009 会食
ジェラルド=ロンバルト。
ロンバルト王国の第一王子である彼は、ベネディッドや陛下と似た金髪と赤い瞳の青年で、瞳の形は王妃と同じ猫目である。
陛下とベネディッドは垂れ目のせいか温厚な雰囲気だが、ジェラルドと王妃は表情が乏しく無口で厳しそうな印象を受けた。
食事が始まってからも、陛下とベネディッドばかり話が弾んでいる。ルゥナは極力笑顔を見せず一歩引いて話を聞いていた。
陛下はルゥナと目が合うと朗らかに尋ねた。
「そうだ。アレクシア。何か不自由などはないか?」
「は、はい。とても素敵なお城で、不自由などございません。ですが……」
「ん? 何だ?」
「ベネディッド様は、使用人の方々と仲が良いご様子で」
「そうそう。私は他国では無類の女好きの、ぐうたら王子と呼ばれているそうです」
「まぁ。ベネディッドにピッタリじゃない」
ルゥナが悲壮感たっぷりに訴えかけた言葉をベネディッドが笑顔で補足すると、それに同調して王妃はほくそ笑んだ。
しかし、ジェラルドは眉間にシワを寄せて不快感をあらわにし、ルゥナへと冷たい視線を向けて口を開いた。
「アレクシア。いい加減なことは口にしない方がいいぞ」
「ジェラルド。そんな冷たい事を言わないで。婚約者に女性の影があったら誰でも嫌に決まっているでしょう? それにアレクシアがそんな事を心配するなんて。もしかしたら、ベネディッドは使用人と深い関係だと言うのかしら?」
「そ、その……」
王妃の助言にジェラルドは相槌を打ち受け入れているように見えるが、内心が全く見えてこない。ベネディッドを蹴落としたい雰囲気は無く、身内が貶められれば、普通に嫌悪感を示す人なのかも知れないとルゥナは感じた。
用意しておいた記憶昌石を握りしめたまま機会を伺っていると、陛下の笑い声が響いた。
「はっはっはっ。ベネディッドは私に似たのだな。アレクシア、他の女性との逢瀬でも見てしまったのかね?」
「は、はい」
「そうかそうか。しかしだな、多くの女性に好かれることは大切な事だぞ。良いか、アレクシア。王妃は一年も子供が出来ず、私は側室を設けたのだ。そして跡継ぎへの重圧から解放されたからか、王妃にはジェラルドが、側室にはベネディッドが生まれ、跡継ぎに恵まれ我が国は栄えているのだぞ」
「そ、そうだったのですね」
まさか側室制度がある国だったなんて知らなかった。元々期待はしていなかったが、陛下は味方になる確率はないだろう。
王妃のベネディッドに対する態度があからさまに冷たいのは、本当の自分の子ではないからなのかもしれない。やはり、王妃が一番力になってくれそうだ。
王妃へと目を向けると、彼女は無機質な笑顔で微笑んでいて、その異様な雰囲気に背筋が寒くなった。
「ああ。それに、ベネディッドの使用人と言ったら、王妃と同じくらいの年代の者ばかりだろう。アレクシアがそれに見劣りする筈がない。なぁ、ベネディッド」
「そうですね。父上。ですが、私は使用人とはその様な関係ではありません」
「そうだな。使用人などやめた方がいい。やはり若い方が子も見込めるからな。一年我慢すれば、他の好きな令嬢も娶ることができる。私と同じように一人目は政略結婚だが、二人目からは自由にして良いのだからな」
「はい」
朗らかに微笑み合う二人。
側室ありきで人生設計をしているようだ。ベネディッドの屑男っぷりは父親から引き継いだらしい。それに、ルゥナはベネディッドの不平を漏らしたというのに、彼は全く怒っている様子はなかった。悪気がないからそうなのだろう。
ルゥナが呆れ返っていると、ジェラルドは溜め息を吐いた。
「父上。アレクシア様の前で側室の話など失礼ですよ。そろそろ失礼します。公務が溜まっておりますので」
「そうだな。ではお開きにしよう」
結婚観が合いそうな男性はジェラルドしかいないようだ。それに今の行動は、ルゥナの立場を配慮し庇ってくれた様にも取れる。先程は冷たく感じたが、もしかしたら味方になってくれるかもしれないと淡い期待を抱いた。
王妃はまるで蛇の様で、近づけば咬まれそうな威圧感がある。出来ればジェラルドを味方につけたい。そんな我儘は言ってられないけれど、正直なところルゥナはそう願っていた。
◇◇
ジェラルドが先に部屋を出て、それに続くようにしてベネディッドとルゥナも部屋を出ると、不満そうな目つきのヴェルナーと合流した。
「ヴェルナー。そんな顔しなくていいから」
ベネディッドがヴェルナーを諭す様に声をかけると、ジェラルドは急に立ち止まり、険しい表情でベネディッドの前へと戻ってきた。
「ベネディッド。お前がそんな様子でどうするのだ」
「兄上……。そんな怖い顔をしないでください。勘違いさせた俺が悪いのですから。先程はアレクシアを助けてくれてありがとうございました」
「ジェラルド様、先程は助けていただきありがとうございました」
ルゥナはベネディッドに続いてジェラルドに礼を言うも、ジェラルドにきつく睨み返されてしまった。
「君を助けたつもりはない。ベネディッド。ちょっと来い」
「あっ。ちょっ。アレクシア。先にヴェルナーと帰っていてくれ」
ベネディッドは早口で言い残すと、ジェラルドに腕を捕まれ連れて行かれてしまった。
ベネディッドは誰にでもあのような態度なので良く分からないけれど、二人は意外と仲が良いのかもしれない。
ジェラルドは怒っていたのでベネディッドへの想いは分からないが、ルゥナへ向けられた瞳は嫌悪感に満ちていた。だとすれば、味方に出来そうなのはあの蛇の様な目付きの王妃だけだ。
出来るだけ避けたい選択肢ではあったが、背に腹はかえられない。
ルゥナから二人の背が見えなくなると、ヴェルナーは周囲を確認した後、ルゥナへと振り返った。
「アレクシア様。お部屋までお連れします。ですがその前に――」
ヴェルナーは魔剣を引き抜くと廊下にそれを突き立てた。彼を中心にして、周囲に魔力の風が広がりルゥナを包み込む。
「きゃぁっ」
風に煽られルゥナは悲鳴を上げた。
そして風が落ち着くと、アレクシアの庭と同じ様に、魔法で区切られた空間にヴェルナーと二人きりにされていた。




