002 百面相?
夕食に招かれ、ルゥナはヴェルナーと二人で食堂へ向かう。
今頃ユーリとスーザンは今後の事についてアレクシアに相談しているだろう。ヴェルナーがずっと部屋から出ずルゥナを見張っていたので、三人で相談は出来なかったから。
しかし、昨日までと違いヴェルナーの隣は居心地が悪かった。誤解は解けたとはいえ緊張していると、急にヴェルナーが足を止めてルゥナへと振り返った。
「アレクシア様」
「は、はい」
「申し訳ありませんでした。とても、怖がらせてしまいました」
「……いえ」
『モッキュン!』
気まずい空気を察したのか、モッキュがヴェルナーの肩へと飛び乗り、頬をスリスリした。
「ベネディッド様の言う通りかもしれません」
「……?」
「モッキュが懐く人に、悪い人は居ない気がします。あっ、私は善人ではありませんが……」
「いえ。アレクシア様は……。すみません。王妃とは色々ありまして、ベネディッド様の仰る通り、判断力が欠けていました」
ヴェルナーは俯き肩を落とした。ルゥナの部屋にいる時も、無言で窓辺に立ち外を見ていたけれど、こうして謝罪する機会を伺っていたのかもしれない。
「そんな事はありません。大切な人の命が狙われているのですから。ヴェルナーの様な方が隣りにいるベネディッド様は幸せだと思います」
「……アレクシア様は、隣りにいてくださらないのですか?」
隣にいれば、守ってくれるのだろうな。一瞬そんなあり得ない事がルゥナの脳裏を過るが、それはルゥナには決して出来ないことだ。
「……私は……ここにはいられません」
「すみません。困らせるつもりはありませんでした。あの……アレクシア様に別の想い人がいらっしゃると分かれば、ベネディッド様は駄々をこねると思います。ですので、お伝えする時は食後の去り際が良いかと」
「分かりました。ありがとうございます」
◇◇
食堂ではベネディッドがご機嫌な様子で待っていた。
「アレクシアが私の代わりに茶会へ出てくれたから、今日はすこぶる調子がいいよ」
「それは良かったです。あの、解毒薬についてですが、私やモッキュの力が必要でしたら仰ってくださいね」
「ああ。その事なのだが、実は兄上にバレてしまってね」
「バレる……ですか?」
「ああ。王妃の茶会のことは、兄上に秘密にしていたのだ。心配をかけたくはないし、何より格好悪いからな」
やはりベネディッドはよく分からない。使用人には甘えるのに、兄には甘えないのだろうか。
「そ、そんな理由で……。私でしたら、もしも家族が苦しんでいるのに何も出来なかったら。その方が辛いです」
「……兄上にも同じ事を言われたよ。それで、完璧な解毒薬の元になると思われる花の蕾をいただいたのだ」
「そ、そのような物があるのですか!?」
ルゥナが驚いて声を上げると、ベネディッドは苦笑いをした。
「……さっきから百面相だな。アレクシアの表情がコロコロ変わって面白い」
「ふ、ふざけないでください。それより、明後日の茶会までに、解毒薬は完成するのですね」
「ああ。明日、蕾が花開けばな。実は今までの解毒薬も、兄上がくれた種から栽培した植物から作っていたのだ。私が魔剣を手にしてから、王妃からの風当たりが強くなってしまって、初めて毒を盛られ寝込んでいる時、兄上と叔父上が協力して助けてくれた」
「ジェラルド様は味方なのですね」
「ああ。王妃とも、和解できたら良いのだがな」
ジェラルドが味方と分かりホッとすると同時に、ベネディッドは誰が見ても無理そうな事を呟いた。
「それは、難しいのではないですか? ベネディッド様は何故王妃様の茶会へ出られるのですか? 毒を盛られることをわかっているのですよね?」
「ああ。だが、王妃は私の義理の母。断るなんて失礼だろう? 亡くなった母の遺言なのだ。王妃を真の母と思い大切にしなさい。と」
ルゥナにも両親から教わった大切な想いが遺っている。どことなく通じるものを感じた。
「お母様の遺言……」
「兄上に言ったら馬鹿にされたがな。それに、私のせいで使用人を一人失っているのだ。私が茶会へ出なかったが為に」
「正確には、その使用人が王妃を、そしてベネディッド様さえ欺き、茶会への誘いをベネディッド様に伝えず、それが王妃にバレてしまい己の身を滅ぼしたのです。ベネディッド様ではなく、浅はかな彼と王妃のせいです」
壁際に控えていたヴェルナーが口を挟んだ。
怒りを殺し落ち着きを装ったその声に、ルゥナは胸が痛んだ。
「ヴェルナー。そんな言い方をするな。彼は私の力不足で失ったのだ。――すまない。暗い話をした。食事が進まないな」
「いえ。あの、解毒薬が完成し、王妃の毒を制することができた場合、その後はどうされるのですか? 何か証拠を得ないと……」
「その必要はない。私は王妃を糾弾するつもりはない。兄上に迷惑がかかるしな。それに、母上の遺言もある」
「それでは、いつまで経ってもベネディッド様は……」
「それでいいのだ。毒の次は何を企むか楽しみにしているよ。――意外そうな顔をしているな」
「はい。……人の命を狙うような奴を生かせば、その何倍の数の命が失われることになる。以前ベネディッド様はそう仰っていたので」
「……あぁ。言いそうだな」
「え?」
ベネディッドはヴェルナーを見てからかう様に笑うと食事へ視線を伸ばした。
「さて、食事を済ませよう。アレクシア」




