003 従者ユーリ
ルゥナが求婚されている頃、彼女の従者であるユーリは森で狩りをしていた。
調合の材料となる鉤爪兎を三頭狩り終え、さらに森の深くを目指そうとした時、後ろで結った短い黒髪を何かに引っ張られ足を止めた。
振り向いても誰もいない。
枝に引っ掛かったわけでもない。
しかし、目の前を何かが横切った気配がした。
「……? もしかして、モッキュ?」
『キュッ! キュキュッ、キュキュッキュ!?』
耳元で子リスの様な声が聞こえた。それは慌てふためき、ご主人の緊急を知らせようとしているのだとすぐに推測できる。
「ルゥナに何かあったのか? ルゥナは無事か!?」
『モッキュン!』
力強く言い切ったモッキュ。
しかし、ユーリにモッキュの姿は見えない。
だから、どんな意味のモッキュンなのか分からなかった。
実のところ、ユーリとモッキュの会話が成立したことはない。モッキュの声が届くことすら、稀であったりするのだ。
「くそっ。どっちのモッキュンか分からないっ」
『キュキュゥゥ……』
ユーリに理解されず、モッキュはしょんぼりとした声を出した。
しかし、ルゥナに何かあった事は確実だ。ユーリは獲物を投げ捨て街へ向かい走り出し、全速力でで店を目指した。
◇◇
雑貨店の扉には『close』の札が掛けられ、店内に入ると誰もいなかったが、カウンターの奥にルゥナの姿が見えた。
「ルゥナっ。何かありましたか!?」
ルゥナは振り返ると、口に人差し指をあて、声を出さないようにとユーリに合図をしている。ユーリがカウンターの中へ入ると、床に散らかった睡眠薬の空瓶に足を取られた。
「ぅわっ。何ですか……へ?」
ユーリはソファーを見て驚きの声を上げた。
ソファーには常連客の騎士マルクが気持ち良さそうに寝ており、その隣でルゥナが睡眠薬の小瓶を握り締めてマルクの顔面をガン見して待機していたからだ。
「ユーリ。凄いんです。マルク様の寝起きの微睡み具合がイケメン過ぎて、寝顔は可愛いんですよ!」
「それはどうでもいいんですけど。何故マルクさんを寝かせ続けているのですか?」
「だから、寝起きと寝ている時がイケメンだからです!」
「は?」
「あれ?」
本来の目的を失ったルゥナが、己の言動に不審を抱き首を傾げた瞬間、マルクが微かに唸り声を上げて瞳をうっすらと開きかけ――ルゥナはすかさず小瓶の蓋を開けマルクの顔に振りかけた。
「危なかったです。起きてしまうところでした。マルク様が手練れだと言うことは纏う空気から想像していましたが、睡眠薬が五分しか持たないんですよ」
「ご、五分ですか? 確か、熊一頭を丸一日寝かせられる効力があるのですよね?」
「はい。なので、ユーリが来るまでは、と思って――そうです。大変なことが起きたんです!」
ルゥナが今日起きた出来事を粗方説明すると、ユーリはしばらく考え込んだ後、マルクへ目を向けた。
「取り敢えず。マルクさんの話を聞いてみましょう」
「そうですね。怖くて本能的に眠らせてしまいましたが、その方がいいです。ユーリもいるんですから」
◇◇
「それで……話してもいいんだよね?」
マルクは、両手に怪しい薬瓶を手にしたルゥナと、短剣をマルクの首元に添えるユーリに向かって遠慮がちに尋ねた。急に眠気に襲われ、目覚めかけては暗転を繰り返し、やっと目を開くことができたかと思ったら、この状況だ。まさかここまで警戒されるとは思っていなかった。
目の前のルゥナは、マルクを警戒しつつ薬瓶を握り締めたまま何度も頷いて答えた。
「どうぞ、どうぞ」
「……。話し辛いな。本当に、悪い話ではないと思うから、冷静に聞いてくれよ?」
「勿論です。どうぞお話しください」
ユーリは、柱に鎖でグルグル巻きにされたマルクの喉元に切っ先を当てたまま淡々と答えた。
マルクは、小さくため息をつき本題を口にする。
「私はこの国の第二王女、アレクシア=ルナステラ様付きの近衛騎士をしている。実はアレクシア様がお困りなのだ。それを解決できるのは君しかいないと思っている。ルゥナ、力を貸してもらえないか?」