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転校初日

緑のトンネルを抜けた先は、太陽の光を受けて光る一面の海が、あった。

「……懐かしいな」

六年前のあの日、淋しくて、不安で、縋るように張りついた窓、そこから見えた景色が、変わらずあった。

街の方はやっぱり変わってしまっただろうか? そんな事を考えながら、変わらない海を眺める。

静かに揺れる車内にまで香るはずのない塩の香りを感じた。

後一駅で懐かしい街に着く。

その時車内が少し揺れた。

そう感慨に浸りながら駅を出た僕を迎えたのは、すっかり様変わりした街だった。

「……変わりすぎだよ、これ。面影、何にもないや」

かつてはまだ活気ある商店街だった辺りには色々な店でひしめきあう高層ビル群。

田んぼしかなかった辺りには家電量販店の大きな店舗。

ただの畦道だった辺りにはコンビニや飲食店が軒を連ねていて、凡そ僕が住んでいた頃とは別世界になっていた。

「六年でこうも変わるのか。大分と便利なんだろうなー下手したら前の所より便利かも」

前の所もまだ都会と呼べる所だったけど、コンビニが繁華街の外れにあったり、ATMが少なかったり微妙に不便だったのだ。

けど、ここならその心配もなさそうだな、とさっきまでの感傷はどこへやら、すっかり新しい街並みを受け入れる僕である。

やっぱり不便なよりは便利になってくれた方が良い、確かに寂しいような気もするけれど、六年も前の話だ。

懐かしさと便利さなら僕は便利さをとる。

そうして早速目の前のビルに足を向け……踏み留まった。

「そうだった。学校、行かなきゃいけないんだった」

ため息を一つ。

そう僕はこの街に里帰り、もとい転校してきたのだ。

昼には担任の先生と会う約束になっている。

だから僕は昨日の夜から電車を乗り継ぎ、さっきのリニアで約束の二時間も早くに着いたのだ。

これで遅れたら何の為に早く来たのか解らなくなる。

「えっと……学校まではバスだったっけ」

と辺りを見回す。

幸いバス停はすぐに見付かった、と言うより行きかけたビルのすぐ側だった。

「次のバスは……おっ、もうじきか」

ラッキーと思った僕だが時刻表を見ると今の時間は一時間に八本も走っていた。休日だからかな? 前の所は五本だけど多いと思ってたのに、まだまだ都会とは言えない所だったって事だろうか?

まぁいいか、と僕はバスに乗る。

細かい事を気にするより先に僕はこれからを気にするべきなのだ。

滑らかに走りだしたバスに揺られながら、期待と不安を感じていた。

買っておいたおにぎりを食べながら外を見る。

流れる景色は相変わらずで、似たようなビルの間を縫うように進んでいく。

そのうちどこを走っているか分からなくなっていく。

同じような景色がぐるぐる、ぐるぐる回っていく。

それからしばらく走るとバスの揺れが少し強くなり始めた。

緑色の割合も増え、懐かしい光景が広がり始めている。

ビルなんてなくて、たまにコンビニがあるだけの田舎道が、少しずつビル群の間から溶けだすようにして広がってきた。

じわり、じわりと広がって、完全な田舎道を走っていく。

少し強い揺れと懐かしさの中を走っていく。

じんわりと込み上げてくるモノを感じながる。

バスが停車した。

アナウンスが僕に、次で降りる事を教えてくれる。

相変わらず見ていた外に、墨を流したように長く、綺麗な黒髪をなびかせた女の子が自転車に乗って去っていく後ろ姿が、見えた。

それは一瞬の事で、バスは女の子をすぐに追い抜いていく。

気が付けば僕は、急いでバスの一番後ろに走っていた。

そして、徐々に小さくなっていく女の子の、長い髪が流れるのが見えた。

それだってはっきりと見えたのは一瞬だった。どんどん離れていく女の子に僕は大慌てで出口に向かう。

扉はまだ閉まる様子が無いから、まだ間に合うのに、今すぐ降りないと、今追いかけないと、何かが手遅れになってしまう気がして……それは、どうしようもなく嫌だった。

たった一瞬だったのに、それほどに彼女に惹かれていた。

僕は弾かれたようにバスを跳びだしてさっき来た道を走りだす。

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