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『聖女』になんてなりたくない

 ヴォルフガングがウルルの顔をのぞき込んでいれば、まもなく、瞳から、次から次にと涙が零れ出した。

「ヒントはいくつもあったのに、気付かなかった。……お前が、記憶を持って生まれ変わっていた、等と」

『聖女』の泣き顔を見ないように、その顔を胸に抱きしめるようにして、宥めるように頭を撫でる。ヴォルフガングの服を、ウルルの涙が濡らしていく。


「600年前、俺が死ぬとき……封印されるときに見る景色は、聞こえる音は、きっと、俺に復讐を誓わせるものだと思っていた。俺が封印されるのを喜び、俺に恨みの視線を向け、俺の死を願い、口汚く罵られて、そんな中で死んでいくのだろうと」






 だけど、違った。






「俺の最期の景色は、音は、感触は、全てお前だった。……お前は、高い塔の上から、俺に抱き付くようにして、飛び降りた。俺の視界の中で、お前は泣きながら魔法を発動させた。……俺が封印される前に聞いたのは、お前の謝罪の言葉だった」


『ごめんなさい』


 魔法が発動し、それがヴォルフガングを襲うまでの僅かな間で、『聖女』は泣きながら、そう告げた。

 なぜ、謝るのか分からなかった。ヴォルフガングは魔王であり、『聖女』の同族である人間を幾人も……否、配下に命じたものを含めれば、何千何万と殺してきた。

 当然のように、人間に恨まれていたし、それは『聖女』も同じだと思っていた。


 ヴォルフガングの体を、細い腕が抱きしめていた。彼女の涙がヴォルフガングの頬に落ち、その謝罪の声が耳に届いて。

 そして。ヴォルフガングは、負の感情の一切を無くして、封印された。

 それこそが、『聖女』の力なのか、と。いっそ、感嘆しながら。






 その瞬間。魔王は『聖女』に恋をした。






「ウルル。お前の涙は苦手だ」

「ごめ、なさい。……止まらなく、て」

 遥か過去を思い出して苦いものを吐き出せば、腕の中でウルルが身じろぎした。

 涙を拭いたいのだろうが、ヴォルフガングに抱きしめられたままで両手を使うことも叶わず、結果としてヴォルフガングの胸に擦り寄るようになった動きを愛しいと思うのを止められない。


「お前が、吐くほど、気を失うほど、嫌なものを抱えこんでいるのは、前世のことだろう?」

 ひぅっ、とウルルの喉がなった。呼吸が止まっているようで、安心させるように、その背をさする。

「お前が恐れていることを、引き起こさないように、俺も頑張るから。……少しずつ、教えていってくれないか」

「私、アナタを苦しめる気なんて、なかった」


 そうだろう。全て、自分1人で抱え込み、性格すら偽って、単身、魔族の捕虜となった。

 否、もしかすれば、魔族よりも同族への嫌悪の方が強いのだろう。でなければ、過去を思い出すだけで、吐くなどという結果に至らないはずだ。


 魔族の敵でありながら、魔王の仇でありながら。人間の救世主でありながら。

『聖女』が、最も魔族に親しい人間だなどと。可笑しいにも程がある。

 だからこそ、その矛盾に、彼女を今なお苦しめる理由があるのだとしたら。






「ウルル、愛している。お前の憂いは、俺がきっと、取り除く」





 それは、きっと、ヴォルフガングが消してやらねばならないのだ。

 600年前、『聖女』がヴォルフガングにそうしたように。

 愛の囁きに、ウルルが身を固めるのを感じて、苦笑してその背を撫でる。

 抱かれる覚悟はあったのに、愛を受け止める覚悟はなかったらしい。


 あんな表情で、自分を殺しておいて、酷い女だと思う。


「ウルル、前にお前への意趣返しで口にしたことを、もう1度言おう」

「魔王様?」

「俺に、縋れ」

「っ!」


 ウルルは自分が震えているのを感じた。自分の憂いを全て悟って、助けてくれるという、(かたき)の筈の存在。

 自分に愛を囁き、助けを乞えと、優しい真綿でウルルを包み、捕らえていく。

 それでも、ウルルには、その存在を殺してしまった記憶がある。






「ウルル、お前が俺を殺したと思っているのなら。……その魔法に命を懸けさせた俺も、お前を殺しているよ」






 最後の砦を突き崩されて。

 ウルルは気が付けば、ヴォルフガングの体に縋りついていた。


「私、『聖女』になんてなりたくないっ。戦争にだって巻き込まれたくない。人を……アナタを殺したくない。ただ、普通に生きて、死にたいだけなの。どうして、それが許されないの? ……助けてください。お願い、します」

「あぁ、引き受けた」

 ヴォルフガングに優しく抱きしめられて、ウルルはその胸に縋って号泣した。


魔王は攻略済み

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