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012 港

 ルナステラの王都と同じくらいの領土を持つヴェルナーの実家は、島の半分以上が森に覆われ、緑豊かなところだった。十年ほど前に中央の山が噴火し、街に甚大な被害が出たそうだが、今はそんな事を感じさせないほど街は活気に満ちている。

 暖かな潮風が吹く港は、本土よりも大きく開かれ、他国の船が何艘も停留し建物がいくつも見えてきた。


 船が島のヘ近づくにつれ、知らない建物がちらほらと見え、ヴェルナーは驚いていた。仕送りと手紙のやり取りしかしてこなかったヴェルナーは、島の発展を知らなかったそうだ。

 上陸してすぐ、ヴェルナーは島の人々に歓迎され囲まれていた。ここまで船を出してくれた定期便の船長さんの話だと、ヴェルナーがベネディッドの元で稼いだ資金で商売が軌道に乗り、街が大きくなったそうだ。


「ヴェルナーのご両親が領主の島なだけあって、治安も良さそうですし良いところですね」

「そうね。島の人はみんな、ヴェルナーの家族みたいね」


 ヴェルナーに最初に抱きついていた彼と同い年くらいの青年は、船から降りたルゥナに気がつくと笑顔でこちらへ近寄ってきた。コック服を着た青年で、右足が不自由な様子で引きずって歩いている。


「いやぁ。まさかヴェルナーが女性を二人もはべらせて帰ってくるなんてなぁ! 俺はジョス。ヴェルナーの幼馴染なんだ!」


 ルゥナとユーリに順に握手を求め、ジョスは気さくな笑顔を向ける。王妃との間で幼馴染を失ったと聞いていたけれど、ジョスの様な存在が故郷にいる事に安心していると、ヴェルナーがジョスを紹介してくれた。


「ジョス。こちらは取引相手の方達だ。馴れ馴れしくするな。それで――ルゥナ。これに手を合わせに来たのだろう? 好きなだけするといい」

「はい?」

「こいつが俺の幼馴染だ」

「なんだよ。俺の話をしていたのか? どんな話だ?」


 幼馴染みを失ったと聞いていたが、命まで失ったとは聞いていなかったかもしれない。ということは、ルゥナはジョスを拝みに来た事になるのだろうか。

 混乱するルゥナを尻目に、ヴェルナーは手を合わせてジョスに祈りを捧げてみせた。


「え。何だよそれ。死んだことにするなよぉ。この薄情者が」

「は、薄情者ではありません。私が勘違いしていただけです。ヴェルナーは貴方の為に、王妃様を……」

「王妃? あー。そっか。急に帰るって知らせが来たから何かと思ったら、俺の分もカタを付けてきてくれたって事か。ありがとうな」


 ジョスの笑顔に、ヴェルナーは微かに頬を緩めていた。



 ◇◇


それから数カ月後。

 ルゥナは港を見下ろせる小高い丘の上にある小さな雑貨店の裏庭にいた。朝から慌ただしく、モッキュとジョスと一緒に薬草を採取している。ヴェルナーに取り次いでもらい、船員達に薬を売ったところ、とても気に入ってもらえた。その噂は商人にも伝わり、薬草畑は日毎にその面積を広げている。


 ルナステラで店を営んでいた時より、毎日沢山の薬草を収穫しなければならなくなり、モッキュに負担をかけているのではないかと心配したこともあったが、物知りな商人から買った精霊の本によると、モッキュの力はルゥナの魔力に依存しているらしく、魔法を使えば使うほど、ルゥナの魔力がモッキュに通い活力が増すそうなので、薬草を毎日量産している。何となく、モッキュの毛色に艶が増した気がする。


『モッキュン!』

「お疲れ様、モッキュ。ジョスさん、毎朝ありがとうございます」


 パン屋を営むジョスは、ルゥナの薬草の効能がいかに有益か広める為に試行錯誤を重ね、朝採り薬草のロールパンという大人気商品を開発してくれた。

 島外の商人や観光客、それから船乗りや子供達には、ジョス特製モッキュの形をした森の妖精の薬草クッキーが人気である。ジョスにはモッキュが見えない為、クッキーの形はヴェルナーが決めたそうだ。


「やっぱり薬草は朝採りに限るな。でもいいのか? こんなに安く俺に売って」

「いいんです。ジョスさんは日頃からお世話になっていますから。それに、沢山の人に喜んでもらえた方が、モッキュも嬉しいっていってますし、こんなに素敵なお店を建ててもらえたのも、ジョスさんのお陰でもありますから」


 このお店は島の大工達が、日頃の礼と歓迎の証として格安で建ててくれた物だ。これはジョスが作ったパンやクッキーが人気になり、他国のお客さんや取引先が増えたことのお礼でもある。


「そっか。さすが未来のイベール伯爵夫人。器がでかいな!」

「な、何を言っているんですか!?」

「ヴェルナーと結婚するんだろ? イベール伯爵夫人が、ルゥナちゃんは私の娘だからちょっかい出すなって、領民みんなに言ってるんだからな」

「それは、私の両親とヴェルナーのご両親が知り合いだったからです」


 ヴェルナーのご両親のイベール伯爵夫妻は、ルゥナの両親と交易をしていたそうで、ルゥナの名を聞くと、パストゥール夫人そっくりだといい、本当の娘のように可愛がってくれている。


「へぇ~。まぁ、そういう事でもいいけど――。あっ。ユーリさん! おはようございます」

 

 窓から顔を出したユーリにジョスはいち早く反応し、ユーリは毎朝のことなので驚くこともなく仏頂面で言葉を返した。


「おはようございます。ルゥナ。朝食できましたよ」

「はい! 俺も持参しておりますので、ご一緒いたします!」

「またですか?」


 ユーリが眉をひそめると、ジョスは背負っていたリュック鞄から紙袋を取り出した。それと同時に甘くて香ばしいパンの香りが鼻を掠める。


「甘く煮詰めた小豆で餡を作りパンに挟んで焼いてみたのですが。是非、お二人のご感想を頂戴したく」

「それは……仕方ないですね。よかったらご一緒にどうぞ」

「はい!」


 ジョスはいつも、ユーリの前だと笑顔全開で甘いパンを猛アピールし始める。ヴェルナーから聞いた話によると、ユーリの包丁さばきを見て一目惚れしたらしい。そんなジョスの気持ちを知らないのは恐らくユーリだけだろう。

 ユーリの甘い菓子好きの情報はヴェルナーから仕入れたらしく、毎日ルゥナも日替わりパンのおこぼれをいただいている。甘い物の話となると、ユーリが女の子みたいな顔になるので、ルゥナにとっても新鮮で、ジョスの事を密かに応援していた。


 それから、朝食を食べ終える頃、いつも訪ねてくる人がいる。



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― 新着の感想 ―
[一言] スローライフ満喫中!ってトコですね! ヴェルナーの両親がルゥナこ両親と知り合いとは… 世間は狭いねぇ…(笑)
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