007 王子の部屋
「アエラ。薬飲んだ」
コップを使用人のアエラに渡し、ベネディッドはベッドに横になった。アエラはコップをサイドテーブルへ置くと、ベネディッドの頭を優しく撫でる。
「偉いですよ。ベネディッド様。実はこちらのお薬。前よりも改良が進みまして、より早く毒性を分解し、より睡眠を催す解毒薬にございます。とコリン様が仰ってました」
「それ、いいの? 悪いの?」
「体感的にはいかがですか? コリン様から詳しく観察するようにと言われていますので、私の指示に従っていただきますからね」
コリンの研究だと、王妃の毒は魔力を分解するものと、魔力を増幅させるものがあるそうだ。
遠征前は魔力が分解され過ぎて体が思うように動かなくなる毒を盛られる。魔剣が言うことを聞かなくなるほどに。
そして遠征後は、自分とは異なる魔力とそれを増幅させる毒を盛られる。遠征後の疲弊した体に別の素質の魔力を入れて、体内で増幅させて拒絶反応を起こさせているそうだ。
「分かっているよ。うーん。そう言えば、さっきよりは楽かも?」
「今日は横になってらしてくださいね。ここへ戻られるまでに意識を失うなんて、初めてなのですから」
王妃の茶会の後、ベネディッドは帰りの馬車で意識を失い、目覚めた時には自室のベッドの上にいた。昨日の毒が残っていたからか、それとも大量に盛られたのか。詳細は分からないが、こんな事は初めてだった。
「やっぱり。殺しにかかってるよね? 兄の誕生パーティーに参加させたくないのかな。それとも、ルナステラの人間がいる内に殺って、そっちのせいにする感じかな?」
「そんな笑顔で暗殺計画を予想しないでください!」
「はははっ。あ、でも。もう調子いいかも。身体が軽いよ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ。そんなに気にしなくても平気だよ。それに、遥々遠くからきてくれた婚約者を放って置けないしな」
ヴェルナーに言われて気づいたが、普段通り使用人達に甘え過ぎていた。誤解が消えるよう、食事はヴェルナーに食べさせてもらおう。
そう心に決め、ベッドから立ち上がり数歩歩いた所で、ベネディッドは眩暈に襲われて倒れかけた。
「ベネディッド様っ。もうっ。やっぱり大人しくしていてください!」
抱き止められ何とか立っている状態のベネディッドは、ぐらつく頭をアエラの肩に乗せて呼吸を整えた。
「悪い……」
「いえ。私にはこれぐらいの事しか出来ませんから。コリン様が、アレクシア様にご相談しようかと仰っています。彼女の精霊なら助けになるのではないかと。私からも――」
「もし、彼女に話すとしても、私から言うから何もするな」
「ですが……。なにか出来ることがあれば何なりと仰ってください。ベネディッド様の為に、出来ることは何でもしたいのです」
「ありがとう。アエラ。はぁ……アレクシアに、こんな姿は見せられないな」
「ふふっ。私には見せて良いのですよ。あっ……」
顔を上げて微笑むベネディッドは頬も紅く目はトロンとしていて、アエラは自身の額をベネディッドの額へとくっつけた。
「ベネディッド様、とても熱いですわ。ベッドへ行きましょう?」
ベネディッドは言われて気付いた。
薬の副作用か、毒の効果かは定かではないが、身体が熱い。
アエラはベネディッドの体勢を維持したまま一歩づつ後ろへ下がり、彼を抱き止めたままベッドへと誘導した。
「……ああ。アレクシアには――」
「ヴェルナーが、ご公務だと伝えているはずです。今は忘れて、私に委ねてください。熱を鎮めなくては……きゃっ」
二人で倒れ込むようにしてベッドへ転がり、ベネディッドはベッドに仰向けになり、アエラがその上に乗っていた。
「ベネディッド様、お怪我はっ……。――寝てらっしゃいますね」
ベネディッドは苦しそうに顔を紅くし呼吸を荒らげたまま眠っていた。倒れる寸前、身を翻してアエラを上にしてくれていたけれど、眠るというより気絶に近い状態かもしれない。
「可哀想に。王妃の茶会など、断ってしまえば良いのに。私達だって、自衛くらい出来ますのに」
アエラは熱に浮かされ苦しむベネディッドへそう呟いた。
◇◇
「はぁ……アレクシアに、こんな姿は見せられないな」
それは熱を帯びた艶やかな声だった。
アレクシアという名に反応してルゥナが部屋の中を覗くと、メイドの肩に頭を預け、抱き合うベネディッドの姿が見えた。
ルゥナが驚き言葉を失いそのまま立ち尽くしていると、ベネディッドは紅い顔を上げてメイドへキスをした。
ルゥナはポーチから記録昌石を取り出し発動させた。二人は互いしか見えていないのか、ルゥナには気付かない。
そして、メイドがベネディッドの頭を撫でながらベッドへと誘う言葉が聞こえた。
心配した自分が馬鹿らしい。しかし、密命が遂行できることを喜ぶべきだと自分へ言い聞かせた。
二人は求め合いながらベッドへと倒れ込んでいき、ルゥナは、それ以上見ていられず、昌石を回収して部屋を飛び出した。
廊下を急ぎ足で歩き、来た道を戻るとコリンがまだ先程別れた扉の前に立っていた。
「アレクシア様? お早いお戻りですね」
「べ、ベネディッド様はお休みでしたので失礼します。お元気そうで何よりでしたわ」
「えっ? 元気そうでしたか? そうですか。それなら――」
「では、失礼させていただきます」
「あっ。え?」
何かブツブツ呟くコリンを無視して、ルゥナは記録昌石を握りしめて部屋へと足を早めた。




