003 ルゥナとして
「しかし、本当はルゥナと言うのか。良い名前だな」
満面の笑みを浮かべ頷くベネディッドをルゥナ越しに見たユーリは、自身の方へとルゥナを引き寄せベネディッドを睨み返した。
「ベネディッド様。ルゥナに近寄らないでください。名実共に、ルゥナは貴方の婚約者ではないのですから」
「おい。ユーリ。騙されていたのを笑顔で許した優しい王子に向かってそれはなかろう。アレクシアが偽物だったとして、私達を欺いた罪でルゥナを牢獄に入れる事だってできるのだぞ。そうだ、牢獄なら安全だな。レオナルドの陰謀を阻止出来るし、ロンバルト王家を欺いた罪をルナステラに突きつけることも出来るな!」
ベネディッドの言う通りだ。ルゥナは罰せられてもおかしくないのだから、その方法でレオナルドを罰してもらい、アレクシアを助けてもらえればいいのかも知れない。でも、そうしたらアレクシアも罪に問われる事になり、アレクシアの願いは叶えられなくなってしまう。
「……ベネディッド様。それ最低ですね。彼女の今までの苦労が水の泡になるだけではなく、罪人にすると言うことですよ」
ヴェルナーが冷ややかな言葉をベネディッドに浴びせると、ベネディッドは気まずそうに目を細めてヴェルナーを見据えた。
「ヴェルナー。そんな目で見るな。ユーリが余りにも冷たい目で私を見るから、言ってみたくなっただけだ。もう少しスマートな作戦を考えておくよ。……私は、本物のアレクシアにも感謝している。ルゥナと出会わせてくれたのだからな。それに、ルゥナへ此度の件の礼ができると思うと嬉しいのだ。だから、私に任せておけ」
「あの。ひとつよろしいですか? ルゥナの腕の王家の証は、アレクシア様にしか外せません。ですから、アレクシア様とお会いになられるまでは、戻ることなど出来ません。そして、その証をつけている限り、ルナステラの王族から逃れることは出来ないのです」
「成程。では、その証を付けた者の生死も、レオナルドには分かるのか?」
「……そうですね。そうかもしれません」
スーザンは暗い顔で俯くが、ベネディッドは余裕の笑みを浮かべていた。
「そうか。色々と状況は分かった。私がルゥナの為に何とかしよう!――それよりルゥナ。君はいつまでアレクシアを演じるのだ?」
「えっ?」
「終わったらルゥナに戻るのだろう? そうしたら――。何でもない。今の君は、まだルナステラの王族の証をつけているからな。ルゥナに戻ってからにしよう。よし、今日は解散だ。明日の為に早く休もう」
◇◇
ルゥナはベッドに潜り込み、腕に嵌めた王家の証に触れた。アレクシアの無事を祈りながら腕輪をなぞると、ユーリの手がそれに添えられた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう。ユーリ。……アレクシアは大丈夫かしら」
ユーリはルゥナを心配し、寝るまで側にいてくれると言ってくれて、隣に横になっている。
「スーザンがああ言っていましたし、信じましょう。私達にはそれぐらいのことしか出来ませんから。――明日は、マルク様がいらっしゃるのですよね。彼がルゥナの命を狙おうとするとは思えませんが、アレクシア様を人質に取られたとなれば、敵になる可能性は多分にあります。結果として、替え玉がバレて良かったのかもしれませんね」
「そうね。ベネディッド様とヴェルナーが味方についてくれたから、何とかなるかもしれないって思えたわ」
「はい。ベネディッド様が協力してくださるなら、何とかなる気がします」
天井を仰ぎ、ユーリはルゥナの言葉に同意して頷いている。
「あら。ユーリがベネディッド様の事を認めるような事を言うなんて、意外だわ」
「ルゥナは見ていなかったでしょうけれど、湖の植物を引き裂いた時のベネディッド様はすごかったのですよ。恐らく、ヴェルナーよりも、そして黒騎士マルク様よりもベネディッド様は強いでしょう」
「そうなの? 全く強そうには見えないのに」
しかし、湖の中で強い魔力を感じたことを思い出した。普段は全くそんな素振りはないけれど、あの魔剣を手にした時も、ドラゴンを倒したのだから剣の実力は確かなのだろう。
「はい。それに、ルナステラよりもロンバルドの方が財力も軍事力も上だと思いますので、もしもアレクシア様のお兄様と交渉しなければならない時にも力になってくださるでしょう。ですが……」
「何か気になることがあるの?」
「ベネディッド様は、ルゥナに求婚しそうな勢いでしたよね。全く、こんな時に……。ルゥナの立場を考えれば、そんな事は無理だって分かるでしょうに」
「きっと、私やユーリが気を遣わないように振る舞って下さっているのだと思うわ」
ロンバルトの王族を欺いていたルゥナに求婚なんて有り得ない。それに、アレクシアとして接して来たが、ルゥナに戻った時、目の前にベネディッドがいることすら想像できない。
「だといいのですが。……やっとロンバルトの事が解決して、後は帰ってルゥナと一番街でお店を開くことを考えていたんですけど、そう簡単にはいきませんね」
「あ。その事なんだけれど。一番街のお話は、辞退しようと思っていたの。やっぱり、誰かを騙して得た報酬って虚しいなって。だから、どこかで職を見つけて、お金を貯めてから、自分のお店を持ちたいなって思っているの。ユーリには申し訳ないけれど……」
ユーリは一瞬だけ驚いた顔をした後、フット微笑んだ。
「いいと思いますよ。私も、ロンバルドでもルナステラでもない国で、ルゥナが先ほど言っていたように、何かの職についてお金を貯めて新しい店の資金を貯めて、二人でのんびり暮らしたいです」
「ありがとう。でもその前に、アレクシア様を」
「アレクシア様もですが、絶対に自分の身の安全を最優先で考えて行動してくださいね。狙われているのは、ルゥナなのですから」
ユーリの言う通り、今度はアレクシアとして狙われるのではない。ルゥナ=パストゥールとして狙われているのだと、その言葉で改めて実感させられた。




