009 王女の笑顔
「あぁ? 見ない顔だな。どこのご令嬢だ?」
「あら? ご存じありませんか?」
アレクシアは目元を隠したまま、王家の紋章が入った腕輪が皆に見えるように扇子を口元に添えた。そしてその隣に近衛騎士の制服を見せびらかすようにマルクが控えていた。
金貸しの男はマルクとアレクシアを交互に見やり、理解したようだ。
「ま、まさか。王女……様?」
「ええ。第四地区商店街の視察に来ましたの。このお店は区画整理の対象外でしたが、古くて建物の強度も不安がありますわね。――それに、マルク」
「はい。先程小耳に挟みましたお話から、高利貸しと認識いたしました。違法ですので営業許可を取り消します。また、それに荷担していると思われます、そちらの男性の店舗も営業許可を取り消し、区画整理の対象に致しましょう」
「な、何だと! 私はこの地区の会長だぞ! 貴様、何処かで見た顔だと思えば、昨日ルゥナの店にいた男ではないかっ!? 言いがかりはっ――」
「か、会長っ。この方の制服をよくご覧になってください」
「こ、近衛騎士だとっ!?」
どうやら会長は頭に血が上って判断力が落ちているようだ。金貸しの男に言われてようやく気付いたようだ。
アレクシアは会長の反応を面白がりながら、マルクに尋ねた。
「あら。顔見知りでしたの? ですが、会長ともあろう方が、金を盾に少女を囲おうとしていたのですか? 私が目指す新しい第四地区商店街には貴方のような方は相応しくありませんわ」
「そ、それは誤解ですぞ!? 私はただの善意で」
「ただの善意なら。店を移転させるまでの間だけでも、ルゥナの保証人にでもなればよいではないかっ!」
青い顔でごねる会長にユーリが怒鳴ると、アレクシアはユーリを窘めるように声をかけた。
「まぁまぁ。そこの方、それは無理な話ですわ。こちらの方の営業許可は取り消しますから。区画整理の為の移転費用はお渡しできなくなりますし、違法であることが認められれば罪人になるのです。保証人なんてなれませんわ」
「お、お待ち下さい。私はただこの場に居合わせただけでっ」
「おいっ。会長さん。それは狡いぞ。雑貨店の娘が欲しいから、変な騎士が来たとしても、もっと利子を上げて返済できないように脅せって言ってきたじゃないか」
言い逃ればかりする会長に怒っていたのは金貸しの男も同じだった。ユーリが切れる前にそっちが声を上げ、醜いおじさん達の言い合いが始まった。
「な、何を言っているのだっ。私は何も知らん! 高利貸しをしている奴らの話なんぞ、誰が信じるか!?」
「はぁ!? 俺達だって客を見て商売しているんだ。金に困って藁にもすがろうとする奴にしか高利貸しはしていないんだっ。だから大抵バレない!」
「私にはバレているぞ! 何年会長をやっていると思っとるのだ! ずっと黙っていてやったのになんて奴だ!」
互いの罪を告白し合うおじさん達に周りはもう馬鹿らしくて聞いていられず、見かねたマルクが止めに入った。
「はいはい。面白そうな話だが、そろそろ口を慎め。アレクシア様の耳に入れるには汚すぎる。後は冷たい檻の中で騒ぐんだな。連れていけっ」
「ま、待て。私は関係ない。違うんだっ。私は会長だぞっ!?」
会長は近衛騎士に連れていかれ、その声は彼の背中が見えなくなっても聞こえ続けていた。
「嫌ですわね。ああいう方は……。汚れた第四地区が少しだけ綺麗になったかしら」
「あの……」
「お礼はいらないわよ。私は視察でゴミを見つけて排除しただけですから。ごきげんよう」
アレクシアはベールを上げ、優美な笑顔を向けると、マルクに目配せをして踵を返した。
「あ。こちらのお金は返済金としてこちらが引き受けよう。不正な返済分が確認されたら返還されるが、まぁ、ないかな。じゃ、また」
マルクはユーリから金貨を受け取ると、アレクシアの後を追い、視察へと戻っていった。
「ユーリ。今度は私達の番ね」
「はい。ですが……。もしかしたら全て知っていたのではないですかね」
「へ?」
「違法な事をしていることや、会長が繋がっている事とか」
「それは……」
「まぁ。結果は結果ですから。私達もやりきりましょうか」
「そうね。今度は私達が変態王子からアレクシア様を解放しましょう」
その後の調べによると、会長は金貸屋と繋がっていた為、所持していた店舗は全て区画整理の対象にされることが決まり、営業許可の取り消しと罰金刑、そして王都からの追放が決まったそうだ。
そしてそれから二週間かけて、ルゥナはアレクシアの元で替え玉教育を受け、ユーリは近衛騎士養成所で秘密の強化訓練を受け、ロンバルトへ向かう準備を整えた。
◇◇
二週間後――。
「お迎えに上がりました。アレクシア様。――すごいな。完璧だ」
振り返ったルゥナにマルクは感嘆の声をあげた。
二週間かけて磨き上げた艶やかな銀髪と真珠のような白い肌、そして右腕の王家の証。彼女を見たものは、誰もが高貴な存在であると認識するだろう。魔法で姿を惑わす事などしなくても、ルゥナは完璧なまでに王女の装いをしていた。
「マルク。何を言っているのかしら?」
「いえ。ロンバルトへ向け、馬車の用意が出来ております。――ユーリ」
マルクに呼ばれ、ユーリがルゥナの前へと現れた。
互いに顔を会わすのは二週間ぶり。ユーリは相変わらずの男装姿であるが、黒髪をより短く整え、近衛騎士の制服を着こなしていた。
「今日から側に仕えさせていただきます。ユーリです。アレクシア様は私が命に変えてもお守り致します」
「はい。頼りにしています。ユーリ」
ルゥナは二週間で叩き込まれた優美な王女の笑顔でユーリに応えた。
ここまでが第一章です。
第二章以降は、土日祝で引き続き投稿します(*^_^*)
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