006 湖の食虫植物
呪文とともに黄緑色の光がモッキュから発せられる。それは萎れた蕾を包み込み、茎や根まで広がっていった。
蕾は艶を取り戻し丸く膨らみ、光りに包まれた根は湖へと伸び、茎の袋は肥大化していく。コリンは大きなハサミを手に、感極まって声を上げた。
「おぉぉぉっ。素晴らしい! 今にも花が咲きそうです。アレクシア様っ。もう少しですよ!」
「はいっ。頑張りますっ。――モッキュン。モッキュン」
更に呪文を続けると、黄色い花弁がゆっくりと開き、伸びた根や茎は広がり湖を緑色に染めていった。一番大きな花が開ききった頃には、水面に幾つもの蕾が生まれていた。
「おっ! 他にも蕾がっ」
喜ぶコリンの隣で、ベネディッドも笑みを溢した。
「凄いな。とても美しい。――私はアレクシアと、ずっと一緒に居たいのだけどな」
「は? 何の話ですか?」
「いや。別に……」
首を傾げるコリンにベネディッドは誤魔化すように呟いた時――――湖から水の弾ける音とルゥナの悲鳴が同時に響いた。
「きゃあっ」
ルゥナは湖から伸びた出た幾本もの根に足を絡め取られ、湖へと引きずり込まれていた。湖から溢れ出た無数の根は、ルゥナに留まらずベネディッドとコリンにも伸び、両手足を絡め取った。
「アレクシアっ」「ルゥナっ」
叫んだヴェルナーとユーリが一瞬だけ顔を見合わせ、ヴェルナーはユーリの腰の剣を引き抜くと、自身の腰の魔剣をベネディッドへと投げ湖へと駆け出した。
「ベネディッド様。切り刻んでください。ユーリ、人を呼んでこい」
「ですが……。分かりました」
ベネディッドはヴェルナーから魔剣を受け取り自身に絡みついた根を裂きルゥナへと視線を向けると、そこにルゥナの姿はなく、湖へヴェルナーが飛び込むところだった。
「ベネディッド様。アレクシア様は水中ですっ!」
大バサミで侵食する根を刈り取りながらコリンが叫んだ。
「くそっ。バラバラにしてやる」
「あっ。花だけは取っといてください!」
「分かった」
ベネディッドは魔剣を力強く握り直した時、足元から肩へと何かが駆け巡った。
『モキュ~っ』
「モッキュ。――大丈夫。すぐにアレクシアを助けるからな」
◇◇
ルゥナが水中に引き込まれるのは一瞬だった。
咄嗟にモッキュを湖と反対へと投げ、大きく息を吸い込んだ次の瞬間には水の中だった。
澄んだ水の中に、藻で覆われた水面から微かに光が溢れ、とても美しい光景が目の前に広がっている。何て呑気に考えている場合ではない。
ルゥナは足に絡まった根に手を伸ばすが、動けば動くほど手や身体にも藻が絡み付き、足を締め付ける根の力は強くなった。このままではいけない。
まさか根が意思を持って動くとは想定しておらず、ルゥナが注視していたのは蕾と、茎についた袋だけだった。肥大化しはじめた袋は水中を漂っているだけだったので油断していた。
丸い袋は潰れて少し離れたところにある。袋が萎んだという事は、これからルゥナを吸い込もうとしているのだ。あれに吸い込まれたらどうなるか分からない。ルゥナは何とか水面に上がろうと頭上の藻を掴むが身体はどんどん下へと引き込まれていく。
『ユーリ……』
水面へ手を伸ばし、ルゥナは心の中でユーリの名を呼んだ。――その瞬間ピリッと水中を震わす魔力の波動を全身に感じた。
これはヴェルナーが魔剣を抜いた時と同じ感覚だけれど、もっと強力だ。足に絡みついた根が弱まり、上へと泳ごうとした時、伸ばした手を誰かに掴まれた。




