封印してください
「阿呆と言われれば、そうなのかもしれません。でも、本心なので……」
「と、いうか、なぜ寝転がったままなのだ」
地面に倒れ伏しているウルルに、ヴォルフガングは神殿の柱に凭れながら、その美しい指を向ける。
長い黒髪は永き封印をものともせず艶やかに輝き、赤い相貌が訝し気にウルルを見つめていた。
「お見苦しくてすみません。……その、魔王様の封印の解呪に、魔力を使い切ってしまいまして」
「……やはり、阿呆なんだな」
ヴォルフガング自身、自分の封印が解けかかっていることは気付いていた。深く沈められていた意識が、微睡むように浮上していたのだ。
だからといって、たたき起こされるような目にあうとは、ちっとも想定していなかった。それを為しえる人間がいることなんて、さらに。
「あの……」
「なんだ?」
「私が『聖女』だって、分かってます?」
やはり、そうなのか。ヴォルフガングは胸の中で深いため息をつく。なぜ、かつて自分を封印した『聖女』の生まれ変わりが、自分を封印からたたき起こすような真似をしたのか。
そして、よりにもよって、攫え、などとは。
「あぁ」
言葉少なに返せば、目の前の女が顔をしかめた。
何かを抗議するような視線に、漸く、自分の封印を解除した理由が知れるのかと。
これまでのことはヴォルフガングを欺くための芝居で、無理矢理封印を解除し、本調子でないヴォルフガングを滅ぼすための作戦だった、と言われた方が、まだ得心がいった。
「どうして、私を放置しているのですか!」
声を荒げられて、ヴォルフガングは内心で希望を捨てた。たぶん、自分の想像した展開にはならないと気が付いて。
「……はぁ?」
「今は、魔力を使い切っていますが、『聖女』はその回復速度も並ではありません。私がこの状態の間に、魔力を封印していただかないと、アナタの身に危険が及ぶかもしれないのですよ!」
「もう、お前の名前は阿呆でいいか?」
なんで、そうなるんだ。
「あ、もしかして、封印された恨みで、攫うことすら憚られますか? ……どうしましょう。魔族の方々からの恨みつらみを想定しておりませんでした。すぐにでも殺したいと思われる可能性に思い至らないなどと……」
二の句が告げないヴォルフガングに何を思ったのか、ウルルはおろおろし始めた。未だ、その体は倒れたままであり、彼女が身じろぐのに合わせて、亜麻色の髪が、服が、薄汚れていく。
それを、いい気味だ、とは……思えなくて。
「あ、あの。魔王様がお望みであれば、大人しく殺されることもやぶさかではありません。でも、魔王様の封印が解かれた以上、私が死ねば、すぐに次の聖女が生まれます。私を寿命まで飼い殺せば、5~60年は準備期間ができますが、今殺せば、精々15年後には、次の『聖女』が魔王様の前に立ち塞がるでしょう、か、ら……?」
「もう黙れ」
ガシャン、とウルルの首元で金属音がした。
ヴォルフガングは指ひとつ動かさなかったが、ウルルが手をあてて確かめれば、それは間違いなく、魔力を封印するためのアイテムで。
す、と重かった体が軽くなる気がした。
否。聖なる力が完全に封じられて、『聖女』の体が軽くなるはずはない。むしろ、実際は、鉛のように重いはずなのに。
それでも、『聖女』から解放された心がすごく軽くて。
きっと、彼女は自分の力が封印されるまで、ヴォルフガングが近づくことすら許さないに違いない。そう、思い至って、ヴォルフガングは彼女の願いを叶えた。
まるで、信じられないことが起こったように、目を見開き、嵌められた首輪へ手を這わせ……。
まさか、自分の身に本当に起こると思っていなかったのだろうか?
今に、自分が願ったことの恐ろしさに、震えだすのではないか。
そうされた方が、むしろ、自分の混乱は収まるのだが。
彼女の次の言動に注視していたヴォルフガングの目の前で。
彼女は、ふわりと、本当に嬉しそうに、幸せそうに、微笑んだ。
「っ……ちっ!」
それを目の当たりにしてしまって。
ヴォルフガングは視線を逸らすようにしながら、彼女の思考を邪魔するように、その体に手を伸ばした。
軽々と、ヴォルフガングの腕の中に収まる、細い体のあまりの軽さにぞっとする。
その気持ちを押し隠して、驚いて固まるウルルに告げた。
「……願いどおり、攫ってやる」
「あの!」
「今更拒否は聞かないが」
「ではなく! 魔力は封印されていますが、その御手で直接抱えられるのは、いかがなものかと! 魔法で浮かすくらいでよいのでは……?」
「……阿呆め」
ウルルの意識はぷつり……と、途絶えて。
気が付けば、綺麗な部屋で、リーシェナと名乗る侍女に、頭を下げられていた。




