008 噂とは
宴は苦手で、適当に周りに相槌を打った後は剣の手入れをしてその場をやり過ごし、ベネディッドは頃合いを見てテントへ戻った。
テントでは、ルナステラの近衛騎士のユーリが制服姿のまま簡易ベッドの上でゴロゴロしていた。声をかけると、外がうるさくて眠れなかったとの事だ。
ユーリですら眠れないと言うことは、アレクシアはどうしているか心配になった。自分の父に命を狙われ、信頼する近衛騎士の瀕死の姿を目にし、さぞかし恐ろしい一日だっただろう。
まぁ、その割には楽しそうに料理場で騎士と話していた気もするが。
ユーリに確認してもらうと、アレクシアはもう休んでいたそうだ。見た目は儚げなのに、案外図太い神経をしているのかもしれない。
ホッと胸を撫で下ろし、ベネディッドは魔剣を腰から引き抜きテントの入り口へと突き立てた。
こうすれば人の出入りも、外の音も遮断できる。
「な、何をされたのですか?」
「結界……みたいな物だ。驚かせてすまない」
「い、いえ……」
ユーリは急に剣を抜いたベネディッドに警戒心をあらわにしたが、謝罪すると今度は動揺してベッドに潜り込んだ。彼は、制服のまま寝るのだろうか。
「制服では寝苦しくないか? 君達は客人だ。俺の事は気にせず楽にしてくれ……と言っても無理だよな。主の命が狙われて、寝られる筈もないか」
ベネディッドの言葉に、ユーリは目を丸くして驚き、ハッとしたように言葉を紡いだ。
「……お気遣いありがとうございます」
「ここは安全だ。昼間の怪我も酷かった。救護所では治療の必要が無かったと聞いたが、早く休んだ方がいい」
「はい。あ、あの。今後もアレクシア様はまた誰かに狙われるかもしれません。私一人では……」
それが心配で眠れなかったのか。
気持ちはよく分かる。
他に護衛がいないことも、あり得ない状況だからな。
「安心しろ。彼女は俺の婚約者だ。それも互いに、身内から厄介者扱いされているようだ。俺も対処に慣れている。必ず守ると約束しよう。それから、相手がルナステラの国王であるなら、ロンバルト側に間者がいないとも限らない。あまりウロウロするなと伝えておけ」
「間者が……」
「しかし、騎士団にも第二王子宮の使用人にも、アレクシアとの婚約が決まる前から所属している者しかいない。過度な心配は不要かと思うが、心得ておけ」
「…………はい」
ユーリはじっとベネディッドの顔を見て、眉間にシワを寄せたまま不信感をあらわに固まっていた。
「なんだその疑いの目は。言いたいことは言え。それなりの信頼関係がなければ守れるものも守れなくなるぞ」
「し、失礼しました。その……噂と違うなと思いまして」
「噂? 言って良いぞ。他国でなんと言われているか興味がある」
ユーリは俯き暫し思案した後、口を開いた。
「ベネディッド様は……無類の女好きの、ぐうたら王子と聞いています」
「ああ。成る程。強ち間違ってはいないな」
「えっ?」
「ん? ああ。そうだな。ほら、ここには女性がいないからアレだが、城へ戻れば……。――何だ。冗談も通じないのか?」
「いえ。仕切りの向こうに女性が二人もいるので、警戒してしまいました」
真顔のまま冗談を言ったベネディッドに、ユーリも真顔のまま言葉を返した。ベネディッドは少し軽率な発言だったと反省し、今度は真面目に答えることにした。
「会って間もない女性に手出しはしない。ましてや他国の王族で婚約者だぞ。それに、ちゃんと心を置ける人間は選んでいる」
「ほぅ。モテる方はそう仰るのですね。勉強になります。では、お休みなさいませ」
ユーリは早口でそう言うとベネディッドに背を向けた。明らかに軽蔑した様な目をベネディッドは向けられたが、何か間違ったことを言ってしまったのか良く分からなかった。
ベネディッドは誰かれ構わず手を出すことはしない。というか、手を出したことなどあっただろうか。
噂とは恐ろしいものだ。
アレクシアだって、慎ましく儚げで心優しい女性だろうに、ルナステラで一番、我が儘で高飛車な王女だといわれているのだから。
しかし、どうせ城へ戻ればベネディッドがどんな人間か分かる。なので気にせず着替えを済ましてから休むことにした。
それにしても、身体が軽い。アレクシアの薬草の効果は、モッキュのお陰か相当なものだ。
これを使えばもしかしたら……。
ベネディッドとアレクシアは、出会うべくして出会う運命なのかもしれない。
ベネディッドは微かな野望を抱きながら、ベッドへ横になると、夢の中へ落ちていった。




