散歩
飼い主は犬に散歩をさせなければいけない。
その目的は飼い犬の運動であるが、犬にとってのオプションとして、ウンチだったり、他の犬との交流の場だったりがあるので、犬にとっては一日においてとても重要な位置を占めている事だろう。
しかし俺は狼の姿でも犬ではないので、ウンチなどリガティアの前で出来ないし、他の犬と交流など愚の骨頂でしかない。
ありがたいことにリガティアは犬を飼った事など無いという言葉通り、散歩をしなければいけない事は知っているが犬の習性など無知に近く、俺がした失敗は犬だからと簡単に流し、俺が散歩の途中にウンチをせずに家のトイレを使う事にも全く不思議に思わないくらいだった。
ちょっとまて。
犬が人間用トイレを使える時点でおかしいと疑問に思えよ。
そうしたら俺が君にカミングアウトできるじゃないか!
俺は自分の現状に満足しながらも次へと進みたいと思っている、常にステップアップを臨む意識が高い人間でもあるのだよ!
そして、心優しいが鈍感で残酷な俺の想い人は、俺に綱を掛けて散歩というプレイを楽しみながら、いや、それで満足してくれればよいものを、Sな女王は更なるプレイの演出を考えたようだ。
彼女は俺とは違った意味で意識高い系だ。
「取ってこいがしたい。」
俺は彼女に連れ出された高原の真ん中で途方に暮れた。
公園の狭い空間ならば君の思うままに俺は君に付き合おう。
だが、地平線も見えるくらいの、思わずファーと叫んでしまいそうなほどに広々とした高原の真ん中で、俺は君の為に取って来いをしなければならないのか。
「いいでしょう。私は運動が苦手だからあんまり遠くに物を投げれないの。目指した場所にもボールなんて投げれないし。公園ではそんな人間が取って来いを犬としていたら邪魔だし迷惑でしょう。」
俺は犬ではなく狼の姿だったが、健気な魔女にほろりと来ていた。
いいよ、俺は君の為になんだってしよう。
足元に転がっただけの棒っ切れだって、百メートル先に落ちた棒っ切れのようにアクロバティックに拾い上げてあげよう。
俺はリガティアに大きく尻尾を振り、彼女の願いを叶えてあげる意思を伝えた。
「まあ、嬉しいわ。じゃあ、さっそく始めましょうね。ハルメニアがね、犬はどこまでも取ってこいが出来るはずだって言っていたの!試してみなさいって!」
俺はハルメニアという最恐の魔女の名前にびくりと脅え、やっぱりやめようとリガティアを見返した。
なんと、リガティアはローブを脱いでいるどころか、臍が丸出しの踊り子のような服を着ていたではないか。
ええと、俺は何でもするべきか?
いや、逃げ出すべきだ。
リガディアは自分に強化魔法をかけ、どどんと重量を増して、俺の脳内の記憶装置を壊してしまいたい姿に変化してしまった。
身長が二メートル近くもある、筋肉質の男性にしか見えない女性など、絶対に俺の好みでは無い。
決してない。
断じてない。
そんな俺の気持ちも知らない魔女は、物凄く楽しそうにして、そおれとボールを地平線の彼方に届くぐらいの勢いで投げ飛ばした。
「いってこーい!トトちゃーん!」
〇
〇
〇
〇
俺は強肩によって投擲されたボール目掛け、地平線の彼方へと駆けていくしかなかった。
ああ!俺はどうして犬なんかしているんだ!