003 代役
夕食の後ルゥナは部屋へ戻り、やっとユーリとスーザンと三人で話し合うことができた。ヴェルナーが向かいの部屋へと戻って行ったから。
しかしヴェルナーは、ルゥナの部屋、そしてユーリとスーザンの部屋に魔剣で結界を張ってくれたので、魔法が使えずアレクシアと連絡が取れないのだが、夕食中にユーリ達がアレクシアと連絡を取ってくれていた。
「スーザンがあの手帳を使うことができて良かったわ」
「アレクシア様の指輪の力です。困った時はこれを嵌めるように言われていました。お役に立てて光栄です」
スーザンの指には真実の指輪と似た物が嵌められていた。その様な力も指輪に込めることが出来るとは、アレクシアはベネディッドが言うように優秀な魔術師にもなれるだろう。
「ところで、大丈夫ですか? 今日一日で大分進展しましたが、こちらへお戻りになった際、とても顔色が悪かったので」
「ええ。色々な事が有り過ぎて疲れてしまったわ。でも、ベネディッド様の解毒薬は、ジェラルド様のお陰で完成しそうですし、スーザンのお陰でヴェルナーの誤解も解けたので」
今日の出来事を思い出すと、指先から震えが起こる。それを見たユーリは、ルゥナを抱きしめてくれた。
「あと少しです。王妃の陰謀を阻止して、ベネディッド様の力になれれば、婚約を破棄してくれるでしょうから」
「あ、そうだわ……」
ルゥナは思い出した。夕食後にベネディッドに婚約破棄について伝えた時のことを。
「ベネディッド様が、婚約を破棄したくないって……。それに、王妃を糾弾するつもりもないそうなの。ヴェルナーが説得してくれるとは言っているのだけれど。でも、結果はどうあれ、ベネディッド様は基本的には優しい方だから、結局婚約は破棄してくださると思うわ」
ルゥナの言葉にスーザンは顔をしかめた。
そしてアレクシアの手帳を胸に抱き、ゆっくりと頷いた。
「そうですか。……明日、またアレクシア様に相談してみます。今日は本当にお疲れさまでした。明後日は、また王妃と対峙しなければなりません。今日はゆっくりお休みください」
「ありがとう。スーザン。ユーリも、そろそろ離してくれていいのよ?」
「……まだ震えが治まっていませんから」
「ありがとう。ユーリ」
小さい頃、ルゥナが泣くといつもユーリが抱きしめてくれた。あの頃は、転んで泣いたりお茶菓子をこっそり食べてお母様に怒られて泣たりしていて、いつもユーリが慰めてくれた。思い出すと、強張った心と体が解れていく。
しばらくユーリの温もりで元気を補充すると、ユーリとスーザンはそれぞれ部屋へ戻り、ルゥナはベッドに横になった。
心身ともに疲れ切っている筈なのに寝つけなくて、ルゥナはバルコニーへと涼みに行くことにした。ここもヴェルナーの結界内の様だから、昼間のことを想起させて居心地が悪い。
バルコニーの柵に寄りかかり、裏庭の大きな湖に視線を伸ばすと、水面に見慣れない黄緑色の丸い蕾のような物が見えた。大きさはパイナップルくらいある。
「もしかして、あれがジェラルド様がくださった蕾かしら」
確かあそこには毒を持った食虫植物がいたはずだ。もしかしたら、あれは解毒薬を作る為に育てられてるのかもしれない。
「アレクシア?」
静かな夜に青年の声が響いた。声のした方へ目を向けると、湖畔にベネディッドが佇んていた。
「今そっちへ行くよ!」
「へ?」
ベネディッドは控えめの声でそう言うと、建物の方へ近づき、鉤爪が付いたロープを器用に二階のバルコニーへ投げ込み壁伝いに上がってきた。ヴェルナーの結界もスルリとすり抜け、まるで盗賊みたいな身のこなしで。
「ベネディッド様?」
「あ、驚かせてすまない。階段よりこっちの方が移動が早いし、好きな時に抜け出せるから、よく使っているのだよ」
「そうですか……」
ベネディッドはロープを束ねて腰に戻すと、隣に立ち柵に背中を預けてルゥナの顔を覗き込み尋ねた。
「眠れないのか?」
「いえ。少しだけ外の風に当たりたくなっただけです。ベネディッド様はどうされたのですか?」
「アレクシアに会えるかと思って」
「へ?」
「ははっ。冗談じゃなくて本当だよ。結界の中なら、誰がどこにいるか分かるものなのだよ」
驚いたルゥナをベネディッドは明るい笑顔で笑い飛ばした。城に着いてから、ベネディッドはずっと笑ってばかりだ。
「そうなのですね。ですが、これはヴェルナーの結界ですよね? どうして分かるのですか?」
「実は、あの魔剣の所持者は、私とヴェルナーなのだ。私の初遠征は隣国の黒竜討伐だった。その時、隣国の討伐隊と合流してヴェルナーと知り合った。ヴェルナーは黒竜の右目を、私は黒竜の心臓を突き刺し、同時にトドメを刺したのだ」
「凄いですね。あ、ヴェルナーはこの国の人では無いのですか?」
「ああ。隣国の小さな港町の領主の息子だ。天災に見舞われ実家の領地も商いも大変でな。稼ぐ為に傭兵として討伐隊に参加していたところをスカウトした。ヴェルナーはよく出来た男だよ。このままずっと側にいて欲しいが、実家を継ぐ為に、いずれ戻らなくてはならないのだ。ヴェルナーの事が気になるか?」
「いえ。あ、ユーリに少し似ているので」
「ああ。似てるかもな。彼女とは長いのか?」
「はい。小さな頃から……。え、彼女って」
「ユーリの事だ。どこからどう見ても女性じゃないか」
初めから気付いていた口ぶりのベネディッド。
遠征の時はそんな事を言わなかったのに。
急にどうしたのだろう。それに……。
「で、では、ユーリが女性だと分かっていて、ご一緒に休まれたのですか?」
「ん……。休む? 何の話だ?」
「ロンバルトへ着くまでの道中、ベネディッド様のテントを半分に仕切ってくださったじゃないですか。私とスーザンと、ベネディッド様とユーリで半分に」
ベネディッドは全く身に覚えがないかのように、ポカンとした後、また笑った。
「あー。ははっ。そうか。成程……。これは弁解の仕様がないな。アイツの失態なのだから、もう言ってもいいだろう。――実はアレは私では無いのだ。遠征前は魔力を喪失させる毒を盛られていてな。程度が強い時は、別の者に代役を頼んでいるのだよ」
「べ、別の者ですか?」
「ああ。私以外に魔剣を使える者は一人しかいない。アレは魔法で姿を変えたヴェルナーだったのだよ」




