010 存在できる場所
王妃は、第一王子宮の塔へと連れて行かれた。
そこに軟禁されるそうだ。
ロンバルト王は暫くベネディッドを抱きしめた後、一人で考えたいことがあると言い残し城へと戻って行った。
第一王子の指示で王妃の城は全て調べられ、今までしてきたことを自白させ、罪を償わせていくそうだ。
ジェラルドの言葉に、ベネディッドはため息まじりに呟いた。
「反省したなら別にいいんだけど?」
「お前は馬鹿か。人はすぐには変わらない。謝罪なんて口先だけでも出来るのだぞ。今まで何度も殺されかけているというのに。あの女は父上に自分がどう見られているかしか考えていないのだから」
ベネディッド以上に、ジェラルドも王妃に悩まされ続けて来たのだろう。呆れた様子でジェラルドは言葉を発していた。
「そうかな。泣いて謝ってくれていたぞ。私に」
「はぁ。涙の理由は反省とは限らない。お前は本当に母親そっくりだな。優しいというか、誰でも信じ過ぎだ」
「他人は信じないし距離を取っているつもりだげど……。アレクシアにも似たような事を言われました」
ジェラルドは深いため息をつくと、ルゥナへと目を向けた。
「アレクシア。解毒薬の件の礼を言わせてくれ。それから、君のお陰でベネディッドがやっと現実と向き合う気になったと思ったのだが、まだ足りないらしい。これからもベネディッドを矯正してやってくれ」
「身に余るお言葉です。ですが――」
「あ。その先は聞きたくない。アレクシア、君の為にも悪いことは悪いと言うよ。だから安心して嫁いでおいで!」
ベネディッドの言葉にジェラルドは眉間にシワを寄せ、ルゥナとベネディッドを交互に見比べた。
「なにを馬鹿なことを言っているのだ? もしや、会食の時にあの話をしたのは――」
「さすが兄上。お察しの通りフラれそうなんです」
ベネディッドが肩を落とすと、ジェラルドは顔を引きつらせたままルゥナへ救いを求めるような目を向けたが、ルゥナは視線を落とし目線を逸らした。見つめられても困る。ルゥナがこれ以上ベネディッドにしてやれることは無いのだから。
「……王族同士の政略結婚。普通に考えて、破棄などできるはずがないが。――色々と事情があるのだな。元々この縁談は王妃が推していた話だった。君は王妃の手駒になると思われ呼ばれたのかもしれないな。しかし、王妃に加担せず、正攻法で攻めようとした事は評価に値する。手放すのは惜しいが、せめて、私からは何も言わないことにする。ではまだ後処理が残っているから失礼するよ」
ジェラルドはベネディッドの肩を軽く叩くと城の方へ戻って行った。
ベネディッドはその背中を見送ると、クルっとルゥナへと振り返り真剣な眼差しを向ける。
「アレクシア。夕食の時に返事を聞かせてくれ。今日一日私と過ごして、気持ちが変わったかもし――」
「いいえ。夕食ではなく今、返事をさせていただきます」
「……夕食の時じゃ」
「ベネディッド様。気持ちは変わりません。私は婚約を破棄する為に、ここへ参りました。約束したのです。国で待つあの方と……」
ルゥナはアレクシアと約束したのだ。
それに、これ以上ベネディッドに期待させては申し訳ない。
「……分かった。じゃあ、せめて国まで送らせておくれ。ルナステラ国王に挨拶せねば。そうだな。アレクシアとは伴侶ではなく商いのパートナーにしたいと伝えよう。よく効く回復薬があるのだろう? アレクシアがいなければルナステラと交易はしない。それに、私からの婚約破棄だから慰謝料を持っていかなくては。ほら、アイツも連れてさ」
ベネディッドはお縄にかかったビリーへと視線を伸ばした。
ルナステラに、アレクシアの存在できる場所を作ろうとしてくれているのだろう。
前々から考えていてくれたように、いくつも提案してくれた。
「ありがとうございます。ベネディッド様」
「いいのだ。ヴェルナー、そいつはどうするのだ?」
「出立まで、また投獄しておきます」
「そうか。その前に、ちょっといいか?」
ベネディッドは腰の魔剣を引き抜きビリーへと向けると、ヴェルナーにビリーを後ろへ向かせるように指示を出し彼の指に嵌められた真実の指輪に魔剣を向けた。
「それ。あまり良い気配がしないな」
「ひぇっ!?」
「これは、ルナステラの魔法道具のひとつで、真実の指輪と言うものですよ」
「真実の指輪か。確かにそうだな。しかし――」
ベネディッドは魔剣を振り下ろし指輪を破壊した。ビリーは一瞬ビクッと体を震わせると、意識を失いその場に崩れ落ちる。
「なぜ壊したのですか?」
「これは、相手の心を読む指輪だ。これを作った魔導師に心を読まれ、口は己の意志には従わず、その魔導師の意思によって語らせられるのだ」
「それって、つまりは真実を語らせるということになるのではないですか?」
「どうかな? 魔導師の意のままに嘘をつかせることも出来るからな。他から見れば、本心か嘘か区別はつかない。これを作った魔導師は、信頼における人間か?」
「はい。信頼できる方です。ですが、私は道具の利用方法を正しく理解しておりませんでした」
これはアレクシアが作った物だから信頼できる。ベネディッドが険しい顔つきで指輪を破壊したので驚いたが、ルゥナはホッと息を吐いた。
安心した様子のルゥナを見ると、ベネディッドはルゥナの顔を覗き込む様にして尋ねた。
「そうか。私なら色々と詳しいぞ! この国には色々な――」
「ベネディッド様。往生際が悪いですよ」
「はいはい。分かっているよ」
ヴェルナーに止められ、ベネディッドは気怠そうに彼に睨み返していた。




