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心を覗く


「おはようございます、リーシェナさん。……あの、これは?」

「陛下からのご命令です。アナタの知りうる限りの『聖女』や人の国の情報を書き記すように、と。そうすれば、アナタが死に、次の『聖女』が生まれても、対処がしやすくなります」

 次の日、リーシェナから羊皮紙とペンやインクを渡されて、ウルルが首を傾げてみれば、リーシェナは淡々とウルルに命じた。

 もちろん、ウルルがそれで顔を曇らせるようなことは想定していない。


「はい、かしこまりました!」

 あっさり、同族を裏切る返事をしたウルルに、リーシェナは内心でため息をついた。

 以前の3分の1程の量になった食事を完食して、ウルルは自分の前の机に広げた羊皮紙と向かい合っていた。


「……何を書こう」

 リーシェナに頷いてみたものの、今のウルルが知るのは、病弱を装って引きこもった屋敷の中のことだけであるし、過去のウルルが知るのは、600年前のことである。

 今の知識は限られているし、過去の知識は正確性が問われる。

 人間を裏切ることよりも、魔族にうっかり偽りを伝えてしまうことが憚られた。


 と、なれば、伝えられるのは『聖女』のことか。

 今のウルルは『聖女』であることを隠していたから、そう扱われたことがない。

 聖なる力の制御を学んだこともなければ、『聖女』のあり方を説かれたことも。


 そういう扱いを受けたのは、全て、前の『聖女』である。

「……前世。……『聖女』」

 思い出そうとして、意識が遠くなる。視界が揺れる。

「うっ……」

 吐き気を催して、トイレに駆け込んだ。


 朝食をすっかり戻してしまって、トイレの床に倒れたまま、ぐらぐらと揺れる視界で天井を見上げる。

「あ、だめだ、これ」

 ぷつん、と、そこで意識が途絶えた。











 リーシェナから、ウルルが倒れたと知らせを受けたヴォルフガングは彼女の部屋を訪ねた。。

 倒れる前に朝食を戻したようだと聞かされて毒を疑ったが、食事にも、魔法で調べたウルルの体にも、その形跡はなかった。


 机の上に羊皮紙が広げられ、その上に転がったペン先からインクが滲んでいる。

 昼間、ベッドの上から動きもしない、と知らされたウルルの過ごし方に、それならば、と役目を与えてみたら、これだ。

 伝言を伝えたリーシェナからは、元気に頷かれたと告げられて頭を抱えたのに。

 なぜ、再び別の問題で頭を抱えることになるのか。


 実際に、何かを書けるとは思っていなかった。

 ウルルが『聖女』であることを隠し、また、病弱を装って屋敷に籠っていたことは、知っているのだから。

 いくら『聖女』であっても、ウルルはそ《・》()()()()()()()()()()のだから、聖女の秘密など知るはずがないと。


 ただ、暇つぶしになればよいと。

 或いは、つたない知識を披露されれば愉快だと、その程度に思っていた。

 それが、なぜ、倒れるのか。


 机から、無造作に羊皮紙を掴む。

 我ながら外道だと思いながら、ヴォルフガングはその紙をベッドに横たえられたウルルに翳した。

「……俺は、魔王だからな」

 呟いて、自嘲した。

 目の前の存在の言動が、どれほど素っ頓狂で、理解が及ばなくとも、その心は覗いたりしなかった。

 が。意味も分からず倒れられるのは、さすがに繰り返したくはない。






 羊皮紙に、魔力を込める。

 ウルルの思考が、その紙に現れるように。


「っ!?」

 咄嗟に、手を離していた。

 ぱさり、と羊皮紙がウルルの体に落ちる。


 羊皮紙に心の声が浮かぶはずだった。

『お腹を壊した』だとか、『朝食を食べ過ぎた』だとか、ウルルのそういう頭の悪い心の声が聞こえればいい、と、どこかで願っていた。

 それなのに。


 文字を読む暇もなかった。

 羊皮紙に魔力を込めた瞬間。

 それは、圧倒的な速さで。心の声でどす黒く染まった。


 それは、意味の分からない言動を繰り返すウルルが、決して単純ではないと。

 数十もの思考を並列に考える、並外れた頭脳だと。

 そして、その上で、彼女は可笑しな言動を繰り返し、ここに居るのだと。

 分かってしまった。


 ヴォルフガングは辛うじて認識することができた、最初の1文を思い返す。






「『聖女』は『呪い』だ。」






 羊皮紙には、確かに、そう、記されていた。


 確かに、そうなのかもしれない。

 かつて、自分を封印した『聖女』を思い返す。

 彼女の最期の言葉は……。


 ヴォルフガングは(かぶり)を振って、ウルルの体に落ちた羊皮紙を手にとる。

 ぼっ、と一瞬にしてそれは燃え上がり、灰を残すこともなく消えた。


「眠れ」

 ヴォルフガングはそう、小さく呟いて、ウルルの部屋を後にした。


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