジョークは相変わらず笑えませんな!」
やがてリモート会議の用意が整うと鷲鼻の冷たい目をした男がPCの画面越しに挨拶してくる。
『こんにちは、ジョン。ご機嫌はいかがかな』
Z連邦のリーダーであるウルジにジョンは軽い調子で挨拶を返す。
「やあ、ウルジ。すこぶる絶好調だよ。君の顔を見たらまた血圧が跳ね上がりそうだがね」
ジョンの下手なジョークに部屋の空気が冷え、やがてこほん、と側近は大統領に謝罪を促す。
「……大統領」
バツが悪そうにジョンはしかめ面を浮かべるウルジに苦笑いを浮かべた。
「わかった、わかった。そんな顔するなよ。すまんなウルジ。君と私の仲だろう? くだらないジョークなんぞで気を悪くしないでくれ」
PCの先のウルジは冷たい調子で手元の文書を取り上げこちらを睨め付けた。
『ああ、相変わらずキレのいいジョークだ、ジョン。では安全保障の話から始めようか』
大きな戦争が終わろうと両陣営は終わりなき小競り合いを繰り返していたため、最近ではこうして月に何度もリモート会談を重ね安全保障を確認する必要があった。
X連合とZ連邦合わせて核兵器の保有数は10,000を超え人類は未だ滅亡の危機に瀕していた。
汚染された地球の生産効率は戦争以来ガタ落ちであり、減り続けているはずの人類にさえ食料は充分に行き届いていなかった。
今日も不満を持った民衆たちのデモ行進が街を賑やかす。
「ジョン大統領は退陣しろーー‼︎」
「弱腰大統領! お前は口だけだ!」
「この成り上がり野郎! 配給をもっとこちらに回しやがれ‼︎」
壊れかけたこの地球には仕事はなく食料もない。
不満の矛先は統治者や敵国へと向けられる。
毎日毎日同じことの繰り返しであるが、要は閉塞感と飢餓が民衆を凶暴化させていた。
容赦なく警備組織がゴム弾で凶暴化したデモ隊を撃ち追い回す。
大統領府で執務中のジョンはふと顔を上げ、銃声でやっと民衆の混沌に気づく。
「……なんだ? 騒がしいな、今日も奴らは騒いでるのか?」
「はい、特にスラム街の配給不足は深刻でして…… 先日も餓死者が前年の2倍を超えたところです」
側近の疲れた顔にジョンは肩をすくめしかめ面で笑った。
「そうは言っても私も私の家族だって贅沢をしているわけじゃない…… 配給だって精一杯回しているだろうが…… クソどもめ……! 暴れる元気はあるようじゃないか」
「大統領……」
ジョンは呆れる側近を無視してつまらなそうに頬杖をついて横にいる警備兵に命じた。
「構わん、武器を持っているようなら実弾を発砲してやれ。数が減れば奴らの言う問題も解決するだろう?」
「はあ…… 仰る通りですが……」
相次ぐ戦争により荒廃した社会は教育レベルも下がり、このような無能な男でも大統領になれるという有様であった。
「クソッ! クソッ……! どいつもこいつも俺をバカにしやがって……!」
その夜ジョンは悪夢を見た。
凶暴化した民衆がこちらに銃口を突きつけてくる。
再び始まる敵国との戦争。
戦闘機が撃ち合いを続け、兵士たちは血みどろの銃撃戦を続ける。
そして燃え盛る炎が国を焼き尽くした……
漠然とした悪夢であったが妙にリアルに感じたジョンは悲鳴と共に跳ね起きる。
「う、うぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁ‼︎」
「どうしましたか? 大統領! 大丈夫ですか⁈」
大統領の悲鳴に側近と警備兵が慌てて寝室に飛び込んできた。
寝汗を拭いながらジョンは2人の顔を見つめ今の妄想を悪夢だと認識し一息つく。
……全く嫌な夢だった
「ああ、心配をかけたね。済まない、悪夢を見たんだ。疲れてるようだ」
側近と警備兵は大統領の無事を確認し胸を撫で下ろす。
「そうですか、いやいや、それならよかった。今度休みをーーー」
言いかけて途中で固まる側近の様子を訝しみながらジョンはグラスの水を飲み干した。
「どうしたんだい? 今度は君が何に驚いてるんだ……?」
唖然とする側近の視線の先を辿ると今度はジョンの表情が固まり口をあんぐりと開ける。
いかにも間抜けな顔であるが、気にしている場合ではなかった。
「……お、おい」
「これは……」
核ボタンの赤いスイッチが大統領のベッドに転がっていたのだ。
ジョンは心理的不安により核ボタンを抱いて寝る、という悪癖を持っていた。
側近はいつになくジョンに食ってかかる。
「だ、だ、だ、大統領‼︎ あれほど核ボタンのスイッチを抱いて寝るな、と言ったでしょう⁈ ま、まさか寝ぼけてスイッチを押したなんてことは……!」
「ははは! 大袈裟だなぁ君は。そんな訳ないじゃないか。確かめてみよう」
冷や汗を拭いながらジョンは携帯電話を取り出し軍務省に問い合わせる。
「ああ、長官か? 私だ。やあ、今ちょっと間違えて核ボタンを押してしまったんだがまさか本気にとっていないよな? はっはっはっ…… ん⁈」
もちろん従来であれば間違えて核のスイッチを押しても軍務省の方でダブルチェックが入り間違えて発射されることはない。
しかし、ジョンの顔はますます青褪めていきやがて力なく肩を落とす。
焦れた側近は食い気味に大統領の肩を揺さぶった。
「だ、だ、だ、大統領⁉︎ どうなんですか? 核ミサイルは発射されたのですか⁈ 嫌ですよ? 大統領が寝ぼけて押した核スイッチで人類が滅ぶなんて笑い話にもなりゃしない‼︎」
「……残念ながら」
側近は必死で食い下がるが大統領のその表情はもはや絶望に満ちていた。
今度はグラスにウィスキーを手酌しながらジョンは虚空を見つめる。
「そのまさかだ」
ジョンはグラスを飲み干すと次々と手酌でウィスキーを注ぎ足していく。
「もうおしまいだ…… 軍務長官も敵襲と断じ慌てて核ミサイルの発射許可を出したらしい…… 後2、3分で核ミサイルはZ連邦に到達するよ……」
誰もが状況がうけいれられないのかしばらく沈黙が続く。
暫くするとわなわな、と肩を震わせ側近はグラスに酒を注ぎ続けるジョンに殴りかかる。
グラスは床に砕けジョンは頬を押さえて床に転がった。
「うわぁ‼︎ な、なにをするぅ⁉︎」
「くっそぉぉぉぉぉ‼︎ このクソ大統領がよぉ! テメェがアホすぎるせいで世界が滅びるとかほんと……」
「な、なんだよぉ! も
(そう言えば今朝の新聞を読んだ?)
(危険は去ったって書いてあったよ)