014 馬車にて
食事を誰に食べさせてもらうかの話で二人は揉めていたが、取り敢えず拠点へと戻ろうという事になり、ルゥナはベネディッドとヴェルナーと第二王子宮への馬車へ乗った。
因みに、ルゥナは手をリボンで縛られている。プレゼントのようにラッピングされている訳ではない。
王妃の手先だと言うヴェルナーと、それを笑って受け流すベネディッドと二人の意見の間を取って、縄ではなくリボンで拘束される事に落ち着いたのだ。ルゥナの手首では、モッキュがリボンと戯れている。
ベネディッドはモッキュの愛らしい戯れを見て微笑んでいたが、不機嫌そうに外を眺めるヴェルナーに目を向けると、ハッとして不満を口にした。
「ヴェルナー。やはり、こんなか弱い女性を縛るなんて乱暴じゃないか?」
「縛るって……。緩いリボンですけど。荷物に怪しい物はありませんでしたが、用心するに越した事はありません」
アレクシアお手製のポーチは没収されてしまった。他の人間は中の物を取り出せないとアレクシアから聞いていたが、ベネディッドは魔剣でポーチに切込みを入れて、そこから魔力を感じる物だけを取り出していた。
会食でもしもの事があった時の為に、アレクシアとの手帳はユーリに預かってもらっていて良かった。
ポーチから取り出されたのは記録昌石と、真実の指輪が一つ。ベネディッドは指輪を見ると眉間にシワを寄せ、魔剣で破壊した。
真実の指輪を破壊したと言う事は、言いたくない真実を隠しているからだろうか。ルゥナが疑念を抱いていることなど、気づく様子もなく、ベネディッドは記録昌石を掲げて微笑んだ。
「良く出来ている。優秀な魔導師がいるのだな。――そうだ。折角だから見てみよう!」
ベネディッドの提案で記録昌石の鑑賞会が始まった。自分のあんな姿を見たら、ベネディッドは何を思うのだろうか。
そして……昨夜のベネディッドの部屋での記録を見るとヴェルナーは目が点になり、ベネディッドは、ベッドへと倒れる場面まで笑って見ていたけれど、記録が途切れる瞬間、急に瞳を曇らせた。
「アレクシア。すまない。君にそんな顔をさせていたなんて……知らなかった」
記録昌石の最後に映っていたのは、今にも泣き出しそうなルゥナの顔だった。自分でもそんな顔をしていたことに驚き、ルゥナはベネディッドの視線から逃げるように俯くと、ヴェルナーの戸惑いの声が聞こえた。
「な、何ですか? 今の……アエラさんと、キ、キスを……」
「キス? アエラとそんな事をする筈がないだろ。……だが、そう見えなくも無かったか。恐らく、熱に気付いたアエラが、私の額に彼女の額を寄せた時の映像だろう」
「…………」
ヴェルナーが無言で疑惑の目を向けると、ベネディッドはその反応が想定外だったのか顔をしかめている。
「何故疑う。熱で倒れただけだ。薬で一旦引いたと思ったのだが、駄目だった。叔父上曰く、私が急に動いてしまったから、毒の成分と薬の戦いを激化させてしまったそうだ。アエラに支えられてベッドまで歩いて、朝まで目覚めなかった」
「そうですか。……事情を知っても疑ってしまいます。会話も際どいですから」
「際どいって……。普段と変わらないじゃないか」
あれで普段と同じと断言できるなんて。やはりベネディッドは常人と感覚がズレている。王子だからか、この人だからかは分からないけれど。
ヴェルナーもベネディッドの言葉に頭を抱えていた。
「普段から使用人達へ甘え過ぎなんですよ。あんな二人を見たら勘違いしても仕方ないです。アレクシア様、失礼致しました。――ですが、貴女が王妃の手先である可能性は捨てきれません。王妃の計画の一部を明かしましたが、それも作戦かもしれませんので」
「そうかな? 兄にも同じことを言われたけど……。自分を暗殺しようとした男を見逃すような子が、そんな話に乗る訳無いだろ? ヴェルナーは王妃の話になると視野が狭くなり過ぎだぞ」
「ですが、ジェラルド様も俺と同じ判断をされた事を、もっと重要視すべきです。社交の場に出られているジェラルド様の方が、ベネディッド様より人を見る目に長けておられますから」
二人の会話から、ジェラルドを信頼している事が伺えた。兄弟仲は良さそうだ。それから気になるのは、暗殺の標的にされているベネディッドよりも、ヴェルナーの方が王妃を憎んでいるようだと言う事だ。
ベネディッドは小さくため息を吐いた後、ルゥナへと目を向けた。
「それは、そうかも知れないけど……アレクシアはどう思う?」
「は?」
急にベネディッドから話を振られ、ルゥナは驚いた。
何故本人であるルゥナに聞くのだろう。
ベネディッドの思考が全く読めない。




