002 黒騎士の微笑み
マルクはこの店の常連客で、金髪碧眼の麗しの黒騎士様。恐らく高貴な方の騎士をされているのだろう。身形も良いし香りもよい。
イケメン観察が趣味のルゥナにとって目の保養であり、彼と同じ空間にいるだけで回復薬をイッキ飲みした時のように活力が沸いてしまうという奇跡の存在である。
そう言えば今日は週に一度マルクが店を訪れる日だった。
でも、いつもより来店時間が早い。もしかしたら、ルゥナの窮地に気付いて助けに来てくれたのかもしれない。と、ルゥナは微かな期待を胸に抱いた。
タイミング良く現れたマルクと目が合うと、会長は小さく舌打ちをして、広げていた両手を不満そうに下ろした。
マルクは会長を流し見た後、ルゥナへと視線を伸ばし、爽やかな笑顔を向けた。
「やぁ。ルゥナ。今日は大事な話があるのだが……。お取り込み中だったか?」
「大事な話だって!? まさか君も、この店が無くなると知り、弱みに漬け込んでルゥナを娶ろうとしているのか?」
会長殿。自分がやろうとしてること全部暴露してしまっていますよ。
ルゥナが心の中で会長に突っ込んでいると、状況を把握したマルクは勝ち誇ったように冷ややかな笑みを口元に浮かべた。
出た。黒騎士の微笑み(ルゥナが命名した)。
この店に初めて訪ねてきた時、ルゥナが作った回復薬を手に取った時と同じ顔をしている。気に入った物や玩具を見つけた時に出る、悦に入りかけた時の顔だ。
金髪碧眼の甘いマスクを被っている癖に、ちょっと腹黒そうな影があるところが、このイケメン騎士様の魅力だったりする。あの嗜虐的な瞳で見つめられたら、人間だったら震え上がってしまう。
会長もマルクの圧に屈したのか、滝のように汗を流し後退りした。
「ルゥナは、こちらのおじ様に脅されているのだな?」
「き、貴様っ。無礼だぞ! 私はこの第四地区商店街の会長だぞ! 店を失えばルゥナは路頭に迷う。それに、ルゥナの借金がどれ程あるのか知っているのか? この店があるから金貸し共は黙っているんだ。店を失えばルゥナは何処かに売り飛ばされてしまうかもしれんのだぞ!? だからその前に、この私が借金を返してやろうと言っているだけだっ!」
顔を真っ赤にしてどなり散らす会長は、どう見ても悪人面であるけれど、言っていることは割りとまともだ。ルゥナは店を失えば職を失う訳で、会長の主張にも一理ある。
マルクはそれでも微笑みを崩すこと無く言葉を発した。
「成る程。ただの善意と言うことでしたら、お金をおいてお帰りください。ルゥナもそれなら快く受け入れ、一生、会長様への恩を忘れず生きていくことでしょう」
「そ、それは……。い、今は持ち合わせていないので失礼する。ルゥナ。明日また来るから私との未来を、よく考えておきたまえ」
会長は苦し紛れにそう言い残すとマルクから逃げるように店を後にした。
「マルク様。ありがとうございました」
「いや。礼には及ばないよ。それより、今後の事は何か考えているのかい?」
「いえ。店の事も、今知ったばかりですので」
会長は帰ったけれど、問題は山積みだ。
この店は魔法道具を扱う雑貨店。店はボロボロで雨漏りも酷いけれど、調合に必要な釜や臼等の道具は備え付けの物ばかり。在庫を置く倉庫も必要なのだ。
それに、明日も会長はやってくるだろう。
何か策を練らければならない。
「もし、先の事が不透明なら、私に君をくれないか? 私も会長殿と似たような下心を持って店に来たのだからな」
「はい?」
マルク様は真剣な面持ちでカウンターまで歩み寄ると、ルゥナへと右の手の平を差し出した。
「ルゥナ。君のその美しい銀髪とエメラルドの瞳が、私に必要なのだ」
マルクほどのイケメンが女性不足な筈がない。
つまり、ルゥナの見た目が必要だということは――。
「ぇ。そ、それってつまり、私を売り飛ばそうとしてます?」
「そんな訳ないだろう。君のその度胸と潔さと、その美しい身形を買っているだけだ。私の主に会って欲しい。今日は、その話をしたくて、ここへ来たのだ」
マルクが黒騎士の微笑みを発動した。
まさかこの笑顔を向けられる日が来るなんて思いもよらなかった。
全身の毛穴が開いてヤバめの汗が吹き出す。
会長よりマルクの方が危険な香りがした。
ルゥナは握りしめていた睡眠薬入りの小瓶の蓋を、本能的に親指で弾き――マルク目掛けて投げつけてしまった。