008 下品な笑い声
「アレクシア様!?」
「ふふっ。開発予定の第四地区の視察に参りましたのよ。偶然通りかかっただけですわ」
アレクシアは「偶然」という言葉を強調して言った。アレクシアとの関係は口外無用。こうして出会っても関係を悟られないようにしろ、という意味だろう。
マルクはルゥナの顔を見て頷くと、ユーリに布袋を手渡した。
「まぁ、そう言うことだ。これで早く借金を返してこい。それから、視察を終えてからまた迎えに来る。詳しい話をしていかなければならないからな」
「はい。分かりました」
◇◇
ルゥナとユーリは金貨五百枚を背負ってお金を借りている宝石商を訪ねた。第四地区では一番羽振りが良いと言われている割に、店構えが小さく陰気な店だ。
「すみません。パストゥール雑貨店のルゥナです。お借りしていたお金を返しに来たのですが……。か、会長さん?」
「る、ルゥナ!?」
店の中には店員と小声で話し合いをしていた会長がいた。会長はルゥナと目が合うと何故か動揺している。
見るからに怪しい態度に、ユーリはルゥナを隠すように前へ出ると、金貸し屋の男は来店を歓迎してくれた。
「おお。いらっしゃい。丁度、会長さんとルゥナの借金について話していたんだ」
「ああ。偶然だな。驚いたよ」
「そうだったのですね。実は、お店が無くなると分かって、在庫もまとめて全て常連客の方々が買い取ってくださって、まとまったお金ができたんです。ですから、会長さんとのお話はご遠慮させていただきます」
会長はルゥナの言葉を信じていない様子であったが、ユーリが付き出した布袋を見ると目を丸くして驚き声を荒らげた。
「な、何だとっ!? まさか、昨日の騎士が金を用意したのか? それは狡い。私の方が先にルゥナへ話を持ちかけたのに」
「会長さん。順番なんて関係ありませんし。ルゥナにだって選ぶ権利があります」
ユーリは会長の言葉に失望したのか、喧嘩腰で言い返した。ルゥナとしては、同じ王都で店を出す者同士、なるべく穏便に済ませたいのに。
「ユーリ。会長さんはお店を心配して訪ねてきてくださっただけなのですから、そんな責めるようなことは言わないでください。そうですよね。会長さん」
「そ、そうだ。私はただの善意で……」
「ほぅ。ルゥナを娶ろうなどと下心は無かったと?」
「それは別の話だ。単に行き場を失うであろうルゥナを、私の側に置いてやろうと、一番良い立場を与えてやろうとしただけだ」
「……それを下心と言うのだっ。この下衆がっ」
「ゆ、ユーリっ! 喧嘩をしに来たのではありません。会長さん。申し訳ありません。お店のことなど色々あって気が立っているだけなんです」
「ふん。そいつは昔から好かん。今更何を言われようと知ったことか」
何故、ルゥナが喧嘩の仲裁をしているのだろう。
もう早くお金を返してこの場から去りたい。
ルゥナはユーリ持つ布袋を手で指し示した。
「あの。借りていた金貨五百枚です」
「えっ!? そんなに在庫があったのか?」
「少し色をつけてお買い上げくださいました。これで完済ですよね?」
そんなに在庫があるはずはないけれど、魔法道具で高価なものがあったと言えば誤魔化せるだろう。
金貸しの男は会長と一緒に金貨を数えると、満足そうにカウンターの上に積まれた金貨を見つめた。
「ほぉ。本当に金貨五百枚だ。だけどなぁ、これで完済ではないんだよな。金貸しには利子ってもんが付くんだ。利子の分、あと金貨二百枚。払って貰わなくちゃいけない」
「な、何だと!? 今までそんな事を言ってきたことなど無かったではないか!」
ユーリが訴えると、金貸し屋の男と会長は顔を見合わせてせせら笑った。
「そっちが勘違いしていただけだろ? 借用書にも書いてあるし、これが普通なんだよ。ですよね。会長さん」
「ああ。ルゥナ。残念だったな。良かったら残りは私が出してやってもいいぞ。ただ、その場合は私の所で働いてもらおう。区画整理で店を沢山手放すことになって、従業員を大量に解雇したのだが、その反発で店に残そうと思っていた者まで沢山辞めてしまってね。人手不足なのだよ。給金も出すし、住むところも用意してやるぞ」
「貴様っ。下心が見え見えだぞ!? それは結局ルゥナを囲おうとしているのだろう? 気色悪い」
「何だと!」
また喧嘩が始まった。そろそろユーリが武力行使に訴えるのではないかと、ルゥナは内心ハラハラしていた。
追加で金貨二百枚も払えなんて、恐らく違法だ。取り敢えず払う素振りだけ見せて一旦帰ってマルクに相談すべきだ。
「ユーリ。すぐに喧嘩腰にならないでください。あの、手元にまだお金がありますので、それを元に店を再開しようと考えています。早くても開店は二ヶ月後くらいになると思いますが、今まで通り、月に金貨二枚を返済すれば良いですか?」
「まぁ。それなら……いやいや。駄目だ」
「な、何故ですか?」
金貸しの男は会長と目が合うと急に意見を覆し、ルゥナが尋ねると会長がそれに答えた。
「可哀想に。ルゥナは分からないのだね。もしその間にルゥナが逃げ出さないとも限らないだろう? 住む家が定まらない者に、金は貸せないのだ」
「そうだ。次の店が決まるまでなんて信じられん。あの店を離れる日が返済期限だ。その日までに揃えられなければ――後の処遇は会長さんに任せよう。この地区の会長だから信頼もあるしな」
「おお。そうかそうか。何処かで強制労働させられるよりは寛大な措置ではないか。ルゥナは私が面倒を見てやろう! はっはっはっはっはっ!」
会長の下品な笑い声が店内に響くと、ユーリが腰の剣に手を添えた。ルゥナはユーリを止めようと声を発しようとした時、よく通る少女の声に遮られた。
「あらあら。とても楽しそうな笑い声が聞こえましたけれど、何のお話ですか?」