012 知るべきこと
王妃の庭から出ると、敵意を全面に出したヴェルナーが待っていたが、彼はルゥナを見ると一瞬で険しかった表情を崩した。
「だ、大丈夫か?」
「はい。あの……」
極度の緊張状態から開放され、ルゥナはフラつきヴェルナーに支えられた。今更になって手足の震えが止まらなくなっていた。
「アレクシア様。こちらへ」
ヴェルナーに腕を引かれ、ルゥナは人気のない馬車乗り場の裏手へと連れられた。そしてヴェルナーは、先程と同じ様に魔剣を引き抜き、二人だけの空間を作ると、ルゥナを睨み口を開いた。
「まさか、毒を盛られた訳ではないですよね?」
ルゥナはその問いに首を横に振って答えた。
やはり、ヴェルナーは毒の事を知っていたのだ。
「はぁ……。流石に、一対一で向き合っている時に、他国の王族に手出しはしないか」
ということは、その様な状況でなれけば、誰にでも手を出すという事だろうか。
あの王妃ならやりそうだ。王妃は、ルゥナがロンバルトへの道中で暗殺されそうになった事を知っていると明かしていた。
あの言葉は、ルゥナ自身も命を狙われているのだから、いつ死んでも誤魔化せるという意味も込められていたのだ。
ベネディッドも命を狙われ、今のルゥナと同じ様な思いをしてきたのだろうか。
「ベネディッド様は、王妃に命を狙われているのですね」
ルゥナは自分の言った言葉で王妃の冷たい瞳を思い出し身震いした時、場の空気に緊張が走った。ヴェルナーの気配が殺気立っていた。
そしてルゥナと目が合うと、ヴェルナーは小さく息をつき呆れたように言った。
「王妃が怖いですか? 今更逃げ出したくなっても、誰も助けられません。王妃の計画をご存知という事は、王妃を味方に選んだのですね。あの方は用心深いですから、アレクシア様に味方になる意志と利用価値がなければ計画は話しません」
ヴェルナーは、ルゥナが誰につこうとするのか知りたくて、何も言わず王妃の元へ送り出したのかもしれない。ヴェルナーは悲しげな瞳で虚空を見据えていた。きっとまた、ヴェルナーの心を傷付けてしまった。それは避けられない事なのに、ルゥナはまた胸が苦しくなる。
「私は、婚約を破棄したいだけです。王妃の計画が実現される事を……願ってはいません」
「……もう後戻りは出来ない。王妃の計画を知ったのですから。王妃と共に罪を背負うか。それとも――ベネディッド様のように、命を狙われるか……」
ヴェルナーは鋭い瞳でルゥナを睨んでいた。
まるでルゥナも王妃と同類に見られているようで胸が痛んだ。
「ベネディッド様が体調を崩されていたのは、王妃に毒を盛られたからなのですか? 書庫で寝てしまわれた事も、食欲が無かった事も……」
「だから何だ? 自分と似た境遇で、今更可哀想だとでも思ったのか?」
ヴェルナーは苛立ち声を荒らげた。
ベネディッドか発する言葉の数々への疑念はあるにしろ、城へ着いてから彼が変貌してしまったのは、全て毒のせいなのかも知れないと、ルゥナは思い始めていた。
ベネディッドについて深く知る必要はない。何度もユーリとスーザンと、そう確認し合ってきたけれど、やはり知るべきだと思った。
婚約を破棄するという事は、多かれ少なかれ相手に傷が残る。自分がどんな相手に何をするのか。替え玉だからと思考を放棄するのではなく、知っておくべきだと思った。
本物のアレクシアなら、どうしただろう。
ルゥナだったら――偽物の王女には、何が出来るだろうか。




