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009 最後の茶会

 カップに紅茶が注がれ、ルゥナとベネディッドの前に置かれた。この中に毒が入っているのだと思うと、自然と血の気が引いていく。

 青い顔のルゥナを見て、王妃は微笑んだ。


「アレクシア。大丈夫? 貴女を襲った男が牢から逃げたと聞いたわ。恐ろしいわ。ベネディッド。警護兵は何をしているのかしら?」

「申し訳ございません。アレクシアの事は私が守りますので、ご安心ください。あ、今日のお茶は香りがいいですね。アレクシアの為に良いお茶を選ばれたのですね。いただきます」


 ベネディッドは朗らかにそう言い、早速お茶へ手を伸ばした。解毒薬を飲んでいるとはいえ、その潔さにルゥナは更に顔を青くさせ、王妃は満面の笑みを溢していた。

 ルゥナの不安気な顔が、王妃の自信を助長している事は、ルゥナ本人は気づいていないが、ベネディッドは分かっていた。


「アレクシア。顔色が悪いぞ。まさか、毒でも入っているとでも?」

「へっ!? そ、そんな事は……」

「まぁ。怯えさせて可哀想に……。ベネディッド。その笑顔はいつまで続くかしら? 今日は開放的な場所で、お客様もいらして。――何が起こるか分からないのよ?」

「そうですね。何があるか……っ」


 数秒前まで笑顔だったベネディッドは急に言葉を詰まらせ顔を歪ませると、胸元を抑えて踞った。


「べ、ベネディッド様っ!?」

「た、大変っ。アレクシアを狙った刺客が毒を盛っていたのね!? ――なんて驚いてみたり。ふふっ。本当に扱いやすい子。私が出す物なら何でも召し上がるのよね。やっと今日で最後の茶会になるわね。あの女狐の遺言なんて守るからよ。馬鹿な子ね」

「遺言?」

「そうよ。私を本物の母と思え、ですって。陛下の心を奪い、邪魔な子を置いて。最低の母親よ。……でも、貴方には違うのでしょう? だから、私が貴方を母親の元へ送り届けてあげるわ」


 王妃は苦しみテーブルに伏せるベネディッドに冷たく言葉を浴びせた。遺言のことを知った上で、王妃はベネディッドへ毒を持っていたと知り、ルゥナは益々王妃への忌避感を強めた時、屋敷の方から男性の声を発した。


「それは、どういう意味だ?」

「へ、陛下。なぜここに……」


 庭の薔薇のアーチから、ロンバルト王が現れ、その後ろにはジェラルドも控えている。

 ロンバルド王は戸惑いながらも王妃に尋ねた。


「王妃が呼んだのだろう? 先日の会食でアレクシアに不快な話をしてしまったからと、ジェラルドがアレクシアと茶会で話す機会を設けたのだと……。べ、ベネディッドは、どうしたのだ!?」

「父上。えっと……」


 蹲り顔を上げるタイミングを逸していたベネディッドに気付き、慌てて手を差し伸べたロンバルト王に、ベネディッドは気まずそうに笑顔を向けた。

 やはり苦しむ芝居をしていたようだ。

 王妃は苦笑いのベネディッドを見て顔を青くさせていた。


「ど、どうして? 今、毒を飲んだじゃない!?」

「ど、毒だと!」


 驚いたロンバルト王が、ベネディッドの視線の先にあるカップへ手を掛けようとすると、王妃は声を荒らげた。


「触れてはなりませんっ。それはっ――あ、アレクシアの命を狙う不届き者が毒を……」


「それはこの男のことですか?」


 付け焼き刃な言葉で取り繕う王妃に答えたのは、縄で縛り上げたビリーを従えたヴェルナーだった。

ビリーは皆の視線を浴びると、半泣きで弁解を始める。


「俺は何もしていませんっ。釈放するって言われて金を渡されて街に放り出されて、自由になれたんだって喜んでたら――」

「街の宿で呑気に朝食を食べているところを、私が捕縛しました。ですから、彼は私とずっと一緒にいたことになります。毒を盛る時間はないかと」

「なにが毒だ。ベネディッドを見よ。元気ではないか。それに、王妃の居城は警備も厳重だ。毒など漏れるはずがない! 王妃よ。案ずるでないぞ。見ておれ。毒などない」


 ロンバルト王は、もう一度カップへ手を伸ばした。そしてベネディッドの飲みかけのカップを手に取り、口元に運ぼうとした時――王妃の叫び声が響いた。


「陛下っ!? 飲んではなりませんっ」


 その声と同時にベネディッドがロンバルト王からカップを奪い進言した。


「父上。私は解毒薬を飲んでおりますので無事ですが、恐らく飲んだら死にます」

「なにっ……。またそんな冗談を……。違うのか? では、先程の王妃の言葉は――」


 ロンバルト王が哀しげな瞳を王妃へと向けると、ジェラルドが王妃へと歩み寄った。


「母上。もうおやめください。母上が作らせていた毒はすべて回収しました。このような事をしても、私も父上も悲しいだけです」

「私は、ジェラルドの地位を確立する為に……」 

「それは違います。私の為ではありません。母上は、私の事など気にかけたことなど無いではありませんか。いつも、父上とベネディッドにご執心でしたから。ご自身の胸に問いかけてください」


 優しくも寂しげなジェラルドの物言いに、王妃はたじろぎ、自身の胸に手を当て後退った。


「私は……」

「義母上は寂しかったのでしょう。私の母に、父上を奪われたと仰いましたから」

「ベネディッド。私は皆平等に愛していたぞ」


 ベネディッドの言葉にロンバルド王が反論すると、王妃はハッと顔を上げ険しい表情でロンバルド王へ目を向けた。


「平等? では何故、他に側室を設けないのですか? あの人だけだったではありませんか。陛下が側室へと迎えたのは」

「それは……息子も二人産まれ、必要性を感じなかったのだ。それに、王妃が側室を迎えることを嫌がっていた事を知ったから」

「私が?」

「ああ。王妃の嫌がることなどしたくはない。むしろ、喜ばせることをしたかった。側室を設けたのも、王妃の負担を少しでも減らそうとしたのだ」

「私の負担を?」 

「そうだ。私達は政略結婚。お互い望んで結ばれたわけではない。だから……」

「私は陛下をっ」


 泣き崩れた王妃にジェラルドがハンカチを差し出した。 


「母上。父上に想われていて良かったではありませんか。ですが、父上の顔を見てください。きっともう、今までのような眼差しを向けられることはないでしょう」

「…………」

「ベネディッドに謝罪をしていただけますか? 謝って許されることではありませんし、私も母であっても許せませんが。せめて」

「……ごめんなさい。ベネディッド。ごめんなさい」


 王妃は涙を流しながら何度も謝罪した。ベネディッドはそれを悲しそうに眺め、ジェラルドは冷ややかな瞳で見下ろしていた。そしてロンバルト王は、瞳を閉じたままじっと耳を傾けていた。

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