011 消えてしまえばいい
「知らないわよね。あの子の母親は宮廷魔術師だったのよ。それが側室だなんて、分不相応にも程があったのよ。陛下の寵愛を独り占めして、城まで与えられて。でも、優雅な生活は合わなかったのね。何年も前に亡くなったわ。ふふっ」
「…………」
人の死を嘲笑う王妃に同調して微笑むことは出来なかったが、ルゥナの反応は当たり前だと捉えた様子で、王妃は無邪気に微笑み口元に手を添えた。
「あら。ごめんなさい。可笑しくてつい。政略結婚の私より先に、陛下は愛した女性を失ったの。自業自得よね。あの人は側室を娶る為に、一年間も私と距離をおいていらしたのだから」
笑っていたかと思えば、口を尖らせて不満を示す王妃。想像していたより感情の起伏の激しさを感じる。ルゥナを味方と思い、心の内を明かしてくれているのかもしれない。
ルゥナは王妃の心に同調するように、胸に手を当てて言った。
「そんな……。酷すぎますわ」
「ベネディッドもそうするでしょうね。アレクシア。噂通りの男で、さぞかし気を落としたことでしょう。婚約相手の不貞が分かれば、ルナステラ王はベネディッドを糾弾してくれるかしら? それなら、私も証拠を集めるのだけれど」
「父は、私の事など国益の為の駒のようにしか考えておりません」
「そう。その気持ちも分かるわ。ああ、可哀想なアレクシア」
王妃は優しくルゥナを抱きしめ、それから耳元で囁いた。
「男って最低よね。そういう男達は、この世の中から消えてしまえばいいのよ。そう思うでしょう?」
この世から消えてしまえばいい。
それはそのままの言葉の意味だと捉えられた。
ルゥナは恐れと疑問を頭の奥に押し込んで、王妃が求めるであろう答えを口にした。
「……はい」
「ふふっ。アレクシアが素敵な女性で良かったわ。もう少し早く分かっていれば、貴女に協力してもらえてただろうに、残念だわ」
「協力ですか? 私にできる事でしたら何でも仰ってください」
「まぁ。頼もしいわ。第二王子宮は警備が厳重で、王子本人には手が出せないのよ。これからは貴女も警戒されるでしょうから、もうベネディッドには近づけないと思うわ。失敗したわ……。初めて謁見の時に貴女を見た時、ベネディッドを信頼しているように見えたの。それでも一度話しておくべきだったわ。そうすれば今頃、ベネディッドの顔を見なくても良くなっていただろうに」
悪戯に微笑む王妃は無邪気な子供みたいで、心の内なる狂気が垣間見え、ルゥナは戦慄した。
「それは……ベネディッド様を……」
「ふふっ。怖い? そうよ。それが普通よ。でも、婚約を破棄する事は難しいの。ロンバルト王もルナステラ王も敵なのだから、私達にはこうするしか無いのよ。そうでしょう?」
邪魔な者は消す。
王妃が敵と言うルナステラ王と同じ。
王族とは皆こうなのだろうか。
アレクシアもだけれど、ベネディッドも哀れだ。
家族から命を狙われるなんて悲し過ぎる。
ベネディッドは、討伐隊の隊長としても最前線で国の為に尽くしていたのに。婚約者としては最低だけれど、この国に必要な人ではあると感じていた。
ヴェルナーが王妃を敵視していた気持ちが分かる。
こういう人達が、ルゥナも許せないから。
「はい。王妃様、私を助けてください。力をお貸しください」
「勿論よ。私の方こそ、貴女の力が必要だわ。実はね。私の茶会では、いつもあの子に毒を飲ませているの。この場で死なれるのは困るから、すぐには死なない毒よ。遠征の後なら、死んでも遠征のせいに出来るから、ちょっと多めに盛っているのだけれど、しぶといのよね」
茶会で毒……。目の前のカップはまだ口を付けていなかったが、恐怖で指先から力が抜けていった。
茶会へ呼ばれた時、ベネディッドはいつも通だった。でも、思い返すとヴェルナーは厳しい顔付きだったから、知っていたのだろう。
「そうだったのですね。――私は、何をしたら良いでしょうか?」
「そうね。顔色が悪いけれど、大丈夫かしら? そのお茶には毒は入っていないわよ?」
「は、はい」
「ふふふっ。噂だと、もう少し図太い神経の王女様かと思っていたけれど、可愛らしいお嬢さんだこと。でも、それでいいわ。貴方は私を恐れるがいいわ。そうすれば、ベネディッドも油断するでしょうし。――あ、いい事を思いついたわ」
王妃はニタリと笑みを浮かべた。




